宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第三章・自称:悪役たちの依頼

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 皆が大いに食べ、飲み、談笑していた途中。熱燗をちびちび舐めていた子兎が、ほろ酔い状態で口を開いた。

「みなしゃんは、あたちが月に行く話をしたから、離れていったでしゅか? それならあたち、もう二度と月に行きたいなんて言わ」

「続きは言わせないうきー!」

 顔面を更に赤くした猿が、椅子の上で飛び跳ねる。

「そうよ、子兎ちゃん。あの日のあなたは真剣そのものだったわ。だからあたし達も決めたのよ。あなたが月に行くお手伝いをしようって」

 ワニが猿をなだめ、子兎に語りかける。それらを見ていた狸がぐいっとさかずきをあおり、遠い目をして口を開いた。

「そりゃあ俺達も別れるのは寂しいさ~。けれども、子兎っちが願いを叶えられないのはもっと嫌だ~。それでみんなで、文字屋の旦那に相談したんだ~。月に行く方法はあるのかって~。そうしたらあるって言うから、じゃあ早く月に行きたくなるようにすんべって、皆でちょこっとずつ距離をとったんだ~。嫌ったわけじゃねぇんだ~。悪かったなぁ、子兎っち」

「狸しゃん……そうだったのでしゅね……」

 涙を拭い、子兎がちびりと酒を舐める。千代の隣の椅子に座り、いなり寿司を食べていた文字屋に全員の視線が向いた。

「文字屋くん。子兎ちゃんが月に行く方法があるって本当なの?」

「ああ。今回は兎の先祖の実例があるからな」

「ご先祖さまでしゅか?」

「そうだ。だからお前も安心して月へ行ける。距離が離れても縁が切れるわけじゃない。仲良く過ごした時間が消えるわけじゃない。そうだろう?」

「……はい、でしゅ。あたち、月へ行くでしゅ」

 子兎が改めて決意表明したことで、場がわっと湧く。千代はそれらを眩しく眺め、右隣の文字屋をそっと見る。盃を舐めるように飲んでいた文字屋と視線がばっちりあってしまい、思わず千代は赤面した。

「どうした。熱でもあるのか」

 文字屋の小さな手が、千代の額へ伸びていく。千代はぎゅっと両目を閉じ、時間が過ぎ去るのを待った。ぺたりと当てられた手は冷たくて心地良い。

「さてはお前、酔ったな?」

「はい?」

「熱ではなさそうだ。顔も赤い、息も酒臭い、自分が思ったより飲んだんだろうな」

 もう飲むのは止めておけと、文字屋が千代の盃を手に取って一息であおった。その行為に、千代は空いた口が塞がらない。

(か、か、か、か、間接キスっていうんです! そういうの! 分かってますか、文字屋くん!)

 わたしはしばらく【】の文字が見つからなくてもいいや──と、改めて思い直した千代だった。
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