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第四章・熱を孕む
壱
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年越しを控えたある日、文字屋の自宅に電気ナマズ電器店がやってきた。イズナは買い物で出かけており、文字屋も新年記念札を売りさばくことに余念がない。必然的に休みである千代が対応したのだが、電気ナマズ達の動きはてきぱきしていて、古い旧型テレビと最新のテレビを入れ替える作業を見ているだけだった。
電器店が帰って少しして、鼻歌を歌いながらイズナが買い物から帰ってきた。玄関扉のすぐ前で待ち構えていた千代が買い物カゴを受け取り、文字屋がイズナを抱え、目隠しをした。
そのまま茶の間に運び、イズナを新しいテレビの前で座らせる。ハッハッと息を吐いていたイズナが目隠しを取ると、ずきゅんと鼓動が文字となって見えるかのようだった。
『ここここここここれは!』
「今年一年も色々とご苦労だったな、イズナ。一年分の感謝のしるしだ。今後もこの家を守るために協力して欲しい」
『もちろんでございます、胡白様! ありがたき贈り物、感謝してもしたりませぬ! なおいっそう精進してまいります!』
イズナの趣味がテレビ鑑賞であることは、千代も知っている。十年選手の旧型テレビをどうにか騙し騙し使ってきたのだが、先週遂に何も映らなくなった。
その時のイズナの落ち込みようといったら。耐えやまぬ涙の海に、さめざめと沈んでしまったかのようだった。
文字屋はイズナを慰めることはしたものの、新しいテレビを買うとは一言もいわなかった。だからこれは、本物のサプライズプレゼントだ。早速新聞のテレビチャンネル欄を見始めたイズナを、文字屋が正座しつつ微笑みながら見ている。
千代は二人を微笑みつつ見ながら、自分も正座して文字屋の隣に座る。とんとんと文字屋の肩を指で叩くと、訝しげな表情が返ってきた。
「なんだ、千代」
「えっとーそのー……わたしにもないのかなって思って! 一年分の感謝ってやつ!」
「……感謝よりも迷惑をかけられたほうが多い気がするが……」
「そこをなんとか! お願い!」
千代は顔面前で両手を合わせる。文字屋はしばらく考え込んでいたが、はっと気づいたように口にした。
「千代。借金を半額分減らす。どうだ」
「半分!? 半額も減らしてもらっていいの?!」
「今の俺は機嫌がいい。嫌なら三分の一にするぞ」
「嫌じゃないです! 神さま仏さまコハク様! 感謝致します!」
ははーっと深く座令した千代の頭を、小さな手がぽんぽんと撫でる。千代は頭を上げつつ、えへへと笑った。それを見て頬にさっと朱をさした文字屋が、慌てて買い物カゴを手に台所へ消えていった。
「うおおおい、開けてくれ。客だ客だ」
玄関のほうから地面が揺れるような声が聞こえる。
千代は立ち上がり、二重戸の扉を開け──もふっとした感触に全身が包まれた。
電器店が帰って少しして、鼻歌を歌いながらイズナが買い物から帰ってきた。玄関扉のすぐ前で待ち構えていた千代が買い物カゴを受け取り、文字屋がイズナを抱え、目隠しをした。
そのまま茶の間に運び、イズナを新しいテレビの前で座らせる。ハッハッと息を吐いていたイズナが目隠しを取ると、ずきゅんと鼓動が文字となって見えるかのようだった。
『ここここここここれは!』
「今年一年も色々とご苦労だったな、イズナ。一年分の感謝のしるしだ。今後もこの家を守るために協力して欲しい」
『もちろんでございます、胡白様! ありがたき贈り物、感謝してもしたりませぬ! なおいっそう精進してまいります!』
イズナの趣味がテレビ鑑賞であることは、千代も知っている。十年選手の旧型テレビをどうにか騙し騙し使ってきたのだが、先週遂に何も映らなくなった。
その時のイズナの落ち込みようといったら。耐えやまぬ涙の海に、さめざめと沈んでしまったかのようだった。
文字屋はイズナを慰めることはしたものの、新しいテレビを買うとは一言もいわなかった。だからこれは、本物のサプライズプレゼントだ。早速新聞のテレビチャンネル欄を見始めたイズナを、文字屋が正座しつつ微笑みながら見ている。
千代は二人を微笑みつつ見ながら、自分も正座して文字屋の隣に座る。とんとんと文字屋の肩を指で叩くと、訝しげな表情が返ってきた。
「なんだ、千代」
「えっとーそのー……わたしにもないのかなって思って! 一年分の感謝ってやつ!」
「……感謝よりも迷惑をかけられたほうが多い気がするが……」
「そこをなんとか! お願い!」
千代は顔面前で両手を合わせる。文字屋はしばらく考え込んでいたが、はっと気づいたように口にした。
「千代。借金を半額分減らす。どうだ」
「半分!? 半額も減らしてもらっていいの?!」
「今の俺は機嫌がいい。嫌なら三分の一にするぞ」
「嫌じゃないです! 神さま仏さまコハク様! 感謝致します!」
ははーっと深く座令した千代の頭を、小さな手がぽんぽんと撫でる。千代は頭を上げつつ、えへへと笑った。それを見て頬にさっと朱をさした文字屋が、慌てて買い物カゴを手に台所へ消えていった。
「うおおおい、開けてくれ。客だ客だ」
玄関のほうから地面が揺れるような声が聞こえる。
千代は立ち上がり、二重戸の扉を開け──もふっとした感触に全身が包まれた。
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