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【双子、中学生になる】

036.一変してゆく生活

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 その後は特に何事もなく、日々が過ぎていった。夏休みに入って双子と過ごす時間も増えたことで、真人まことも彼女たちをあちこち連れて行ってやったし、ふたりも真人と出かけるのを毎回楽しみにしてくれた。

 ただし、真人はふたりを海にだけは絶対に連れて行こうとしなかった。一度、彼女たちを連れて近場のプールに遊びに行ったことがあるが、ふたりとも中学一年生とは思えぬ発育の良さで目のやり場に困ったし、そこら中の男性利用客の目をほとんど釘付けにしてしまって余計なトラブルを招きかねない事態になったので、以後は自粛している。ナンパ野郎がふたりに近付くくらいならまだいいが、彼女連れの男が彼女そっちのけで双子をガン見してきたりするので、全然関係ないところで痴話喧嘩が続発するのだ。
 ということで一年生の夏は一度プールに行ったきりで、夏場は図書館や水族館、ショッピングモールや郊外型アミューズメントパークなどで過ごした。

 秋は学校の体育祭で保護者としてふたりを応援したし、冬になってクリスマスはで水入らずの時を過ごした。友達を呼んでパーティーにしようかと聞いてみたが、蒼月さつき陽紅はるかも真人と過ごしたいと言ってくれて、不覚にもちょっとジーンと来てしまったのはふたりには内緒だ。
 年が明けて正月には、三人で揃って三社参りに出かけた。九州北部は初詣には神社を三社詣でる慣習があるので、三人も学問の神様で有名な天満宮と、沖之島にある世界遺産になった神社と、福博市内の元寇の際に敵国調伏を祈願したお宮とを回った。どこも沢山の人手で賑わっていて、はぐれないようにするのが大変だった。


 前年の12月に発見されたという新型ウイルスが全世界で流行を始めて、それで真人も慌ててマスクや消毒用アルコールの確保に走ったりと大わらわになった。どこの店に行っても品薄状態が続いていて、多少高くとも仕方ないと割り切ったため確保はできたが、消毒用品だけでなく他の品物も品薄になると噂が流れて大量に買い溜めする人が続出して、そのせいで必要なものが手に入らなくなる、といった問題が頻繁に起こった。

「これも売り切れか……」
「仕方ないですよ、兄さん」
「くよくよしたって仕方ないよ。次のお店いこ!」

 問題はそれだけに留まらなかった。政府が緊急事態宣言を発令し、WHOがパンデミックを宣言するに至って、外出さえままならなくなった。飲食店や老人保健施設を中心にクラスター感染が起こるようになり、いわゆる「3密」回避が行政や有識者から繰り返し勧告され、真人のバイト先の居酒屋も売上が激減した。
 酒類販売のある飲食店を中心に深夜帯の営業時間制限が課されて、夕方から深夜までの営業だったバイト先の居酒屋は営業時間が半分以下になった。もちろん真人の勤務時間も半分以下に減った。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇


「いやホント、申し訳ない……」
「仕方ないですよ店長、このご時世だし」

 売上が下がって一番困窮しているのは間違いなく店長のはずなのに、申し訳なさそうに頭を下げられるので社員もバイトも何にも言えない。もちろん真人も責められないし、そもそも責めるつもりなど一切ない。

「まあ俺達はまだ何とかなるけど、問題は新人の子たちですよね」

 長く勤めている真人たち古参バイトや社員たちはそれなりに蓄えもできているし、真人に至っては母の遺産と父からの仕送りに加えて双子の資産があるので、実のところ仕事が激減しても即座に困窮することはない。
 むしろ問題なのは、今年入ったばかりの新人バイト達だろう。

「みなみちゃんとか、大丈夫?」
「いやーははは、あんま大丈夫じゃないですねぇ」
福間ふくまさんは大学もリモートになっちゃったんだよね?」
「そうなんですよ。大学も行かないバイトも出られないってなると、人と会わなくて……」

 福間みなみは今年から入った新人バイトで、名字からも分かる通り、福間有弥ゆみの妹である。今年19歳で、新学期になって無事に大学二年生に上がっていた。姉の有弥とは8歳違いなので、ずいぶん歳の離れた姉妹ということになる。
 大学に入学してすぐではなく、一年生の終わりになって新たにバイトとして入ることになったのは、大学入学以降に勤めていたバイトを辞めてしまったからなのだそうだ。

「にしても、新型ウイルスの情報が出回りつつある時期に、よく居酒屋このバイト選んだよね」
「いやーははは、ちょっと色々ありまして……」

 みなみは困ったように微笑わらうだけで詳しくは語らないが、真人は有弥が送り込んだのではないかと少し疑っていたりする。有弥もここ最近忙しくしていて、そんな中での新型ウイルス騒ぎもあってしばらく顔を見せていなかった。

(お姉ちゃんに言われてバイト来た、って思ってるんだろうな、真人さん)

 訝しそうにしながらも何も聞いてこない真人の顔をチラリと見て、みなみは割と正確に察している。高校では生徒会長まで務めた彼女は人付き合いのスキルも、空気を読むスキルもそれなりに高いレベルで持っている。

(本当は私が気になったから、なんだけどな)

 なのでそんな彼女は、わずか数ヶ月の付き合いだが真人の鈍さや女心の疎さにも、すでに気付き始めている。

(まあいっか。お姉ちゃんに頼まれたのも事実だし)

 みなみが会ったこともなかった真人を気にかけるのは、姉がよく話題に上げるからで、そんなに気になるんならバイトとして潜入してこよっか?とみなみから提案して、それで彼女はバイト先を変更したのだ。そして姉に彼の近況報告するためというていで、みなみは真人に何かとまとわりついている。それが個人的に親密になる目的だということは、姉も真人本人ももちろん気付いていない。

(とはいえ、なかなかバイトに入れなくなっちゃったからなあ)

 今日の出勤は、ホールスタッフは店長と社員ふたりのほかバイトはみなみだけ、そして厨房スタッフは社員以外だと真人だけだ。真人は厨房バイトの最古参で、社員連中からは事実上の準社員扱いされているので、それで当たり前のように出勤している。
 みなみの出勤は一週間ぶりで、この日は久々に真人と出勤が被ってラッキーである。しかも客の入りが悪いので、勤務時間中にも関わらずこうして厨房入り口で駄弁っていられる。

「……なんかこう、パーッと気分転換でもしたいとこですよねえ」
「だよなあ、こうも仕事が暇だと張り合いがないっていうか」
「ホント、申し訳ない……」
「「あっいえいえ、店長のせいじゃないですからね!」」

 早いとこ、新型ウイルスの騒ぎも収まればいいのに。死にそうな顔してる店長見るのも辛いんだけどな。
 などと内心考えている真人もみなみもまだ知らない。このパンデミックが数年続いて、それまでの生活とは根本から一変してしまうということを。





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