宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第二章・お鶴さんの恋愛事情

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「あたしには心に決めた人がいるっていうのに。まったく困ったもんだよ」

「ああ! 抱き合っていた方ですね!」

「いやだ、この子ったら! そんなところまで見てたのかい! あたしゃずかしいよ!」

 バチーン!
 白い顔を赤く染めたお鶴の右羽が、勢いよく新聞屋を振りはらう。
 壁に当たる音がした気がするが。
 聞こえなかったフリをしておこう。
 千代は奥歯をみしめ、必死に口角こうかくを上げ続ける。

鷺介さぎすけさんといってね、郵便屋ゆうびんや跡取あととりなんだ。あたしが一目惚ひとめぼれしてねぇ。五十年ぶりの恋だからがっちまって……あたしにはもったいないくらいの良い人、いや良い鳥なのさ……ああ、鷺介さん……」

 ほぅと、桃色の吐息といきをこぼす、お鶴。
 人の往来おうらいが激しい商店街の一角で抱き合うぐらいだ。
 熱愛中ねつあいちゅうに違いない。

 千代が話題わだいを変えようと、口を開こうとした次の瞬間。
 お鶴の右羽から、再度水が出始ではじめた。

「なんで水が出るのかねぇ」

「原因は分からないのですか?」

「そうなんだよ。好き勝手にビチャビチャ出るもんだから、あたしには止めようがなくてねぇ。
 しいて言えば、鷺介さんに会った後が多いかねぇ。体が水を吸ったみたいにズッシリ重くなって、仕事をするにも一苦労ひとくろうだよ。あたしは紙を運ぶのが仕事だし、このままだとこま……あ」

「お鶴さん?」

「そう! そうだよ!」

 両羽を打ち鳴らし、水しぶきを飛ばしたお鶴がにっこり笑った。

「こういうハッキリしないものは、あたしらが考えても時間の無駄むだ無駄。
 何故なぜ、水が出るのか。どうすれば、水がでなくなるのか。文字屋の旦那に頼んで、考えてもらおうじゃないか!」
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