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第一章・不吉なペンネーム
壱
しおりを挟む「千代先生、さようなら」
「せんせー、またねー」
「さようなら。気をつけてね」
カラフルな習字バッグを揺らし、子供達が駆けていく。お稽古事から開放された喜びで、頬を上気させている子もいる。
子供達全員が視界から消えるまで見送り、秋野千代は大きな溜息をついた。
玄関に掲げた【秋野書道教室】の木製看板を、チラッと横目で見やる。
習字が稽古事の一角を担っていたのも、祖母が現役だった一昔前のこと。
学校に部活に塾にと、現代の子供は忙しない。
月謝は三千円均一。
生徒は総勢十名。
朝から晩までフルタイムでアルバイトしている者のほうが、あきらかに稼いでいる。
大好きな祖母の遺言ならばと。
書道教室を継ぎ、教室続きの古民家に住み、早三年。
いつまでもあると思うな親と金。
(ことわざが身に染みる歳になりました……。でも! わたしにはまだ! 本業があるっ!)
付け下げ小紋の袖をひるがえし、千代は意気揚々と自宅に戻る。炬燵の上に広げていた原稿用紙を一枚ずつ確認し、封筒に入れ、キャリングケースへと入れる。
「今日こそ連載を勝ち取ってみせます! おばあちゃん!」
高らかに上げた握り拳。
千代は忘れ物がないか確認し、元気よく家を飛び出した。
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