宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第二章・お鶴さんの恋愛事情

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カンの意味は『何かにかかわりあってそれからけだせなくなる・夢中むちゅうになる』。そして『異性いせい魅力みりょくにおぼれる』。デキも『心をうばわれる・夢中になる』の意味をふくむ。
 尾崎紅葉おざきこうようが明治二十九年に発表した小説、『多情多聞たじょうたもん』に記載がある。『女にはまってわけもなく家蔵かぞうつぶしたり』。
 お鶴。お前から水が出る原因。それは」

 左手で半紙を押さえ、文字屋が筆に墨をふくませる。
 ぶわ、ぶわりと空気が震え、尾の数が増えた。
 書き終えた文字屋が筆を置き、一礼する。

 お鶴に見えるよう、半紙を向け直し。
 とん、と。
 文字屋が右人差し指を半紙に打ちつける。

「【溺愛できあい】」

 ゴポポポポッ!
 正座したお鶴の爪先つまさきから胸元までが、泥水にかる。

「ヒィィィィ! 文字屋の旦那ァ、なんですかい、これは!」

「水が出る原因。知りたかったんだろう?」

「あたしゃ、止める方法も知りたいんですよぉ! ヒィ! この水、どんどん上がってきてません?!」

 ……ポチャン。……ポチャン。
 規則正きそくただしく、なにかを水中に入れる音がし、水位すいいが上がる。

「イソップ寓話ぐうわの一つ、『カラスと水差みずさし』。
 旅の途中とちゅうのどかわいたカラスが水差しを見つけた。水差しにはほんの少ししか水が入っておらず、くちばし水面みなもに届かない。カラスはあらゆる手段をこうじて水を飲もうとしたが、努力はみな徒労とろうに終わった。しかしあきらめきれないカラスは、集められるだけの石を集めると、一つ一つくちばしで水差しの中に落としていく。すると水位すいいし、ついにカラスは水を飲む事ができた。
 この話の教訓は……面倒臭めんどうくさいから、自分で調べてくれ」

 お鶴の首元に水が触れる直前ちょくぜん、文字屋の右手が動く。
 地引じびあみを引くように、泥水がしたたつなをピンと張った。
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