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ていうか中華
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「わあ! 私こういうお店好きなんです!」
中華街のとある中華料理屋。未梨亞が感嘆の声を上げる。
今日は愛良の先輩社員である肥後徹がおごってくれるというので、三人でお食事に来ていた。
シャレたところに連れていってくれるのかと思ったら、案外普通のお店だった。見た目は、そこらへんにある個人経営っぽい中華料理屋だ。
「でしょ? 中華は気取らず、好きなものをたくさん食べるのが一番さ」
「へえ、安いんですね」
メニューの数はものすごく多かったが、どれも安いものばかりだ。
せっかくの驕りなんだから、もっと高いものがよかったと思ってしまう。相手は女の子と仲良くしたいという思惑で誘っているのだから、そう思ってもいいだろう。
「もっと高級店がよかった?」
「い、いいえ。そんなところ落ち着きませんよー」
冴えない顔をしていたのだろう。徹に図星をつかれてしまう。
今日は、先輩と友達としてご飯を食べに来ただけだ。自分は彼女でもないし、これからなることもない。特別扱いはやはり無用だ。
浩一はけっこう愛良に気を遣ってくれ、必ずソファー側の席を譲ってくれるし、お店も念入りに調べて選んでくれていた。これからは受け身になるのはよくないと、気を引き締める。
「今日は誘っていただいて、ホントありがとうございます」
「いいよいいよ。若い女の子二人と食事できるだけで幸せだから」
こういう言葉がすぐに出るところが信用できない。というより、軽すぎてむしろどうでもいいと感じてしまう。
「未梨亞ちゃん、好きなもの頼んでいいからね」
「はい! 私、こう見えてもたくさん食べるんです!」
中学生か高校生ぐらいの体をしてそう言うのだから、微笑ましくて仕方ない。徹はどうせあまり食べないんだろうと、笑って流してみせる。
こういうお店のほうが気張らないでいられるし、未梨亞も楽しんでいるみたいだったので、徹のチョイスは正しかったのかもしれない。おそらく、男女二人っきりなら、もっと雰囲気あるお店を選んだのだろう。
「愛良さん、好きなのありますか?」
「未梨亞に任せるよ」
「はい、任されました! すみませーん! 注文お願いしまーす!」
よく通る声だ。
騒がしい店内でもはっきり聞こえ、一人の店員さんが振り向いてこちらへ来てくれる。
さすがは元声優。普通の人にしか見えないが、こういうところは他の人より優れているのかもしれないと、愛良は思った。
「三種の冷菜、鶏の唐揚げ、麻婆豆腐、牛肉のニンニク茎炒め……」
「ちょっと待ってネ。冷菜、唐揚げ……」
「まぁぽぉどうふぅ、ぎゅにくのニンニク茎炒め。それとー、レタスちゃおふぁん……」
店員さんの片言の日本語がうつったのか、変なイントネーションで未梨亞は復唱するので、愛良と徹は笑いそうになる。
それから変な発音のまま、注文を続けるのだから、二人は吹き出すのを堪えるのが大変だった。
「それと、ラーメン! 以上で!」
店員さんはなおざりな復唱をして、厨房に消えていく。
「なにそのイントネーション」
「え? あ、なんか、うつっちゃうんですよね。悪気とか全然なくて」
「お仕事関連?」
「それもあるかもしれないです。相手に合わせてリアクションする訓練受けてるから、テンション上がってるときはついつい、変なことしちゃいます」
なんだそりゃ。
ちょっと変わった子だなとは思っていたが、やっぱり変わっている。
「未梨亞ちゃんは元声優さんなんだっけ?」
「はい、そうなんです」
「声優かぁ。すごいなあ」
「すごくなんかないですよ。クビになってますし」
デジャブを感じるシチュエーション。
未梨亞は、今後も出会う人とこの話をしないといけないのだろう。そう思うとちょっと不憫だ。
「声優ってモテるでしょ?」
「モテないですよー。私もこの歳して、独り身ですから。あはは」
この質問も覚えがある。
「じゃあ、俺なんてどう?」
「いやぁ、今無職ですよ? 養ってくださるんですか!?」
「君が望むならね」
「じゃあ、養ってもらっちゃおうかな。なんてー」
「ははは! 未梨亞ちゃん若く見えるからエンコーに見えちゃうかもな!」
「制服着れば、高校生に間違えられる自信あります!」
そういって、未梨亞はお酒を飲む。
愛良は正直びっくりしていた。センシティブなことだし、男性絡みに対しては、陰のある対応をするのかと思ったら、陽気に徹の問答をかわしている。
「声優同士で飲みにいったりするの?」
「ありますね。外画の収録はしょっちゅうです」
「がいが?」
「あ、洋画のことです。外国映画の吹き替え」
「へえ、業界用語かぁ」
「海外ドラマなんかは長い期間かけて録るので、声優同士が仲良くなりやすいんですかね。収録のあと、みんなで飲みに行くのが恒例になっているんです」
「古いサラリーマンみたいだな」
「そうですね。上下関係があって断れず、いつも飲み会って流れなので、最近では減ってきてるみたいです」
聞いたことのない業界トークに、愛良も興味津々になり、質問に加わる。
「上下関係かぁ、面倒そう……。やっぱ上下厳しいの?」
「声優も芸能界の一部ですからね。かなりものです。芸歴が長い人には、ちゃんと挨拶しないと怒られて干されちゃいます」
「長くやってるから偉いのは、ちょっと嫌だね」
会社でもなんだかんだで年功序列。年上のほうが偉い。
「でも、年上だから飲み会ではおごらないといけない、というのもありますね。声優の若手が貧乏なのは、みんな知ってますから」
なんとも芸能界らしい。バイト生活の新人声優には、毎週の飲み会はかなり厳しいだろう。
サラリーマンは上司がおごってくれるケースは減っているようで、若者はだいぶ飲み会を断るようだ。
「声優さん、可愛い子多いだろうなぁ」
欲望丸出しで、話に割り込んでくるのは徹。
「最近、可愛い人増えてますねー」
「声優はもうアイドルのようなもんだよな。演技出来て当たり前。顔もよくて、歌って踊れなくちゃいけないんだから大変だ。未梨亞ちゃんも歌ってたりするの?」
「私はないです。事務所では、ユニット組んで歌ってる人もいましたけど」
「アニメは出てる? ドラゴンボールとか?」
「そんな人気アニメ出られませんよー」
「じゃあ、どんなの? 俺、アニメ詳しいから知ってるかもしれない」
徹がずうずうしく聞いているので、ちょっとむかっと来たが、愛良も聞いてみたいことだったので、あえてツッコまなかった。
「えー。たぶん知りませんよ」
「言ってよ。知ってるかもしれないじゃん」
「えっと……」
未梨亞はもじもじして言う。
「絶対知らないですよ……。『アホな女神様は俺がいただいちゃいました』ってアニメなんですけど……」
愛良はぽかんとしてしまう。
「先輩知ってます?」
愛良は徹を見るが、首をふるふると横に振る。
「ごめん、もう一回言って」
「え……。あ、『アホな女神様は俺がいただいちゃいました』」
それがアニメのタイトルなのかと、愛良と徹は思ってしまう。口に出して言うのはちょっと恥ずかしい。
「アホな女神? それに未梨亞が出てるの?」
「は、はい……」
未梨亞は顔を真っ赤にしている。それはお酒のせいだけではない。
「一応、その女神役なんです……」
「女神? アホな?」
「はい……」
「いただかれた?」
「はい……」
しばらく沈黙の時が流れた。
「未梨亞ちゃん、すごいじゃん! ヒロインってことでしょ?」
「そ、そうですね……」
「そのアニメ知らないけど、ヒロインやってるんだから、相当なもんじゃないか! 有名人でしょ!」
徹が「よいしょ」という名のフォローを入れる。
知らないのに有名人とはいったい。
「マイナーすぎるから、あまり見たことあるって言う人いないですね」
未梨亞はてへへと笑う。
誇らしいことで恥ずかしくもあり、みんなが知らないのに褒めてくれるのは複雑な気持ちなのだろう。
「どんなアニメなの?」
愛良が尋ねる。
「10分のWebアニメです。原作小説の宣伝用に1クール分やってました」
「Webアニメ?」
「テレビでは放送されてなくて、ネットで見られるやつです」
それは知らないわけだと、愛良は思う。むろん、テレビでやっていてもアニメはほとんど見ないで、知らない確率はやはり高いわけだが。
「今でも見られるの?」
今度は徹が質問する。
「どうでしょう。期間限定かもしれません」
「調べてみよ。えっと、タイトルなんだっけ」
徹はスマホを取り出して、アニメを検索し始める。
「主役やってても、クビになっちゃうものなの?」
主役は誰でもなれるわけでない。実力があって選ばれたから、未梨亞が演じているのだ。
「今はアニメがたくさんありますけど、その分、声優も多いですからね。私ぐらいの声優は山ほどいて、その中で生きていくには、私は実力不足です。地上波でやってるアニメの主役だったなら、全然違うと思いますけど」
愛良は部活のサッカーを連想していた。
部活で精一杯練習して、学校で一番サッカーがうまくなっても、他の学校と比べると、そこまでではなかったりする。プロのサッカー選手になるには、その地区の一番でも足りず、その都道府県の指折りでなければいけない。
声優として生きていくには、全国の強力なライバルと戦っていくことになるのだろう。
「お、名前載ってる」
「え、どれですか!?」
愛良は徹のスマホをのぞき込む。
スマホにはウィキペディアのページが映し出されている。出演声優のリストに、主人公に続いて、不破未梨亞の名前が確かに載っていた。
「すごい……」
「いいなぁ! うらやましい!」
愛良と徹は未梨亞をベタ褒めにする。
一般人では絶対にウィキペディアに名前が載ることはない。それが作品の一部として、名前が載っているのは名誉あることだろう。
「やっぱ嬉しいもの?」
「そりゃ嬉しいですよ。載ったときは死ぬほど嬉しかったですし、今でも自分は声優だったんだなって思えます」
「そうなんだ」
明るく振り回っているが、どこか未梨亞の言葉に陰があるように感じられた。
ウィキペディアに載った名前は生きた証で、自分はもう十分やることはやった、と言っているような。
その気持ちは分かるが、愛良としては複雑だった。
(一般人は生きた証のないまま死んでいくんだよ)
自分もこの世に何も残せないまま死ぬことになるだろう。一つでも、永久にこの世に残るものがある未梨亞がうらやましく思えた。
「公式サイトには動画ないかあ。まあ、なんとか探してみる。どっかにアップされてるだろー。絶対、未梨亞ちゃんが活躍しているところ見るわ!」
「あはは、あるといいですね」
徹の調子のいい発言を未梨亞は流してみせた。
中華街のとある中華料理屋。未梨亞が感嘆の声を上げる。
今日は愛良の先輩社員である肥後徹がおごってくれるというので、三人でお食事に来ていた。
シャレたところに連れていってくれるのかと思ったら、案外普通のお店だった。見た目は、そこらへんにある個人経営っぽい中華料理屋だ。
「でしょ? 中華は気取らず、好きなものをたくさん食べるのが一番さ」
「へえ、安いんですね」
メニューの数はものすごく多かったが、どれも安いものばかりだ。
せっかくの驕りなんだから、もっと高いものがよかったと思ってしまう。相手は女の子と仲良くしたいという思惑で誘っているのだから、そう思ってもいいだろう。
「もっと高級店がよかった?」
「い、いいえ。そんなところ落ち着きませんよー」
冴えない顔をしていたのだろう。徹に図星をつかれてしまう。
今日は、先輩と友達としてご飯を食べに来ただけだ。自分は彼女でもないし、これからなることもない。特別扱いはやはり無用だ。
浩一はけっこう愛良に気を遣ってくれ、必ずソファー側の席を譲ってくれるし、お店も念入りに調べて選んでくれていた。これからは受け身になるのはよくないと、気を引き締める。
「今日は誘っていただいて、ホントありがとうございます」
「いいよいいよ。若い女の子二人と食事できるだけで幸せだから」
こういう言葉がすぐに出るところが信用できない。というより、軽すぎてむしろどうでもいいと感じてしまう。
「未梨亞ちゃん、好きなもの頼んでいいからね」
「はい! 私、こう見えてもたくさん食べるんです!」
中学生か高校生ぐらいの体をしてそう言うのだから、微笑ましくて仕方ない。徹はどうせあまり食べないんだろうと、笑って流してみせる。
こういうお店のほうが気張らないでいられるし、未梨亞も楽しんでいるみたいだったので、徹のチョイスは正しかったのかもしれない。おそらく、男女二人っきりなら、もっと雰囲気あるお店を選んだのだろう。
「愛良さん、好きなのありますか?」
「未梨亞に任せるよ」
「はい、任されました! すみませーん! 注文お願いしまーす!」
よく通る声だ。
騒がしい店内でもはっきり聞こえ、一人の店員さんが振り向いてこちらへ来てくれる。
さすがは元声優。普通の人にしか見えないが、こういうところは他の人より優れているのかもしれないと、愛良は思った。
「三種の冷菜、鶏の唐揚げ、麻婆豆腐、牛肉のニンニク茎炒め……」
「ちょっと待ってネ。冷菜、唐揚げ……」
「まぁぽぉどうふぅ、ぎゅにくのニンニク茎炒め。それとー、レタスちゃおふぁん……」
店員さんの片言の日本語がうつったのか、変なイントネーションで未梨亞は復唱するので、愛良と徹は笑いそうになる。
それから変な発音のまま、注文を続けるのだから、二人は吹き出すのを堪えるのが大変だった。
「それと、ラーメン! 以上で!」
店員さんはなおざりな復唱をして、厨房に消えていく。
「なにそのイントネーション」
「え? あ、なんか、うつっちゃうんですよね。悪気とか全然なくて」
「お仕事関連?」
「それもあるかもしれないです。相手に合わせてリアクションする訓練受けてるから、テンション上がってるときはついつい、変なことしちゃいます」
なんだそりゃ。
ちょっと変わった子だなとは思っていたが、やっぱり変わっている。
「未梨亞ちゃんは元声優さんなんだっけ?」
「はい、そうなんです」
「声優かぁ。すごいなあ」
「すごくなんかないですよ。クビになってますし」
デジャブを感じるシチュエーション。
未梨亞は、今後も出会う人とこの話をしないといけないのだろう。そう思うとちょっと不憫だ。
「声優ってモテるでしょ?」
「モテないですよー。私もこの歳して、独り身ですから。あはは」
この質問も覚えがある。
「じゃあ、俺なんてどう?」
「いやぁ、今無職ですよ? 養ってくださるんですか!?」
「君が望むならね」
「じゃあ、養ってもらっちゃおうかな。なんてー」
「ははは! 未梨亞ちゃん若く見えるからエンコーに見えちゃうかもな!」
「制服着れば、高校生に間違えられる自信あります!」
そういって、未梨亞はお酒を飲む。
愛良は正直びっくりしていた。センシティブなことだし、男性絡みに対しては、陰のある対応をするのかと思ったら、陽気に徹の問答をかわしている。
「声優同士で飲みにいったりするの?」
「ありますね。外画の収録はしょっちゅうです」
「がいが?」
「あ、洋画のことです。外国映画の吹き替え」
「へえ、業界用語かぁ」
「海外ドラマなんかは長い期間かけて録るので、声優同士が仲良くなりやすいんですかね。収録のあと、みんなで飲みに行くのが恒例になっているんです」
「古いサラリーマンみたいだな」
「そうですね。上下関係があって断れず、いつも飲み会って流れなので、最近では減ってきてるみたいです」
聞いたことのない業界トークに、愛良も興味津々になり、質問に加わる。
「上下関係かぁ、面倒そう……。やっぱ上下厳しいの?」
「声優も芸能界の一部ですからね。かなりものです。芸歴が長い人には、ちゃんと挨拶しないと怒られて干されちゃいます」
「長くやってるから偉いのは、ちょっと嫌だね」
会社でもなんだかんだで年功序列。年上のほうが偉い。
「でも、年上だから飲み会ではおごらないといけない、というのもありますね。声優の若手が貧乏なのは、みんな知ってますから」
なんとも芸能界らしい。バイト生活の新人声優には、毎週の飲み会はかなり厳しいだろう。
サラリーマンは上司がおごってくれるケースは減っているようで、若者はだいぶ飲み会を断るようだ。
「声優さん、可愛い子多いだろうなぁ」
欲望丸出しで、話に割り込んでくるのは徹。
「最近、可愛い人増えてますねー」
「声優はもうアイドルのようなもんだよな。演技出来て当たり前。顔もよくて、歌って踊れなくちゃいけないんだから大変だ。未梨亞ちゃんも歌ってたりするの?」
「私はないです。事務所では、ユニット組んで歌ってる人もいましたけど」
「アニメは出てる? ドラゴンボールとか?」
「そんな人気アニメ出られませんよー」
「じゃあ、どんなの? 俺、アニメ詳しいから知ってるかもしれない」
徹がずうずうしく聞いているので、ちょっとむかっと来たが、愛良も聞いてみたいことだったので、あえてツッコまなかった。
「えー。たぶん知りませんよ」
「言ってよ。知ってるかもしれないじゃん」
「えっと……」
未梨亞はもじもじして言う。
「絶対知らないですよ……。『アホな女神様は俺がいただいちゃいました』ってアニメなんですけど……」
愛良はぽかんとしてしまう。
「先輩知ってます?」
愛良は徹を見るが、首をふるふると横に振る。
「ごめん、もう一回言って」
「え……。あ、『アホな女神様は俺がいただいちゃいました』」
それがアニメのタイトルなのかと、愛良と徹は思ってしまう。口に出して言うのはちょっと恥ずかしい。
「アホな女神? それに未梨亞が出てるの?」
「は、はい……」
未梨亞は顔を真っ赤にしている。それはお酒のせいだけではない。
「一応、その女神役なんです……」
「女神? アホな?」
「はい……」
「いただかれた?」
「はい……」
しばらく沈黙の時が流れた。
「未梨亞ちゃん、すごいじゃん! ヒロインってことでしょ?」
「そ、そうですね……」
「そのアニメ知らないけど、ヒロインやってるんだから、相当なもんじゃないか! 有名人でしょ!」
徹が「よいしょ」という名のフォローを入れる。
知らないのに有名人とはいったい。
「マイナーすぎるから、あまり見たことあるって言う人いないですね」
未梨亞はてへへと笑う。
誇らしいことで恥ずかしくもあり、みんなが知らないのに褒めてくれるのは複雑な気持ちなのだろう。
「どんなアニメなの?」
愛良が尋ねる。
「10分のWebアニメです。原作小説の宣伝用に1クール分やってました」
「Webアニメ?」
「テレビでは放送されてなくて、ネットで見られるやつです」
それは知らないわけだと、愛良は思う。むろん、テレビでやっていてもアニメはほとんど見ないで、知らない確率はやはり高いわけだが。
「今でも見られるの?」
今度は徹が質問する。
「どうでしょう。期間限定かもしれません」
「調べてみよ。えっと、タイトルなんだっけ」
徹はスマホを取り出して、アニメを検索し始める。
「主役やってても、クビになっちゃうものなの?」
主役は誰でもなれるわけでない。実力があって選ばれたから、未梨亞が演じているのだ。
「今はアニメがたくさんありますけど、その分、声優も多いですからね。私ぐらいの声優は山ほどいて、その中で生きていくには、私は実力不足です。地上波でやってるアニメの主役だったなら、全然違うと思いますけど」
愛良は部活のサッカーを連想していた。
部活で精一杯練習して、学校で一番サッカーがうまくなっても、他の学校と比べると、そこまでではなかったりする。プロのサッカー選手になるには、その地区の一番でも足りず、その都道府県の指折りでなければいけない。
声優として生きていくには、全国の強力なライバルと戦っていくことになるのだろう。
「お、名前載ってる」
「え、どれですか!?」
愛良は徹のスマホをのぞき込む。
スマホにはウィキペディアのページが映し出されている。出演声優のリストに、主人公に続いて、不破未梨亞の名前が確かに載っていた。
「すごい……」
「いいなぁ! うらやましい!」
愛良と徹は未梨亞をベタ褒めにする。
一般人では絶対にウィキペディアに名前が載ることはない。それが作品の一部として、名前が載っているのは名誉あることだろう。
「やっぱ嬉しいもの?」
「そりゃ嬉しいですよ。載ったときは死ぬほど嬉しかったですし、今でも自分は声優だったんだなって思えます」
「そうなんだ」
明るく振り回っているが、どこか未梨亞の言葉に陰があるように感じられた。
ウィキペディアに載った名前は生きた証で、自分はもう十分やることはやった、と言っているような。
その気持ちは分かるが、愛良としては複雑だった。
(一般人は生きた証のないまま死んでいくんだよ)
自分もこの世に何も残せないまま死ぬことになるだろう。一つでも、永久にこの世に残るものがある未梨亞がうらやましく思えた。
「公式サイトには動画ないかあ。まあ、なんとか探してみる。どっかにアップされてるだろー。絶対、未梨亞ちゃんが活躍しているところ見るわ!」
「あはは、あるといいですね」
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