宵闇町・文字屋奇譚

第二章・お鶴さんの恋愛事情

肆

「へー！　お鶴さん、婚約したんだ！　おめでたーい！
　わー！　美味しそうないなり寿司！　いただきまーす！」

　千代は文字屋の反対側に腰をおろし、笑顔で両手を合わせる。

　三十六計さんじゅうろっけい逃げるに如しかず。
　お金の話は、いつまでもどこまでも！
　元の世界に戻るまで、逃げに逃げて、逃げさせていただきます！

　話をはぐらかした千代を一瞥いちべつし、文字屋がいなり寿司を口に運ぶ。
　文字屋の右手から新聞を受け取り、イズナが畳たたみに置いた。
　千代はいなり寿司を食べつつ、新聞に目を落とす。

【千鳥足ちどりあしのお鶴、遂ついに婚約こんやく！　お相手は二百歳年下の白鷺しろさぎ！】と、大きな見出みだしが踊おどっている。

　思わず千代は、いなり寿司を吹き出しそうになった。

「ん、ん、んぐっ⁈」

「お鶴に年を尋ねなくて良かったな」

　素そっ気けなく言い切った文字屋が、「ごちそうさまでした」と空からの大皿をイズナに渡す。
　千代は湯呑ゆのみの茶ごといなり寿司を飲み下くだし、一息つく。

「文字屋くん」

「なんだ」

「お鶴さん、幸せになれるよね？」

「幸せかどうかは本人が決める事だ」

「それは……そうだけど……。お相手が鷺さぎだから……変な人じゃなきゃいいなぁって……」

　歯切はぎれ悪く、語尾が消えるように話す千代に視線をくれ、文字屋が嘆息たんそくをもらした。

「千代。他人を騙だまし、金品きんぴんを奪ったり損害を与えたりする『詐欺さぎ』と、鳥の『鷺さぎ』はなんの関わりもないぞ」

「そうなの？　同じサギって読むから、てっきり……」

　文字屋が新聞を手に取り、ちゃぶ台に置く。
　千代が読めるように向きを変えると、文字屋の右人差し指が『鷺ロ』を叩く。