宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

文字の大きさ
上 下
79 / 102
第四章・熱を孕む

しおりを挟む
 年越しを控えたある日、文字屋の自宅に電気ナマズ電器店がやってきた。イズナは買い物で出かけており、文字屋も新年記念札を売りさばくことに余念がない。必然的に休みである千代が対応したのだが、電気ナマズ達の動きはてきぱきしていて、古い旧型テレビと最新のテレビを入れ替える作業を見ているだけだった。
 電器店が帰って少しして、鼻歌を歌いながらイズナが買い物から帰ってきた。玄関扉のすぐ前で待ち構えていた千代が買い物カゴを受け取り、文字屋がイズナを抱え、目隠しをした。
 そのまま茶の間に運び、イズナを新しいテレビの前で座らせる。ハッハッと息を吐いていたイズナが目隠しを取ると、ずきゅんと鼓動が文字となって見えるかのようだった。

『ここここここここれは!』

「今年一年も色々とご苦労だったな、イズナ。一年分の感謝のしるしだ。今後もこの家を守るために協力して欲しい」

『もちろんでございます、胡白様! ありがたき贈り物、感謝してもしたりませぬ! なおいっそう精進してまいります!』

 イズナの趣味がテレビ鑑賞であることは、千代も知っている。十年選手の旧型テレビをどうにか騙し騙し使ってきたのだが、先週遂に何も映らなくなった。
 その時のイズナの落ち込みようといったら。耐えやまぬ涙の海に、さめざめと沈んでしまったかのようだった。
 文字屋はイズナを慰めることはしたものの、新しいテレビを買うとは一言もいわなかった。だからこれは、本物のサプライズプレゼントだ。早速新聞のテレビチャンネル欄を見始めたイズナを、文字屋が正座しつつ微笑みながら見ている。
 千代は二人を微笑みつつ見ながら、自分も正座して文字屋の隣に座る。とんとんと文字屋の肩を指で叩くと、訝しげな表情が返ってきた。

「なんだ、千代」

「えっとーそのー……わたしにもないのかなって思って! 一年分の感謝ってやつ!」

「……感謝よりも迷惑をかけられたほうが多い気がするが……」

「そこをなんとか! お願い!」

 千代は顔面前で両手を合わせる。文字屋はしばらく考え込んでいたが、はっと気づいたように口にした。

「千代。借金を半額分減らす。どうだ」

「半分!? 半額も減らしてもらっていいの?!」

「今の俺は機嫌がいい。嫌なら三分の一にするぞ」

「嫌じゃないです! 神さま仏さまコハク様! 感謝致します!」

 ははーっと深く座令した千代の頭を、小さな手がぽんぽんと撫でる。千代は頭を上げつつ、えへへと笑った。それを見て頬にさっと朱をさした文字屋が、慌てて買い物カゴを手に台所へ消えていった。

「うおおおい、開けてくれ。客だ客だ」

 玄関のほうから地面が揺れるような声が聞こえる。
 千代は立ち上がり、二重戸の扉を開け──もふっとした感触に全身が包まれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

金色の庭を越えて。

碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。 人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。 親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。 軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが… 親が与える子への影響、思春期の歪み。 汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。

エリア51戦線~リカバリー~

島田つき
キャラ文芸
今時のギャル(?)佐藤と、奇妙な特撮オタク鈴木。彼らの日常に迫る異変。本当にあった都市伝説――被害にあう友達――その正体は。 漫画で投稿している「エリア51戦線」の小説版です。 自サイトのものを改稿し、漫画準拠の設定にしてあります。 漫画でまだ投稿していない部分のストーリーが出てくるので、ネタバレ注意です。 また、微妙に漫画版とは流れや台詞が違ったり、心理が掘り下げられていたりするので、これはこれで楽しめる内容となっているかと思います。

【完結】虚無の王

邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/クトゥルー神話/這い寄る混沌×大学生】 大学生・沼田恭司は、ラヴクラフト以外の人間によって歪められた今の「クトゥルー神話」を正し、自分たちを自由に動けるようにしろと「クトゥルー神話」中の邪神の一柱ナイアーラトテップに迫られる。しかし、それはあくまで建前だった。 ◆『偽神伝』のパラレルです。そのため、内容がかなり被っています。

冷たい舌

菱沼あゆ
キャラ文芸
 青龍神社の娘、透子は、生まれ落ちたその瞬間から、『龍神の巫女』と定められた娘。  だが、龍神など信じない母、潤子の陰謀で見合いをする羽目になる。  潤子が、働きもせず、愛車のランボルギーニ カウンタックを乗り回す娘に不安を覚えていたからだ。  その見合いを、透子の幼なじみの龍造寺の双子、和尚と忠尚が妨害しようとするが。  透子には見合いよりも気にかかっていることがあった。  それは、何処までも自分を追いかけてくる、あの紅い月――。

三度目の創世 〜樹木生誕〜

湖霧どどめ
キャラ文芸
国単位で起こる超常現象『革命』。全てを無に帰し、新たなる文明を作り直す為の…神による手段。 日本で『革命』が起こり暫く。『新』日本は、『旧』日本が遺した僅かな手掛かりを元に再生を開始していた。 ある者は取り戻す為。ある者は生かす為。ある者は進む為。 --そして三度目の創世を望む者が現れる。 近未来日本をベースにしたちょっとしたバトルファンタジー。以前某投稿サイトで投稿していましたが、こちらにて加筆修正込みで再スタートです。 お気に入り登録してくださった方ありがとうございます! 無事完結いたしました。本当に、ありがとうございます。

民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!

ろうでい
キャラ文芸
― この民宿は、日本のどこかで今日もひっそりと、のほほんと、営業しております。 山奥……というほどでもないけれど、山の村にポツンと営業している民宿『ヤマガミ』。 その民宿の三姉妹の長女 山賀美 柚子 を中心とした、家族の物語。 特に何かがあるわけではないけれど、田舎の暮らしって時に、色々起きるもの。 今日も、笑顔いっぱいで、お客様をお迎え致しますっ! ※一話につき七分割しています。毎日投稿しますので、一週間で一話が終わるくらいのペースです。 ※この物語はフィクション……ですが、この民宿は作者の親戚の民宿で、日本のどこかに存在していたりします。 ※この小説は他サイトと重複投稿を行っております。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...