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◆第一章◆
Episode02: 帝王学
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視察を終え、俺は隆弘を上層の邸宅まで見送ることになった。
「玲二、今日は助かったよ」
「まあ、俺がいなけりゃお前は今頃……死んでるかマッパか、ってところか」
「……でも、そうやってあの子たちは生きてるんだよね」
「いいか隆弘、あいつらを救おうだなんて死んでも考えるなよ」
「それは……」
温室育ちの隆弘は、いささか優しすぎるところがある。
しかし、下層民に同情したら終わりだ。
”帝王学”なんて言葉があるが、あれはただ意味もなく庶民を見下せというトンデモ学問ではなく、要するにヘタに庶民に同情して会社やコミュニティーを崩壊させないための、上流階級として生き残るための掟である。
下々の意見を聞かないことは問題だが、聞きすぎると今度は自分もろとも崖から真っ逆さまなのだ。
「隆弘、お前は優しすぎる」
「でも……犠牲になる人全員が悪い人じゃないでしょ?」
「それは尤もだが……じゃあお前は、無作為に選ばれた100人の中に紛れ込んだ罪人を探せって言われて、見た目だけで判別できるのか?」
「それは……」
「俺だって、人殺しがしたくて組織にいるわけじゃないんだ」
俺も隆弘も、発している言葉はどちらも正論であり、そしてどちらも間違っている。
俺の意見は多くの人間から見れば残酷だ、冷淡だと言われるに相違ない。
では、隆弘の意見がどうかといえば、こちらは少々理想が過ぎる。
時間さえあれば、或いは他の解決策もあったのかもしれない。しかし、このジオフロントの寿命は、今こうしている間も減り続けているのだ。
「隆弘、俺の出自って知ってたっけ」
「如月家の一人息子……でしょ?」
如月家とは、上層の中でも中堅の――隆弘の実家、神崎家と同程度の家柄とされている。しかし、それは如月”家”の話であって、”俺”の話ではない。
「俺、養子なんだよ」
「え……」
隆弘と初めて会ってから5年ほどが経つ。しかし、この話を切り出したのは初めてのことだ。
「前の姓は”ムトウ”――武の字に東って書く武東だ」
「東の字の武東……この辺りじゃ聞かないね」
「上層にも、更には中層にも”武東”姓は居ないよ」
「それじゃあ……」
「俺は下層出身だ。それも、第二十二層」
「―――!」
同程度の家柄として付き合いのあった俺が下層出身と聞いて何を思ったか――。
俺には分からないが、いい感情は抱かないだろう。
それっきり、隆弘は口を開かなかった。
距離を測りかねながら、延々の坂を登ってゆく。
神崎家はもう目の前だ。
「それじゃあな」
隆弘が口を噤んだままコクリとうなずいたのを横目に、俺はもう少し上層にある組織の本部へと向かった。
「玲二、今日は助かったよ」
「まあ、俺がいなけりゃお前は今頃……死んでるかマッパか、ってところか」
「……でも、そうやってあの子たちは生きてるんだよね」
「いいか隆弘、あいつらを救おうだなんて死んでも考えるなよ」
「それは……」
温室育ちの隆弘は、いささか優しすぎるところがある。
しかし、下層民に同情したら終わりだ。
”帝王学”なんて言葉があるが、あれはただ意味もなく庶民を見下せというトンデモ学問ではなく、要するにヘタに庶民に同情して会社やコミュニティーを崩壊させないための、上流階級として生き残るための掟である。
下々の意見を聞かないことは問題だが、聞きすぎると今度は自分もろとも崖から真っ逆さまなのだ。
「隆弘、お前は優しすぎる」
「でも……犠牲になる人全員が悪い人じゃないでしょ?」
「それは尤もだが……じゃあお前は、無作為に選ばれた100人の中に紛れ込んだ罪人を探せって言われて、見た目だけで判別できるのか?」
「それは……」
「俺だって、人殺しがしたくて組織にいるわけじゃないんだ」
俺も隆弘も、発している言葉はどちらも正論であり、そしてどちらも間違っている。
俺の意見は多くの人間から見れば残酷だ、冷淡だと言われるに相違ない。
では、隆弘の意見がどうかといえば、こちらは少々理想が過ぎる。
時間さえあれば、或いは他の解決策もあったのかもしれない。しかし、このジオフロントの寿命は、今こうしている間も減り続けているのだ。
「隆弘、俺の出自って知ってたっけ」
「如月家の一人息子……でしょ?」
如月家とは、上層の中でも中堅の――隆弘の実家、神崎家と同程度の家柄とされている。しかし、それは如月”家”の話であって、”俺”の話ではない。
「俺、養子なんだよ」
「え……」
隆弘と初めて会ってから5年ほどが経つ。しかし、この話を切り出したのは初めてのことだ。
「前の姓は”ムトウ”――武の字に東って書く武東だ」
「東の字の武東……この辺りじゃ聞かないね」
「上層にも、更には中層にも”武東”姓は居ないよ」
「それじゃあ……」
「俺は下層出身だ。それも、第二十二層」
「―――!」
同程度の家柄として付き合いのあった俺が下層出身と聞いて何を思ったか――。
俺には分からないが、いい感情は抱かないだろう。
それっきり、隆弘は口を開かなかった。
距離を測りかねながら、延々の坂を登ってゆく。
神崎家はもう目の前だ。
「それじゃあな」
隆弘が口を噤んだままコクリとうなずいたのを横目に、俺はもう少し上層にある組織の本部へと向かった。
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