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アレクサンドル・ベルヌイ・ファランドール公爵といえば、王国軍中将であり色事の話題が絶えない人物だった。
文武両道・眉目秀麗。
幼い頃からの優れた資質は周囲の知るところである。
社交の場では色とりどりのドレスをまとった女たちに囲まれ、彼を国王にと願う貴族たちが群れ集う。
このような顔でなかったら違ったのだろうか。
公爵がそう思うのも無理はなかった。
子爵家令嬢だった母は『女神のよう』と謳われた美貌の持ち主で、現国王に見初められ側妃となった。母似の彼は金髪碧眼の、誰もが認める絶世の美男子として成長した。
彼にとって、女性というのは勝手に自分に群がる蝶であり蜂であった。自分から女を口説いたことはないが、女なら常に周囲にいるので、毎夜違う女が寝所にいた。
だが爛れた私生活に満足がいくはずもなく、軍籍を願い、士官として陸軍に身を置き数年後、ソードマスターとして目覚めることとなる。
そのことが彼の人生を一変させた。栄誉あるソードマスターという位を得たせいで、ますます『次期国王に』という声が、軍部寄りの貴族たちの間で高まってしまったのだった。
王太子である異母兄は母の死後、何かと自分を気遣ってくれて、兄弟仲も良好であり、政を行う才があるのは明らかに異母兄のほうである。何よりもその血筋は正統なものなのだから。
そもそもが国王という位に興味などなく、戦に明け暮れるほうがよほど自分に向いている。
国が割れることは避けたい。
考えに考え抜いて、彼は母方親族の反対を押し切り、臣籍降下を願った。
時間こそかかったが、王太子妃が男児を産み自身の王位継承権が序列三位へと下がったことに心から安堵する。この先はもっと下がるだろう。王太子夫妻が仲睦まじいので、戦も終わったことだし国家はこれからも安泰であると考え願い出ることが出来たのだ。
上司でもあり、現国王の年の離れた異母弟でもある元帥閣下からの口添えも追い風となり、念願かなって公爵となった。
臣下となってしまえば、王族の予備としての枷はなくなり、前線への配置移動を申し出る。
そうして、隣国との泥沼化した三年越しの戦争をたちまちのうちに勝利で終わらせ、公爵は帰宅の途についた。
王都に戻ってきてから数日後―――
戦勝パレードのあと、その夜王宮での戦勝パーティが行われ、勲章授与と階級昇進で主役と言ってもよい立場だったにもかかわらず、既に公爵はげんなりしていた。戦争とはあまりにも無縁だった宮廷貴族たちとの会話が食傷気味だった。
華やかではあるが中身が伴わないどうでもいい会話に疲れ果て、バルコニーの一つに出て風に当たろうと考える。
あらかじめ先客ありという印であるカーテンを引かせてあるし、係の者に誰も通さないように念を押してあるので、余程のことがない限り邪魔者は来ないだろう。
しばらく風に当たっていると、途切れ途切れに人の声が聞こえてくる。女性の声のようだ。
隣のバルコニーからか?と思い声の主を探すが、自分のいるバルコニー以外に人影はない。夜ともなるとかなり冷えるようになっていたので、わざわざ寒い場所に出てくる者はいないのだろう。
―――となるとどこから声が?
「ねえ、ミラ。もうちょっとカンテラをこっちに」
ようやく声がはっきり聞こえるようになったと同時に、バルコニーから見下ろす庭園のほうからガサゴソと草をかき分ける音がする。
庭師によって完璧に手入れされた低木の茂みと、自然に見えるようあえて造られた草木の生えたあたりが、カンテラで照らされた。
"自然のままに"をこよなく愛した、現国王の寵姫だった母の好みでバルコニー側の造園がされたことを公爵は覚えている。庭園である以上、自然であることは不可能だろうに、と思いながら複雑な気持ちになったことを含めてだ。
そこで、振り返っていた思い出が一瞬で中断された。
「きゃああああっ!」
まさかの女性の悲鳴である。
文武両道・眉目秀麗。
幼い頃からの優れた資質は周囲の知るところである。
社交の場では色とりどりのドレスをまとった女たちに囲まれ、彼を国王にと願う貴族たちが群れ集う。
このような顔でなかったら違ったのだろうか。
公爵がそう思うのも無理はなかった。
子爵家令嬢だった母は『女神のよう』と謳われた美貌の持ち主で、現国王に見初められ側妃となった。母似の彼は金髪碧眼の、誰もが認める絶世の美男子として成長した。
彼にとって、女性というのは勝手に自分に群がる蝶であり蜂であった。自分から女を口説いたことはないが、女なら常に周囲にいるので、毎夜違う女が寝所にいた。
だが爛れた私生活に満足がいくはずもなく、軍籍を願い、士官として陸軍に身を置き数年後、ソードマスターとして目覚めることとなる。
そのことが彼の人生を一変させた。栄誉あるソードマスターという位を得たせいで、ますます『次期国王に』という声が、軍部寄りの貴族たちの間で高まってしまったのだった。
王太子である異母兄は母の死後、何かと自分を気遣ってくれて、兄弟仲も良好であり、政を行う才があるのは明らかに異母兄のほうである。何よりもその血筋は正統なものなのだから。
そもそもが国王という位に興味などなく、戦に明け暮れるほうがよほど自分に向いている。
国が割れることは避けたい。
考えに考え抜いて、彼は母方親族の反対を押し切り、臣籍降下を願った。
時間こそかかったが、王太子妃が男児を産み自身の王位継承権が序列三位へと下がったことに心から安堵する。この先はもっと下がるだろう。王太子夫妻が仲睦まじいので、戦も終わったことだし国家はこれからも安泰であると考え願い出ることが出来たのだ。
上司でもあり、現国王の年の離れた異母弟でもある元帥閣下からの口添えも追い風となり、念願かなって公爵となった。
臣下となってしまえば、王族の予備としての枷はなくなり、前線への配置移動を申し出る。
そうして、隣国との泥沼化した三年越しの戦争をたちまちのうちに勝利で終わらせ、公爵は帰宅の途についた。
王都に戻ってきてから数日後―――
戦勝パレードのあと、その夜王宮での戦勝パーティが行われ、勲章授与と階級昇進で主役と言ってもよい立場だったにもかかわらず、既に公爵はげんなりしていた。戦争とはあまりにも無縁だった宮廷貴族たちとの会話が食傷気味だった。
華やかではあるが中身が伴わないどうでもいい会話に疲れ果て、バルコニーの一つに出て風に当たろうと考える。
あらかじめ先客ありという印であるカーテンを引かせてあるし、係の者に誰も通さないように念を押してあるので、余程のことがない限り邪魔者は来ないだろう。
しばらく風に当たっていると、途切れ途切れに人の声が聞こえてくる。女性の声のようだ。
隣のバルコニーからか?と思い声の主を探すが、自分のいるバルコニー以外に人影はない。夜ともなるとかなり冷えるようになっていたので、わざわざ寒い場所に出てくる者はいないのだろう。
―――となるとどこから声が?
「ねえ、ミラ。もうちょっとカンテラをこっちに」
ようやく声がはっきり聞こえるようになったと同時に、バルコニーから見下ろす庭園のほうからガサゴソと草をかき分ける音がする。
庭師によって完璧に手入れされた低木の茂みと、自然に見えるようあえて造られた草木の生えたあたりが、カンテラで照らされた。
"自然のままに"をこよなく愛した、現国王の寵姫だった母の好みでバルコニー側の造園がされたことを公爵は覚えている。庭園である以上、自然であることは不可能だろうに、と思いながら複雑な気持ちになったことを含めてだ。
そこで、振り返っていた思い出が一瞬で中断された。
「きゃああああっ!」
まさかの女性の悲鳴である。
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