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【双子、中学生になる】
030.ふたりだけのドライブ
しおりを挟むワオンモールを出ると、外はもう陽が傾き始めている。
まあそりゃそうか。飯食って買い物して、映画見たらそうなるよな。
「じゃあ……」
「ちょっとドライブ行きたいです」
あ、やっぱり帰る選択肢ないんだ?
ドライブねえ。どこ行こうか。
この辺なら適当に流せる道はたくさんある。海沿いを走ってもいいし、内陸の方に向かって中真市や飯豊市の方を回ってもいいし。帰る方向に向かって走るなら加須屋郡の方を通ってもいいし。
でもその前に、ちょっと寄ってみたい所がある。
「分かった。じゃあ少し時間潰して帰ろうか」
「はい!」
そして真人と蒼月は車へと戻り、エンジンをかけて走り出した。
「今日は1日兄さんと一緒にいられて楽しかったです」
「そうか?喜んでもらえたならいいけど、でもあんまデートっぽくはなってなくないか?」
「そんなことないです。ご飯食べてお買い物して、映画も見たじゃないですか」
うーん、あれは見た事になるのかなあ?
「それで最後はドライブデートですから、ちゃんとデートですよ♪」
「お、おう。そうか」
まあ蒼月がそれでいいっていうんなら、いっか。
「あれ、ここって……」
早くも蒼月が気が付いたようだ。まあ沖之島まで来たんなら、久しぶりに来てみたくなるよな。
「⸺あ、見えてきた!」
蒼月が懐かしさに目を輝かせる。
そう。見えてきたのは蒼月たち一家がかつて住んでいた賃貸アパートだ。俺も2ヶ月近く住み込ませてもらったし、その間にこの辺りの地理はだいぶ詳しくなったから、道を間違うこともない。
「あれからずっと帰ってきてなかったもんな」
「そうですね。もう3年になるんですね……」
一旦道沿いに車を停めて、アパートを眺める。蒼月たちの住んでいた部屋には明かりが灯っていて、もう次の入居者の家族が住んでいることが窺えた。
「もう別の人が住んでるんですね……」
心なしか蒼月は少しだけ寂しそう。もう自分たちの家じゃないとはっきり見せつけられて、ちょっと感傷的になっているのかも。まあその点は少し失敗したかも知れない。まだ明るいうちに来れていれば、明かりでそういうことが知れることもなかったかもしれなかったのに。
「行きましょう、兄さん」
「もういいのか?」
「はい。だって私の家はもう、福博のあの家ですから」
そう言った蒼月の目は変わらずアパートの方を向いていて、でもその声音には寂しそうな響きはもうなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
結局真人は、内陸の盆地にある飯豊市の方を回ってのんびり帰ることにした。
別に陽紅が海に行きたがったから今度は山へ行こうとか、そういう事じゃないよ?途中の展望台から綺麗な夜景が見えるからとか、そんな事ちょっとしか思ってないからね?
などと真人が内心で言い訳してるなど知りもしない蒼月は、初めて走る場所に目をキラキラさせて、車窓の景色を熱心に眺めては真人にあれこれ質問してくる。
飯豊市は江戸時代に永崎まで通っていた旧街道が通る街で、その街道は京の都まで輸入した砂糖が運ばれていたことから、今では“シュガーロード”なんていう通称が付けられている。そんな街道沿いに発展した街なので、市内には老舗の菓子メーカーが多い。
「そうなんですね。兄さんは物知りなんですね」
「それほどでもないよ。ちょっと歴史が好きだってだけだから」
などと言いながら、ふらりと立ち寄った体で県内有数の老舗菓子店の本店に寄ってみたりする。
「ちょっと寄ってって、陽紅にお土産買っていこうか」
「はい♪」
うん、なんかもう大体分かるようになっちゃったな。
蒼月、しれっとおねだりするつもりだろ?
「うふふ、バレちゃいました?」
「バレるよそりゃ。そんだけ『食べたい』って顔してりゃ」
「だって、甘えたら買ってくれるかなあ、って♪」
はいはい。その輝く笑顔に弱い俺が全部悪いんですよ。
しかし、それにしても嬉しそうだな蒼月。まあ喜んでくれてるならそれに越したことはないか。
「ってもう開けるのか?お土産なくなっちゃうじゃん!」
「陽紅へのお土産にするのはもうひとつの方です。今開けた方は私と兄さんとで全部食べちゃいましょう♪」
えー、まあいいけど。
あんま食べたら夕飯入らなくならないか?
「お菓子は別腹だからいいんです♪たくさん歩いて疲れちゃいましたし、糖分が必要なんです!」
はいはい、そういう事にしとこうかね。
「⸺あ、でも、このお土産は遠出した兄さんからって事にして下さいね」
「あー、それもそうか。蒼月が持って帰ったら不自然だよな」
「はい」
……ってそれ、結局そっちも蒼月食うつもりじゃんか!
「うふふ♪」
笑って誤魔化したよこの子!
いやでも頬張る顔さえ可愛いかよ!チクショウ!
などといろんな意味で甘さの充満したまま、車は宵闇の濃くなる街を走る。沿道の家や店も明かりを灯し始めて、視界は次第に闇と光に彩られてゆく。
しばらく走ると道沿いに家がなくなり、道が次第に上り坂になってきた。
「これから山道ですか?」
「うん。ここからはちょっと寂しい道になるね。あとだいぶカーブがキツいから、ちょっと覚悟しといて」
「分かりました。でも兄さんの運転って安心できるから大丈夫です」
くっ……!この全幅の信頼がプレッシャーだよ!
さらに進むと、真人の言ったとおりに急コーナーが連続するようになってゆく。真人は慎重に、なるべく蒼月を酔わせないように怖がらせないように、細心のハンドル捌きで車を進めてゆく。
そうこうするうちに道のりが平坦になった。ポツリポツリと民家の明かりも見えてきた。
「もう山道は終わりですか?」
「今は盆地の上に入ったとこ。もう少ししたら今度は下り坂になるよ」
「そうなんですね」
やがて真人の言ったとおりに、道は下り坂になった。
「またカーブの連続ですか?」
「うん」
「でも兄さんの運転なら安心です♪」
下り坂に入って少し進んだところで、真人が道を外れて広場のような、駐車場のような広い場所にハンドルを切った。ほとんど車の停まっていない、だが白線の引かれた駐車スペースに適当に車を停めて、真人はサイドブレーキを引いてエンジンを切った。
「ちょっと車を降りて休憩しようか」
そう言って車を降りると、すぐに蒼月も降りてきた。鍵をかけ、「こっち来てごらん」と言いながら真人は歩き始めた。
「わあ……!」
真人と蒼月の眼前に広がっていたのは、色とりどりにキラキラ光る夜景の光。飯豊市から峠を越えた先にある、福博市の光だった。
それはまさに光の海という表現がピッタリな、圧倒的な光景。それまでの沿道で見た明かりなど比べ物にならないほどだ。
それはそうだろう。福博市は150万都市である。西日本でも有数の大都市で、九州でも一番人口が多いのが福博市なのだ。だから、眼下に広がる街の灯りもそれに見合う規模と量だった。
「すごい……綺麗……!」
「喜んでもらえて良かった」
食い入るように光の海を見つめる蒼月の横顔はとても輝いていて、眼下の光の海にも負けないと、真人は本気でそう思った。
隣に立つ真人に、蒼月が身を寄せてくる。4月とはいえTシャツにジャケットだけでは夜風はちょっと寒かったかも知れない。そう思って、真人は蒼月の肩をそっと抱き寄せた。
「ありがとうございます」
肩に頭を預けながら、うっとりした声で蒼月が言った。
「兄さんとふたりきりでこの景色を見られて、私、本当に幸せです」
「ちょっと大袈裟じゃないか?」
「大袈裟じゃありません。一生の思い出になりました」
いやそれを大袈裟だって言ってるんだが。
「こんなの、見たいならいつでも連れてきてやるよ」
「ふふ。ありがとうございます」
蒼月の声は囁くように小さな声で、身を寄せ合うふたりだけにしか聞こえないだろう。だがそれがまた、この場にふたりきりという事実を強く意識させる。
ちょっと陽紅には言えないなーこれ。でも陽紅も蒼月抜きで福博タワー登ったから、別にいいよね!
「ところでさ。蒼月は、怖いのって平気?」
「えっ?」
唐突に出された質問に、蒼月は真人の顔を見上げて目を見開いた。
「いやね……ここ、実は出るんだよ」
一瞬ポカンとして、次いで何を言われたか理解して、蒼月の顔がみるみる驚きと恐怖に染まってゆく。
「そ、それって……」
「今の時間ならまだ大丈夫なんだけどさ、もっと夜中になるとね、この広場のあちこちに停まってる車が揺れだすんだ」
「えっちょっ、それ以上教えてくれなくていいです兄さん!」
「それも一台だけじゃなくてね、点々と停まってる車のほとんどがギシギシ揺れだすんだよ」
「えっや、怖…………え?」
「近付いてみるとね、中から女の子の気持ち良さそうな声がしてね……」
恐怖に引きつりかけていた蒼月の顔が、かあっと赤く染まった。真人が何を言っているのか分かったのだろう。
「ちょ、もう!兄さんのバカ!エッチ!」
「わははは。怖い話かと思った?」
「怖いのもやだし、エッチなのもやです!もう帰して下さい!」
蒼月は怒ったように言い捨てて、サッサと車の方に戻ってしまった。なのに真人が鍵を掛けたものだから車内に戻れない。
「もう!早くして下さい!」
「ハイハイ、分かったよ」
ちょっとイタズラが過ぎたかと苦笑しながら真人も車に戻って、そして再びエンジンをかけて峠道に戻ったのだった。
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