74 / 102
第三章・自称:悪役たちの依頼
参
しおりを挟む
皆が大いに食べ、飲み、談笑していた途中。熱燗をちびちび舐めていた子兎が、ほろ酔い状態で口を開いた。
「みなしゃんは、あたちが月に行く話をしたから、離れていったでしゅか? それならあたち、もう二度と月に行きたいなんて言わ」
「続きは言わせないうきー!」
顔面を更に赤くした猿が、椅子の上で飛び跳ねる。
「そうよ、子兎ちゃん。あの日のあなたは真剣そのものだったわ。だからあたし達も決めたのよ。あなたが月に行くお手伝いをしようって」
ワニが猿をなだめ、子兎に語りかける。それらを見ていた狸がぐいっと杯をあおり、遠い目をして口を開いた。
「そりゃあ俺達も別れるのは寂しいさ~。けれども、子兎っちが願いを叶えられないのはもっと嫌だ~。それでみんなで、文字屋の旦那に相談したんだ~。月に行く方法はあるのかって~。そうしたらあるって言うから、じゃあ早く月に行きたくなるようにすんべって、皆でちょこっとずつ距離をとったんだ~。嫌ったわけじゃねぇんだ~。悪かったなぁ、子兎っち」
「狸しゃん……そうだったのでしゅね……」
涙を拭い、子兎がちびりと酒を舐める。千代の隣の椅子に座り、いなり寿司を食べていた文字屋に全員の視線が向いた。
「文字屋くん。子兎ちゃんが月に行く方法があるって本当なの?」
「ああ。今回は兎の先祖の実例があるからな」
「ご先祖さまでしゅか?」
「そうだ。だからお前も安心して月へ行ける。距離が離れても縁が切れるわけじゃない。仲良く過ごした時間が消えるわけじゃない。そうだろう?」
「……はい、でしゅ。あたち、月へ行くでしゅ」
子兎が改めて決意表明したことで、場がわっと湧く。千代はそれらを眩しく眺め、右隣の文字屋をそっと見る。盃を舐めるように飲んでいた文字屋と視線がばっちりあってしまい、思わず千代は赤面した。
「どうした。熱でもあるのか」
文字屋の小さな手が、千代の額へ伸びていく。千代はぎゅっと両目を閉じ、時間が過ぎ去るのを待った。ぺたりと当てられた手は冷たくて心地良い。
「さてはお前、酔ったな?」
「はい?」
「熱ではなさそうだ。顔も赤い、息も酒臭い、自分が思ったより飲んだんだろうな」
もう飲むのは止めておけと、文字屋が千代の盃を手に取って一息で呷った。その行為に、千代は空いた口が塞がらない。
(か、か、か、か、間接キスっていうんです! そういうの! 分かってますか、文字屋くん!)
わたしはしばらく【帰】の文字が見つからなくてもいいや──と、改めて思い直した千代だった。
「みなしゃんは、あたちが月に行く話をしたから、離れていったでしゅか? それならあたち、もう二度と月に行きたいなんて言わ」
「続きは言わせないうきー!」
顔面を更に赤くした猿が、椅子の上で飛び跳ねる。
「そうよ、子兎ちゃん。あの日のあなたは真剣そのものだったわ。だからあたし達も決めたのよ。あなたが月に行くお手伝いをしようって」
ワニが猿をなだめ、子兎に語りかける。それらを見ていた狸がぐいっと杯をあおり、遠い目をして口を開いた。
「そりゃあ俺達も別れるのは寂しいさ~。けれども、子兎っちが願いを叶えられないのはもっと嫌だ~。それでみんなで、文字屋の旦那に相談したんだ~。月に行く方法はあるのかって~。そうしたらあるって言うから、じゃあ早く月に行きたくなるようにすんべって、皆でちょこっとずつ距離をとったんだ~。嫌ったわけじゃねぇんだ~。悪かったなぁ、子兎っち」
「狸しゃん……そうだったのでしゅね……」
涙を拭い、子兎がちびりと酒を舐める。千代の隣の椅子に座り、いなり寿司を食べていた文字屋に全員の視線が向いた。
「文字屋くん。子兎ちゃんが月に行く方法があるって本当なの?」
「ああ。今回は兎の先祖の実例があるからな」
「ご先祖さまでしゅか?」
「そうだ。だからお前も安心して月へ行ける。距離が離れても縁が切れるわけじゃない。仲良く過ごした時間が消えるわけじゃない。そうだろう?」
「……はい、でしゅ。あたち、月へ行くでしゅ」
子兎が改めて決意表明したことで、場がわっと湧く。千代はそれらを眩しく眺め、右隣の文字屋をそっと見る。盃を舐めるように飲んでいた文字屋と視線がばっちりあってしまい、思わず千代は赤面した。
「どうした。熱でもあるのか」
文字屋の小さな手が、千代の額へ伸びていく。千代はぎゅっと両目を閉じ、時間が過ぎ去るのを待った。ぺたりと当てられた手は冷たくて心地良い。
「さてはお前、酔ったな?」
「はい?」
「熱ではなさそうだ。顔も赤い、息も酒臭い、自分が思ったより飲んだんだろうな」
もう飲むのは止めておけと、文字屋が千代の盃を手に取って一息で呷った。その行為に、千代は空いた口が塞がらない。
(か、か、か、か、間接キスっていうんです! そういうの! 分かってますか、文字屋くん!)
わたしはしばらく【帰】の文字が見つからなくてもいいや──と、改めて思い直した千代だった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-
橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。
心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。
pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。
「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。
いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚
ススキ荻経
キャラ文芸
【京都×動物妖怪のお仕事小説!】
「目付け役」――。それは、平時から妖怪が悪さをしないように見張る役目を任された者たちのことである。
しかし、妖狐を専門とする目付け役「狐番」の京都担当は、なんとサボりの常習犯だった!?
京の平和を全力で守ろうとする新米陰陽師の賀茂紬は、ひねくれものの狐番の手を(半ば強引に)借り、今日も動物妖怪たちが引き起こすトラブルを解決するために奔走する!
これは京都に潜むもふもふなあやかしたちの物語。
第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました!
エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる