おじさんと戦艦少女

とき

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窮地

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 不意撃ちで友軍機を失った戦闘機部隊は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 その様子をレーダーで確認したダリルは、ふぅーと長いため息をつく。

「一つしのいだが、あとは……」

 主砲やミサイルが使えないなら、機銃で撃ち落としていくしかない。だが、同じ手は通じないだろう。
 相手はあのロルフ・シュテーグマンだ。次はどの手で来る……。
 士官学校時代、教官であったシュテーグマンとは対立して、よくしごかれたものだ。彼は小さな反発も許さないし、自らも起こさない忠実な軍人だ。融通は利かないが、経験は豊かで頭がいい。簡単にあしらえる敵ではなかった。

「対艦ミサイル、来ます。狙いは本艦ではなく、ウォーターフロントです」
「ちっ! そう来たか……」

 ケラウノスの分析に、ダリルは舌打ちする。

「どういうことですか?」

 副官のネリーが問う。
 なんでも聞けるのは新人の特権だ。ダリルはこんな状況だが、副官にも分かっておいてもらいたいことなので、思ったことを説明する。

「戦闘機を下げて、今度は遠距離でやろうってんだ」
「それは……被害を抑えるためですね」
「そうだ。それでコロニーを狙ってきたのは……」

 ダリルは歯がみする。

「敵はできるだけ無傷でエンデュリングを手に入れたい。だから……コロニーを人質にして、私たちを脅そうというんですね」

 ネリーに細かい解説は不要だった。
 ダリルは静かにうなずく。新人ながら、副官として任じられる能力があるのだと、ダリルは思う。
 ミサイル攻撃はただの脅しで、本気でコロニーの民間人を皆殺しにしてやろうという気は、さすがにシュテーグマンにもない。エンデュリングが降伏すれば、ミサイルを自爆させてくれる。ミサイル到達までの時間は猶予時間で、それまでに降伏せよと、シュテーグマンは無言の圧力を掛けてきているのだ。

「アイギスさん、対空ミサイルは撃てますか?」

 ネリーが自ら動いたことに、ダリルは驚く。

「アイギスでいいよ、ネリー。防衛系は特に制限受けてないから、問題なし! いくらでもいけるよ!」
「艦長! やりましょう!」
「分かった。対空ミサイル、発射してくれ!」
「りょーかい! 対空ミサイル、全基発射!」

 アイギスが返事すると、バトルユニットのミサイル発射口が開き、次々にミサイルが発射されていく。
 発射されたミサイルは、敵ミサイルに向けて一直線に飛んでいく。敵ミサイルを追尾、高速で接近する。そして、ミサイル同士は物理的に衝突した。そのエネルギーでミサイルは起爆し、大爆発が起こる。
 いくつもの大きな火花が宇宙に飛び散っていく。

「やったぁー!」

 ネリーは喜びのあまり、ついダリルにハイタッチを求めてしまう。

「あ……すみません」

 顔を赤くし、手を下ろそうとしたとき、ダリルは手のひらをちょんと押しつけた。

「やったな、ネリー」
「はい!」

 自分の提案がうまくいったことで、ネリーは年相応に無邪気な笑顔で喜んでみせる。

「あわわわわ……! ダメ! ダメだ、これ!」
「どうした?」
「何発か抜ける! なんとかして!」

 アイギスはAIらしからぬ取り乱しようだった。
 抜けるのは当然ミサイルだ。

「なんとかってっ!? おい!」

 火花と爆煙の中から、ミサイル4発が顔を出した。そしてコロニーに向かって突き進んでいく。
 このままコロニーはぶつかれば、無事では済まないだろう。ビーム攻撃でコロニーにはすでに穴が開いていて、これ以上の攻撃を受けたらバラバラになってしまう。そうなったらコロニーの住人はどうなるか、考えるまでもない。

「避難状況は?」
「壊滅的です。初動が遅れたこともあって、全然進んでいません……」
「くっ……」

 ダリルは決断を迫られていた。
 敵艦隊の降伏に降伏するか、それともコロニーを諦め、その上で戦うか逃げるか。
 降伏すれば、武力や戦争に屈することになり、平和の象徴たるエンデュリングは敵の手に渡ってしまう。
 だが……人々の命を守れないで何が平和の象徴か……!

「イレール……シュテーグマンに通信をつないでくれ」
「えっ、はい」
「待てよ、艦長」

 ダリルが降伏を決意したところで、アルバトロス隊リーダー・ノイマン大尉からの通信が割り込んで来た。

「諦めるのはまだ早いぜ。俺たちが行く!」

 アルバトロス隊の4機はダリルの返答を待たず、全速力でミサイルに急行していった。

「ノイマン、頼むぞ……」

 ダリルには拳を握り締め、ただ祈ることしかできなかった。



「こちら、アルバトロスリーダー。これより、ミサイルを狙撃する」

 ノイマン機に続いて、エピメテウス3機が突入していく。
 エピメテウスは他の機体に比べて断然、加速力が高い。こうした任務には最適と言える。だが、問題は射程の短い機銃しか使えないことだ。ぎりぎりまで接近して、ミサイルを銃撃するしかない。

「一人1個だ。競争しなくていいぞ!」
「おう!」

 ノイマンに勇ましい隊員たちが答える。
 ミサイルは戦闘機と違って回避機動を取ったりしない。打ち落とすのはそう苦ではないが、接近のタイミングを誤れば、ミサイルともども爆発しかねない。減速できず、そのままコロニーに突っ込むことだってある。

「1ついただき!」

 ノイマンはミサイルに対して垂直に突っ込み、ミサイルの土手っ腹に機銃を撃ち込む。
 ミサイルにはいくつものの穴が開き、火花が散ったかと思えば、周囲を包み込むほどの爆発が起きていた。
 ノイマン機は射撃後すぐに離れていたため、巻き込まれなかった。

「さっすが、隊長!」
「俺も行くぜ!」

 隊員たちは次々にミサイルに向かっていく。
 また1つ、ミサイルが花火のように宇宙を照らす。続いて機銃がうなり、ミサイルが消える。あと1つ。
 最後にアルバトロス隊3番機が機銃をミサイルに撃ち込む。弾はミサイルに命中した。だが、ミサイルは爆発しなかった。角度が浅く、ミサイルのボディを貫くことができず、はじかれてしまったのだ。
 ミサイルは何もなかったかのように、コロニーへ進撃していく。
 3番機は機体を旋回させて再びミサイルに向かうが、高速で一瞬通過しただけの距離がロスとなって、なかなか縮められない。
 破れかぶれになって機銃を放つが、ミサイルに命中しない。

「アルバトロス3、諦めるな!」

 ノイマンは叱咤する。
 それに応えて3番機はペダルを踏み込み、さらに加速する。

「よし、今だ!」

 3番機のパイロット、トミー・フーバーはミサイル撃墜を直感した。そしてトリガーを引く。
 だが弾が出なかった。
 何度も何度もトリガーを引いても、弾は出ない。
 これまでの戦闘で弾を撃ち尽くしていたのだった。

「アルバトロス3、俺が行く! 離れろ!」

 ノイマンは機体を返し、ミサイルに直進させる。

「ノイマン大尉! 俺がやります!」

 ノイマンはフーバーの言う意味が分かっていた。今からノイマンが向かっても間に合わない。フーバーは自分でなんとかする気なのだ。

「馬鹿野郎!」

 ノイマンは叫ぶが、次にどう命じていいのか分からなかった。ただペダルを踏み込み、戦闘機をフーバーに近づけることしかできない。
 フーバーが止めなければ、ミサイルはコロニーに命中する。だがフーバーは……。

「人を守るのが仕事だぁぁーっ!」

 フーバーはミサイルの進路をふさぐように突入した。
 フーバーの読みと腕は一流だった。
 フーバーの乗るエピメテウスの腹は、ミサイルの頭とぴったりぶつかる位置で交差した。ほんの一瞬でもタイミングがずれれば、両者はむなしく通り過ぎてしまう。だがフーバーはやり遂げた。
 ノイマンの目の前で大きな爆発が起こる。

「フーバー!!」

 ノイマンの叫びは無線を通して、アルバトロス隊員、そしてエンデュリング船員の心を震わせた。
 エンデュリング隊、設立から15年。彼が初の戦死者となった。
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