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【双子、中学生になる】

027.定番のアレ

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 ワオンモール福丸は、県内のワオンモール全店の中でも最大規模を誇る巨大ショッピングモールである。かつての公団住宅団地の跡地に建てられたそれは地上三階建て、商業施設面積7万5千平方メートル、延床面積11万1千平方メートル、収容駐車台数3千5百台を誇る。そしてそこに入居するテナント数は実に180店舗。
 つまり何が言いたいかと言うと、闇雲に歩いていては疲れるし迷う、ということである。

陽紅はるかってさ、どんなプレゼントあげたら喜ぶんだ?」
「あの子、ああ見えて意外と可愛いものに目がないんですよ。お母さんから小さい頃に買ってもらったぬいぐるみとか、今でも大事にしてますし」

 いやそれは、今となっては別の意味があるんじゃないか?

「割とファンシーグッズとかも好きで。だから⸺」

 蒼月さつきはそう言って、真人まこととふたりで並んで眺めていたフロアマップをスッと左手で指さす。

「2階のこのあたりのお店とか、来るたびに覗いてましたね」

 真人と蒼月は店内入ってすぐの場所にある、フロアマップの前で作戦会議中である。モール内には様々な店舗がテナント入居しており、目的に沿って攻めるエリアを決めないと時間ばかり浪費してしまうのだ。
 ちなみにフロアマップの上の壁には大きく「A5」と書いてある。入口を判別するための番号だ。これを覚えておかないと全部で8ヶ所ある入口のどこから入ったか分からなくなるし、そうなれば車を停めた場所にすら辿りつけなくなるのだ。

「じゃあ、ひとまずその辺りの店を回ってみるか。⸺時に蒼月さん?」
「はい、何ですか兄さん」

「その……何故に俺の腕に抱きついてるのかな?」

 蒼月は真人の左腕に自分の右腕を絡め、そのまま抱き込むようにしてピッタリくっついている。なんなら頭まで左肩に預けていたりする。
 しかも密着しているため、真人の左腕には柔らかく、そして温かいナニカが確かに押し当てられているのだ。

「だって、はぐれたら面倒ですし」
「いやまあ、そりゃそうだけど」
「それに自分で言うのも何ですが、私可愛いので。兄さんの腕にくっついてないと知らない人に拐われちゃいます」

 うんまあ、それには同意するわ。割とラフめで特別可愛い格好してるわけでもないのに、通りすがる人全員が二度見してくもんな。この店内に無数にいる客の中で、間違いなく蒼月おまえが一番可愛いって断言できるわ。
 だけどなあ。

「手、繋ぐだけじゃダメなのか?」
「私はこうしていたいです。ダメですか?」

 いやダメじゃないんだけどさ。逆に目立つだろ、これ。

「それはそれとして、まずはご飯食べましょう」
「ああうん、そうだな」

 もう11時半だしな。

 ということで、まずは2階中央のレストラン街に行くことにしたふたりである。


 普段から料理を嗜むふたりである。ゆえに外食する際は、自然と「自分の作れないもの」を選びがちになる。だがそれはそれとして、自分で作れるものであってもを目と舌で確認したい、あわよくばヒントだけでも盗めないかという思いもある。
 つまり何が言いたいかと言うと、なかなか決まらないのである。

「うーん、こっちのグリル焼きの店もいいな。でもあの天ぷら屋も美味そうだ」
「私はあのしゃぶしゃぶのお店が気になりますね。それとこっちのとんかつ屋さんも食べてみたいです」

「決まらねえな」
「そうですね。だから兄さんが決めて下さい」
「いいのか?」
「私好き嫌いないので、兄さんが決めたお店ならどこでも大丈夫ですよ」

 蒼月にとっては、真人さえ一緒ならどこで何を食べても極上のランチになる。

(兄さん見ながらふたりきりでランチだなんて、それだけでご飯三杯はイケそう)

 そして真人は真人で、自分よりも蒼月の食べたいもの、食べられるものを優先してしまう。

(あっちのステーキ屋は蒼月には重いだろうし、揚げ物もそうだよな)

「んー、じゃあ、ここに入るか」
「はい♪」

 ということで、結局真人が選んだのはグリル焼きの店である。カフェも併設されていて、食後のデザートまで一緒に食べられそうなのが決め手だ。

 グリル焼きと言ってもメニューは肉料理ばかりではない。要するにグリル調理の料理を中心に豊富にメニューが取り揃えてあるのだ。そしてその中から蒼月はグリルドハンバーグのランチセットを、真人はチキンステーキのセット、それとドリンクバーをふたり分頼むことにした。
 店内は多くの客で賑わっており、待たされるかとも思ったがさほど待つこともなく料理が運ばれてきた。

「おお、美味そうだな」
「はい。早速食べましょう」
「「いただきます」」

「兄さん、このハンバーグすっごく美味しいですよ。食べてみますか?」
「えっ、⸺ああ、もらってもいいのか?」
「もちろんです。⸺はい」

「えーと、蒼月さん?」
「はい?」

 真人が戸惑う様子に、こてんと首を傾げて不思議そうな顔をする蒼月。その右手には蒼月が自分で使っているカトラリーのフォークに、小さく切り分けたハンバーグが刺さっていて、彼女はソースが垂れないよう下に左手を添えつつ真人のほうに差し出している。

「いやそのな?自分で切り分けて食べられるからな?」
「だってもう切っちゃいましたし。この方が早いですよ」
「いや……そうかもだけど」
「ほら、ソースも垂れちゃいますし。私が食べさせてあげますから」

 誰がどう見ても恋人同士のランチの定番、“あ~ん”である。家でならともかくこんな外の、人目も多い場所でやるのは真人としてはちょっと気恥ずかしい。
 だが、これを拒否してしまうと逆に蒼月に恥をかかせてしまうことになる。そう考えて、真人は観念して身を乗り出し口を開けた。

「はい、あ~ん」

 真人の開けた口に蒼月がそっとフォークを差し入れ、彼が口を閉じハンバーグを噛みとったのを見てから彼女はゆっくりとフォークを抜き取る。ついうっかりそのままそのフォークを自分の口に入れそうになって、彼女は内心慌てつつも何食わぬ顔でハンバーグに突き刺した。

(ふふ……兄さんに“あ~ん”しちゃった♪そしてこれは間接キス……♪)

 真人は真人で、蒼月が使っているフォークであ~んされたことがこっ恥ずかしい。周りの客たちにも見られたと思うと蒼月の顔がまともに見られず視線を背けていたので、彼女が嬉しそうに目尻を下げているのに気付かない。

「兄さんのそのチキンも美味しそうですよね」
「えっ、ああ、うん。これも美味いよ」
「少しもらってもいいですか」
「いいよ。はいどうぞ」

 真人はそう言ってチキンの乗ったプレートごと蒼月のほうに押しやった。
 なのに彼女が手を伸ばしてくる様子がなくて、顔を上げたら明らかに不機嫌そうな蒼月の顔。

「兄さん、そうじゃありません」
「えっ?」
「ここはが来るところですよ!」
「………………あっそういうこと?」

 要するに蒼月はお返しの“あ~ん”をねだっているのだ。そして店内の客全員が(当たり前だろ)(いや普通分かるじゃん?)(彼女にあ~んしてあげないとかカレシ冷たーい)(あーこれは彼氏フラレるな)とか遠慮も容赦もない視線をチラチラ向けてきている。
 その微妙な空気にたじろぎつつ、そして蒼月のにも気圧されつつ、真人はナイフでチキンをひとかけら切り取った。

(蒼月は自分のフォークで俺に食わせてくれたんだから、お返しってだよな……)

 一瞬だけ逡巡するも、他にどうしようもない。なので真人も観念して自分のフォークで蒼月のほうに差し出した。こうなりゃヤケだとばかりに「はい、あ~ん」とひと言添えてやった。
 蒼月はそれは嬉しそうに、でも決してはしたなくならない程度にフォークに飛びついて、その小さな口でフォークを咥えこみ噛みとった。真人がその口からそっとフォークを抜き取ると、それまで見たこともないほどの満面の笑みで彼女は嬉しそうに咀嚼する。

「ど、どうだ?美味いか?」
「はいっ!今まで食べた中でいっちばん美味しいです!」
「そこまで!?」

 頬を染めながら幸せそうにモグモグする蒼月と、そんな蒼月が可愛過ぎて直視できずに目をそらす真人。

(リア充)
(バカップル)
(いいなあ……幸せそう)
(爆ぜろやチクショウ)

 そんなふたりを、店内の客も店員も全員が羨ましそうに見ていることなど、ふたりとも気付く素振りもないのであった。





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