75 / 102
第三章・自称:悪役たちの依頼
参
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆
酒も抜けた翌々日、文字屋が皆に招集をかけた。普段は広く使える茶の間も、今晩ばかりはみっちり埋まった。
「ヒグマ工務店と話がついた。決行は新嘗祭の日。各自用紙に目を通し、読めない文字、意味がわからないことについては質問してくれ」
文字屋の綺麗な字で書かれた用紙に、各々目を通し始める。千代も一枚手に取り、書かれている内容に目を通す。とある儀式を再現するらしく、必要なものと儀式の流れが連なっている。
イズナと文字屋が質問に答える中、千代の左隣に座っていた子兎が武者震いをした。
「あたち、頑張りましゅ」
子兎の出番は最初から最後まである。中でも最後に向けてのシーンは、子兎の最大の見せ場だといってもいい。月に行くと言い切った子兎ならば、きっと果敢に立ち向かうだろう。
「文字屋の旦那。大体のことは分かったけどよ~。これ、子兎っちは大丈夫なんだろうな~?」
「大丈夫だ。当日は用心に用心を重ねて、二重の仕掛けを施す。皆も子兎が月に行けるよう、最大限の支援を頼む」
文字屋が綺麗な座礼をし、皆が頷く。そうして場はお開きになった。
狸たちの帰りを見送り、千代は玄関先で白い吐息を零す。二重戸の玄関扉をからからと閉めると、道具を抱えて例の部屋に向かう文字屋の背中が見えた。慌てて玄関の鍵を閉め、文字屋を追う。
「どうした。風呂ならイズナが沸かしているぞ」
「あ、え、あ、その、う、あ! そうそう、子兎ちゃんのやつ! 儀式の元になったお話があるんでしょ? 聞きたいなーと思って!」
千代は笑いつつ、ぐいぐいと距離を詰める。例の部屋で文字屋が何をするのかも気になっているが、あの部屋でなら二人きりになれる。そんな邪念を見透かしてか、それとも見逃してか。文字屋が肯定も否定もせず、すたすたと歩きだした。千代は胸をなでおろし、小さな背中についていく。
例の部屋はこの間と違い、見慣れた静けさに包まれていた。ぽむ、と音を立てて現れた小狐に、千代は安堵する。
『人間。正座するですの』
『狐。腹が減ったですの。文字を食わせろですの』
「文字を食わせるのは後からだ。まずは千代との話を済ませる」
文字屋が定位置に座り、道具類を定位置に置く。千代は文字屋の反対側に正座し、話が始まるのをいまかいまかと待った。
「今回の儀式の元になったのは、インドの説教仏話『ジャータカ神話』と、日本の青森県の民話である『お月さまに行ったウサギ』だ。どちらも兎が月に行く物語。出てくる動物達は違うが、中身はほぼ一緒の話だ。簡単に内容を話そう」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
エリア51戦線~リカバリー~
島田つき
キャラ文芸
今時のギャル(?)佐藤と、奇妙な特撮オタク鈴木。彼らの日常に迫る異変。本当にあった都市伝説――被害にあう友達――その正体は。
漫画で投稿している「エリア51戦線」の小説版です。
自サイトのものを改稿し、漫画準拠の設定にしてあります。
漫画でまだ投稿していない部分のストーリーが出てくるので、ネタバレ注意です。
また、微妙に漫画版とは流れや台詞が違ったり、心理が掘り下げられていたりするので、これはこれで楽しめる内容となっているかと思います。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
薔薇と少年
白亜凛
キャラ文芸
路地裏のレストランバー『執事のシャルール』に、非日常の夜が訪れた。
夕べ、店の近くで男が刺されたという。
警察官が示すふたつのキーワードは、薔薇と少年。
常連客のなかにはその条件にマッチする少年も、夕べ薔薇を手にしていた女性もいる。
ふたりの常連客は事件と関係があるのだろうか。
アルバイトのアキラとバーのマスターの亮一のふたりは、心を揺らしながら店を開ける。
事件の全容が見えた時、日付が変わり、別の秘密が顔を出した。
戒め
ムービーマスター
キャラ文芸
悪魔サタン=ルシファーの涙ほどの正義の意志から生まれたメイと、神が微かに抱いた悪意から生まれた天使・シンが出会う現世は、世界の滅びる時代なのか、地球上の人間や動物に次々と未知のウイルスが襲いかかり、ダークヒロイン・メイの不思議な超能力「戒め」も発動され、更なる混乱と恐怖が押し寄せる・・・
金色の庭を越えて。
碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。
人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。
親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。
軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが…
親が与える子への影響、思春期の歪み。
汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。
書道家・紫倉悠山のあやかし筆
糸烏 四季乃
キャラ文芸
昔から、俺には不思議な光が見えていた。
それは石だったり人形だったりとその都度姿形がちがって、俺はそういう光を放つものを見つけるのがうまかった。
祖父の家にも光る“書”があるのだが、ある時からその”書”のせいで俺の家で不幸が起き始める。
このままでは家族の命も危険かもしれない。
そう思い始めた矢先、光を放つ美貌の書道家・紫倉悠山という若先生と出会い――?
人とあやかしの不思議な縁が紡ぐ、切なく優しい物語。
※【花の書】にて一旦完結といたします。他所での活動が落ち着き次第、再開予定。
こちら夢守市役所あやかしよろず相談課
木原あざみ
キャラ文芸
異動先はまさかのあやかしよろず相談課!? 変人ばかりの職場で始まるほっこりお役所コメディ
✳︎✳︎
三崎はな。夢守市役所に入庁して三年目。はじめての異動先は「旧館のもじゃおさん」と呼ばれる変人が在籍しているよろず相談課。一度配属されたら最後、二度と異動はないと噂されている夢守市役所の墓場でした。 けれど、このよろず相談課、本当の名称は●●よろず相談課で――。それっていったいどういうこと? みたいな話です。
第7回キャラ文芸大賞奨励賞ありがとうございました。
メゾン・ド・モナコ
茶野森かのこ
キャラ文芸
人間のなずなが、アパートで暮らす妖達と一緒にちょっとずつ前を向いていくお話です。
住宅街から少し離れた場所にある、古びた洋館のアパート、メゾン・ド・モナコ。
そこには、火の鳥のフウカ、化け狸の少年ハク、水の妖のマリン、狼男のギンジ、猫又のナツメ、社を失った貧乏神の春風が暮らしていた。
人間のなずなは、祖母から預かった曾祖母の手紙、その宛名主を探していた時、火の玉に襲われ彼らと出会う。
その手紙の宛名主を知っているという春風は、火の玉の犯人と疑われているアパートの住人達の疑いを晴らすべく、なずなに、彼らと共に過ごす条件を出した。
なずなは、音楽への夢を断たれ職もない。このアパートでハウスキーパーの仕事を受け、なずなと彼らの生活が始まっていく。
少年ハクが踏み出した友達への一歩。火の玉の犯人とフウカの因縁。グローブに込められたフウカの思い。なずなのフウカへの恋心。町内会イベント。春風と曾祖母の関係。
なずなは時に襲われながらも、彼らとの仲を徐々に深めながら、なずな自身も、振られた夢から顔を上げ、それぞれが前を向いていく。
ちょっとずつ過去から前を向いていく、なずなと妖達、そして生まれ変わるメゾン・ド・モナコのお話です。
★「鈴鳴川で恋をして」と同じ世界の話で、一部共通するキャラクターが登場しています。BL要素はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる