上 下
10 / 10

10 最終回

しおりを挟む
 


 このあとすぐ駆けつけた大勢の警備兵によって、給仕係は連行されていく。

「給仕係さんとすれ違ったとき、ポケットに入れていたシャルム草の先端がヘニョヘニョってしおれちゃったので、特定するためにトレイに載せたの。大伯母様のところに行ったあと、待っていてと言った場所にいないし、見つけたと思ったら案の定シャルム草が変色してたから、カンサオキゾ系を扱う者だってすぐ分かったわ」

 

「カンサオキゾ系とは……」
 公爵は尋ねた。

 護衛騎士や残った警備兵、騒ぎを聞きつけて残っている騎士たちも聞き耳を立てているのが分かる。   
 予想はついているが、今ではただ者ではないと分かっているこの年若いご令嬢と、予想を一致させたいのである。

 
「毒よね。あれだけ指先が紫色になっているのは、日常的に毒を抽出している者に限られるし、となると、あの男は毒殺の請負人ってところかしら」

 改めて言葉にされると、周囲は息を呑む。

「毒……」

 度重なる公爵の暗殺未遂を知っている周囲は、何とはなしに公爵のほうを見つめた。

 
 おそらく公爵のことを知らない令嬢は、周囲の視線が一斉に公爵に向かったので首を傾げる。どう推理したのか、分かりやすくジト目になった。

「あら……。もしかして貴方があの給仕係に命じた真犯人……?」


(ちがーーーう!)

 毒といえば公爵。
 そう思ってしまった周囲は、視線を勘違いされ気まずくなりながらも心の内で叫んだ。犯人扱いとは不敬すぎる。

「いや……どちらかというと盛ったほうではなく、盛られているほう……だろうか」
 言いながら公爵がなぜかポッと顔を赤く染めている。

(首を傾げる様子がまるで小動物だ……ジト目も可愛らしすぎる!)
 公爵はそう思って悶えているのだが、周囲からは毒を盛られていることを思い出して悶えているようにしか見えない。

 見てはいけないものを見てしまったように、周囲は一斉に公爵から目を逸らした。

「ええっ……それじゃ被害者側ですの?そこまで毒が身近に?」
 キョトンとしながら令嬢が問い掛けると、公爵は耳まで真っ赤になった。

 この仕草はアレだ。くるみを持って悩んでいるリス……いや、ダメだ。そういうことは今は考えるな。

 度重なる暗殺未遂のせいで、毒に耐性を持たざるを得なかった過去を思い返す。

「……そうだな。神経毒はすぐに分かるようになった。舌がピリッとするし……」

 令嬢が感心したようにポンっと手を叩く。
「神経毒は銀食器にも反応しないことが多いですから、すぐに分かるだなんて素晴らしいですわ!」

 ぜひとも毒を与えて経過を観察したいものですわ、という令嬢の言葉を周囲は聞かなかったことにする。




 一方公爵はといえば……周囲の者たちとは全く違う場所にいた。しいていえば脳内お花畑の世界である。


 ……褒められたのだろうか……素晴らしいですわ!と言われた……

 
 公爵の動悸がますます激しくなっており、今や苦しさを覚えるくらいだった。心臓がキュンキュンバクバクする音が大きく周りにも聞こえてしまいそうで、まっすぐ立っているのがどうにも辛い。何かの病気に蝕まれてしまったのだろうか……
 だが、二人だけの会話をやめるという選択肢はない。
 苦しいと同時に、もはやフワフワしているのが心地よくすら感じる。

「身体に慣らすため、服毒することは日常だったからな」

「……まぁ。身体に慣らす……毒を……」

 うらやましい。
 さすがに口には出さなかったが。明らかに目がキラキラしている令嬢の心の声が、皆には聞こえたような気がした。

「わたくし、薬草学を学んでおりますの。薬も毒も人が発見し改良したもの。あらゆる植物は子孫を残すために様々な効用を持つようになったのですわ」

「子孫を……残すため……」

「美味しくいただかれないために毒を持つようになったものもありますし、植物は自らでは動けないでしょう?ですからそういった効用を知らしめ、人に、動物に、自然現象に、自らを摘み取らせ、あるいは種を運ばせて繁殖するんですの!」 

「種……繁殖……」
 
「そうですの!生き残っていくための知恵なのでしょうね」

 最初は毒に恍惚としているのかと思っていた周囲も、どうやら公爵は何だか違うようだぞ、と思い始めた。単語を反芻しているだけになっていて、令嬢の言葉にいちいちクラクラしているように見える。令嬢と見つめ合っているが、顔を紅潮させていて、心なしか呼吸も荒く、いつものように姿勢正しく立っていられないようでフラフラしている。


 公爵付きの護衛騎士や従者が、あっ、と思ったときにはすでに手遅れだった。
 言動も挙動も防ぎようがなかった。


「どうだろう。私の奥方にならないか?毒がそこかしこにあるぞ?」

(ええっ!?傭兵を物で釣るみたいな求婚をっ!?そんな口説き文句で普通の女性がなびくはずが!!)
 周囲の者たちはそう思ったのだが、言われた令嬢は普通ではなかった。

「なりますわ!」


 即答され、公爵の興奮は頂点に達し、その場に昏倒した。




 大の男がいきなりくずおれて、周囲は大混乱に陥った。

「ええっ!!いきなり気絶!?やだ、そういえばこの方のお名前を知らないわ?ああ、しっかりなさって!?」





 これがのちに、様々な難事件を解決した、
『ファランドール公爵家の事件録』の(変人)公爵夫妻として、名をはせることになる二人の出会いである。




-----------------------------------
ありがとうございました。
公爵閣下のポンコツへ至る過程がうまく伝わっていたら嬉しいです。

まだ未公開ですが……次作

『ファランドール公爵家の事件録』~公爵の最愛は彼の溺愛に気付かない~File01.学園の庭には死体が埋まっている

よろしくお願い致します。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

麗華
2024.07.02 麗華

とても楽しく読ませていただきました、続編を楽しみにしておきます^_^もう一つの作品も良かったです♪

鈴白理人
2024.07.02 鈴白理人

『楽しんでもらえるかなあ』とドキドキしながら書いているので、楽しかったと感想を頂けるのが何よりも励みになります。もう一つのほうの作品は邪道かなあ……と思いながら書いていたので嬉しいです。
次回作以降も楽しんで頂けるように頑張りますのでよろしくお願い致します✨

解除
おこ
2024.06.30 おこ

面白かったです〜❤️

続きが読んでみたい✨
と思いました😘

鈴白理人
2024.06.30 鈴白理人

感想ありがとうございます!
楽しんで頂けたようでとても嬉しいです。
次回作から本格的に事件が起こりますので、読んで頂ければ幸いです。

解除

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜

楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。 ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。 さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。 (リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!) と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?! 「泊まっていい?」 「今日、泊まってけ」 「俺の故郷で結婚してほしい!」 あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。 やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。 ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?! 健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。 一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。 *小説家になろう様でも掲載しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。