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 今年社交界デビューということは、王立学園の二学年生か。

 貴族令息令嬢のほとんどが、学園在学中に婚約者が決まってしまう。
 焦った公爵は、戦場に長い間身を置いていた弊害もあって、宮廷の作法が頭から抜けていた。
「すぐに求婚しなければ。横からかっさらわれるのはごめんです。これにて退出させて頂きたく」

 王太子夫妻は非常にあわてた。一般的にこういう王室主催のパーティでは、王族から退場すべしというのが作法の一つだからだ。
 今は勲章を授与された者たちの周りに歓談の輪が広がっていて、もう少し時間が経たねば王太子夫妻とて退場は出来ない。
 
 各自自由な時間を過ごしている貴族たちも、王太子夫妻の退場時には全員が中央扉付近に序列順に整列する。
 王族よりも先に臣下が退出するなどあってはならないことで、作法としては初歩の初歩なのだが、公爵はどうかしてしまったのだろうか?
 異母弟に瑕疵かしを付けるわけにはいかないと意気込む二人は必死に引き留める。ほんの小さな傷であっても決して付けてはならない。でなければ敵対勢力に一方的な攻撃の口実を与えるだけだ。

「待て待て!相当なへんじん……い、いや変わり者だと評判のご令嬢だ。昨日今日で縁談が殺到するはずもないだろう」
 いつもならマナーや作法を忘れることなどなかろう。いったいどうなっているのか。王太子は異母弟がいきなりポンコツになってしまったことにびっくりした。

 王太子妃も、恋?恋なの?恋する者は盲目になってしまうの?と湧き上がる好奇心を抑えながら、扇をパチンと閉じる。
「そうよ!それにああいうご令嬢の心を掴むには普通の手順ではダメよ!?釣書を送って訪問して花束じゃ蟻並みに心が動かないわ」

「蟻並み……」

 まさにしようとしていたままを言い当てられ、しかもその効果は蟻並みだとまで言われ、公爵は落ち込んだ。彼の頭に項垂れた大型犬の耳が視えたと、のちに王太子妃は語ったと言う。

「そ、その通り!それにたとえ話にもあるじゃないか。『人を得んとすればまず馬を得よ』だろう!?ひとまず一旦中座しろ。控え室で休憩を取れ。令嬢の周囲をまず固める方法を考えてこい。な?な?」
 威厳も何もあったもんじゃない王太子が、さらに畳みかける。異母弟の行動の早さを誰よりも知っているからに他ならない。

 それを聞いて公爵はハッとなった。
「……周囲をまず固める……」

 どこかで聞いた方法だな――


 !
 そうか……


 ……戦と同じか。

 情報を集め、彼女の周囲を掌握し、退路を断つ。



 なるほど……自分は――

 あの令嬢を手に入れたいのか。

 初めて芽生えた執着に驚愕する。
 まさか自分が人を欲するようになるなどと。

 物心ついた頃から食事や飲み物への毒物混入は日常茶飯事で、戦場ですら刺客が味方陣営に入り込み心休まる暇はなかった。刺客が幾人送り込まれて来ようとも、生き延びているのは優秀な忠臣たちのおかげでもある。
 生きたい――ただそれだけのことが酷く困難だった。   

 人生とは緊張の連続で、隙を見せたら命はなく、欲望を持つ余裕などなかった。
 それでも寵姫だった母が生きていた間は、父である国王の目もあり、そう頻繁ではなかったのだ。
 だが母が亡くなってからは、ますます生き延びることが難しくなった。
 暗殺には『やんごとなきお方』が関与していると言われており、証拠は消え、暗殺者もすぐに処理されてしまう。暗殺未遂は全て未解決のままだ。

 加えて母の生家である子爵家にも問題があった。
 無駄に野心が大きく、やたらと口出しばかりしてくる母方の親族たちも、中庸派の立ち位置を変えることなく寄親も決めない下級貴族のままで、後ろ盾となるには余りにも貧弱だった。

 考え込んだ公爵を見て、どうやら中座してくれる気になったようだ、と王太子夫妻は揃ってほっと安堵のため息を漏らした。
 
 けれど、公爵が求愛さえも、戦馬鹿いくさばかの一つ覚えで考えていることに気付いていたら、そして恋でポンコツになる人間もいるのだと知っていたら、この先起こる前代未聞の求婚騒動も、もう少しなんとかなったかもしれない――


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