上 下
29 / 37

26話

しおりを挟む
 金熊の森と銀狼の平原、どちらからも近い位置にある丘。どちらで問題が起きてもすぐ対応できる上に、見晴らしが良く状況を把握しやすいこの場所は、本陣を置くのにうってつけだ。
 そんな絶好の地にギルドマスターである俺、フォエルテ・ストロングスは陣を構えていた。

「ギルドマスター、金熊の森方面は順調に事が進んでいるそうです」
「第六騎士団より定期連絡です。今のところ制圧は予定通りだ、とのこと!」
「……そうか。だが、気は抜くなよ」

 シトリス、ルヴィアを中心とした冒険者たちが担当する金熊の森。団長オネストを筆頭とする第六騎士団が担当する銀狼の平原。部下からの報告では、そのどちらの制圧も順調に進んでいるらしい。
 それ自体は喜ばしい話のはずなのだが……俺は全く喜べなかった。

「これだけ大きく動けば、あっちも気づく筈だ。にも関わらず、なんにも動きを見せてこねえ。不気味だな」
「案外、大した魔物では無いんじゃないですか? 被害の殆どがCランク以下の冒険者ですし、実はBランクに毛が生えた程度の強さなのかも」

 そんな馬鹿なことが有り得るか。
 そもそも、今回の事件の元凶をスライムの変異種と想定してこちらは動いている。被害地域でのスライムの異常な増加や、嬢ちゃんやマリナが戦った魔物の調査結果から考えても、その可能性が極めて高いと言って良い。だが、確定しているわけではない。それは何故か。
 誰も、今回の事件の元凶の目撃者が居ないからだ。

「誰も居ない、なんて異常すぎるんだよ」

 通常の場合、冒険者の脅威になる魔物が出れば、すぐその正体は分かる。その魔物からなんとか逃げてきたり、魔物に気づかれず遠目で目撃した冒険者が証言をするからだ。
 だが、今回の事件は事件の元凶の目撃者が居ない。言い換えれば、ということだ。
 Cランク冒険者ですら、逃げることすら出来ない程に強力な魔物だった。とすれば、やはり最低でもAランクは……

「ギルドマスター! 騎士団より緊急連絡です、銀狼の平原で行方不明者の少女を保護しました!」
「何だとっ!?」

 そりゃ、朗報だ。生きていた、というのも勿論だが、何よりも貴重な目撃者になる。その少女から、今回の事件元凶について情報を得れるのだ。ほぼ間違いないとはいえ、これで事件の元凶がスライムの変異種なのか、それとも他の何かなのかがハッキリと分かる。

「手当てが済み次第、今すぐそいつをこっちに連れてこい! 貴重な情報源だぞ!」

 ……俺がビビりすぎてただけで、本当に大したことないのかもしれねえな。



 ―――――



「あー、さっきからずっとスライムばっかり……何なのよこの多さは!」
「シエラさんたちが調査した時は、そんなに多くなかったらしいけど……そうなると、ここ数日でとんでもないペースで増えたことになるね」
「ごちゃごちゃうっさい! 分かりやすく言いなさいよ!」
「あはは、ごめんごめん」

 自分でも言うのもなんだけど、あたしは今、結構イラついている。何せ最近は悪いことばっかり起きる。
 昔からずっと使ってた剣は壊れるし、スライム変異種とか訳分かんない魔物は出てくるし、最近は晴ればっかで暑すぎるし、組む相手はシトリスになるし。ああ、最悪。
 ……コイツは信用出来ない。それがあたしのシトリスヘの感想だ。常に笑顔で一見いいやつっぽい振る舞いをしているけれど、目の奥は笑ってない。絶対に何か隠しているし、そのうちやらかす。

「何でシエラはこんな奴気に入るのよ……」
「ん? ルヴィアさん、何か言ったかい?」
「何でもないわ!」

 何よりも腹が立つのは、シエラのやつがマリナなんかとパーティを組んでいたこと。あれじゃあ、あたしがパーティから抜けた意味が皆無じゃん。

「最近ホントに全部上手くいかないわね……」
「まあまあ、何を悩んでるのかは知らないけど、そんなに落ち込んじゃ駄目だよ。大事なのは笑顔。ほら、にぱーって……」
「ああもう! あんたは黙ってなさい!」

 あたしの悩みの一つがごちゃごちゃ言っているのを一括したところで、前方に何かを見つけた。あれは……キース?

「き、キースさん!? 生きてたんですか!」
「ああ、なんとかな。それにしても、お前らあれか、あの魔物を倒しに来たのか?」

 びしょ濡れになっているこの男の名前はキース。確かコイツ、面倒見が良いとかで人望のあるDランク冒険者だったっけ。今回の行方不明事件の、初期の方の被害者だった筈だ。

「あんた、怪我はないの?」
「せいぜい軽傷程度さ。いやあ、お前らが来たなら助かったも同然だな!」

 何でもなさそうに返すキース。随分とずぶ濡れではあるもののコイツの言う通り、確かに傷は殆ど無かった。足元を見ると、ここら一体全部びちゃびちゃだ。

「……ふーん」
「あんた、Aランク冒険者のルヴィアさんだっけ。助けてくれて、ありがとな」

 笑顔でそう礼を言って、握手でもするのかこちらに手を伸ばしてきたキース。それにあたしは……

「死ね」

 全力の一撃を叩き込んでやった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌
恋愛
「今度はどんな男の子供なんですか?」 「……どこにでもいる、冴えない男?」 (※本編より抜粋) 主人公・翠には気になるヒトがいた。行きつけのバーでたまに見かけるふくよかで妖艶な美女だ。 毎回別の男性と同伴している彼女だったが、その日はなぜか女性である翠に話しかけてきて……。 紅と名乗った彼女と親しくなり始めた頃、翠は『マダム・ルージュ』なる人物の噂を耳にする。 名前だけでなく、他にも共通点のある二人の関連とは? 途中まで恋と同時に謎が展開しますが、メインはあくまで恋愛です。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

ハナノカオリ

桜庭かなめ
恋愛
 女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。  そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。  しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。  絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。  女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。  ※全話公開しました(2020.12.21)  ※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。  ※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。  ※お気に入り登録や感想お待ちしています。

処理中です...