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第四章・熱を孕む
弐
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筆記試験が終わり、その日の午後には合格発表がされた。自己採点で一問だけ間違えた文字屋の名は合格者一覧にあり、三日で詰め込んだにしてはよくやったほうだと、文字屋は自分で自分を褒めた。次なる試験である実技試験は、今年は大筆でのパフォーマンスということで、特に座って勉強することはない。文字屋は書く文字だけ考えようと、移動する彩雲に乗って天狐帝の屋敷へと戻った。
屋敷に戻ると、なにやら雰囲気がざわざわ騒がしい。迎えに出てきた鈿女曰く、西対の屋根に矢が打ちこまれたという。文字屋が慌てて西対に向かうと、千代が一人で座って大皿の菓子を食べていた。
「おはうひゅん?」
うにょーんと伸びる豆餅を食べつつ、返答する千代。その姿を見て文字屋は安堵すると同時に、どっと気が抜け、ずるずるとその場に座り込んだ。
「怪我はないか、千代」
「うん! わたし、事件の時は東対で狐の女官さん達とお喋りしていたの。だからぜーんぜんなんともない。めぐみさんが一人でいた時に矢が刺さったらしくて、それで大問題になってるみたい。めぐみさんは今、寝殿で玄之丞様と一緒にいらっしゃるよ」
「母上も無事なのか」
「うん。ぴんぴんしてた。『玄ちゃんといちゃいちゃしてくるわぁ』って、お元気そうだったよ」
文字屋の脳内に、その光景がはっきり浮かぶ。二人とも無事で良かったと思うと同時に、千代がすすすと文字屋に近づき、すぐ隣で腰を下ろした。
「なんだ」
「そんなに慌ててくるんだもん、少しは心配してくれたのかなって。そうだったら嬉しいなって」
「……心配するだろ、当然だ」
「えへへー。ですよねー」
千代が勝ち誇った顔で笑い、文字屋は耳の端を真っ赤に染めたまま俯いた。正月の光る金魚が二人揃って【恋】だったことが発覚してから、何かにつけて千代の機嫌がいい。それは文字屋にとっても嬉しいことなのだが、どんどん近づく距離に慣れないのもまた事実だ。
とりあえず矢が打ちこまれた屋根を見ておこうと、文字屋は部屋の外に出る。ついてきた千代が「あそこあそこ」と指をさしたのは、随分と屋根の低いところだった。文字屋では手が届かないが、千代でも悠々手が届く高さ。鈿女は『打ちこまれた』と言っていたが、部屋の中を狙うにしては遠く、意図的に誰かが屋根に矢を刺したほうが正しそうだった。
「矢が放たれたところ、誰か見た者はいるのか?」
「わたしも東対にいた狐の女官さん達、誰も見ていないよ。話の途中で鈿女さんが大慌てで駆け込んできて、急に矢の話をするんだもの。びっくりしちゃった」
「……東西の侍所にいる狐にも話を聞いてみよう。何も見ていないと言われそうだが、一応な」
歩き出そうとした文字屋の片手を、千代が自分の手でぎゅっと握る。文字屋は「歩きにくい」と皮肉を言ったが、千代の「一人じゃつまらないから一緒に行く」の一言で黙るしかなかった。
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