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【7年前】
015.転居と転校
しおりを挟む真人が双子の後見人になってから1ヶ月の間に、双子の転居と転校が正式に決まった。元々予定していた事でもあり、事前にマンションの管理会社にもふたつの小学校にも話を通しておいたから、手続きはスムーズだった。
シルヴィの死亡保険金も問題なく支給されることになった。手続きは有弥や彼女の父親の助言も受けつつ真人が行い、新たに作った双子の口座に均等に振り込まれた。
引っ越しの準備も本格化し、依頼した引っ越し業者の協力も得て、双子のマンションの片付けも真人のマンションの部屋の片付けも進んでいる。最初は頑なに入室させてもらえなかったシルヴィの部屋にも、真人はもちろん引っ越し業者も入れてもらえた。
入ってみたら入ってみたで特になんの変哲もない主寝室だったから、なぜ双子があれほど部屋に入れたがらなかったのか真人にはサッパリ分からないが、まあそれはもうどうでもいいことだ。
転校とその日取りが決まって以降、真人は手続きや挨拶回りなどで何度か双子の通っていた西郷小学校を訪れていて、最後の日も彼女たちを迎えに行った。すでに7月に入っていて、本当なら一学期が終わるまでは西郷小学校で過ごさせてやりたかったが、真人が後見人になった以上は速やかに転居して同居生活を始めなくてはならないため、引き延ばしにも無理があったのだ。
学校の応接室でふたりを待っていると、クラスでのお別れを終えた双子が担任に連れられてやって来た。妹の陽紅は涙をこぼしてしゃくり上げていて、姉の蒼月に手を引かれている。だがその蒼月も泣きたいのをこらえているのが見て取れる。
「蒼月も陽紅も、ちゃんと先生たちにも最後のお別れしような」
「はい……」
「うん……」
目を真っ赤にしながらふたりは職員室で「ありがとうございました」と頭を下げ、先生たちの拍手で見送られた。
双子の肩を抱きながら、3人で校舎を出て駐車場へ向かう。彼女たちは名残惜しそうに何度も校舎を振り返り、校庭を眺めて、学校の景色を目に焼き付けていた。
「逃げるのかよ!」
そこへ棘のある言葉が投げつけられた。
見ると、昇降口のところにひとりの男の子が立っている。小柄ながらも仁王立ちになり、目を吊り上げ肩を怒らせて、双子を睨んでいる。息を弾ませているところを見るに、教室からここまで走ってきたのだろう。
見たところ、というかどう見ても双子のクラスメイトに違いない。
「……守くん」
「まだ決着ついてねえぞハルカ!逃げんなよ!」
なんの決着なのか真人には分からないが、口出しするべきでもないので見守るしかない。
「そんなこと言ったって。もうお引っ越しも決まってるし」
「引っ越した先から通えばいいじゃねえか!」
無茶言わないで欲しい。真人のマンションがある福博市とこの沖之島市とでは直線距離にして約20km以上離れているのだし、西郷小学校の校区からももちろん外れている。引っ越した先にも小学校があるのだから、転校するのが当然なのだ。
「守くん、私たち福博市にお引っ越しするって、何度も言ったよね」
「うるせーサツキ!そういう問題じゃねえ!」
「じゃああんたがウチまで来たらいいじゃない!」
「そんな遠いとこまで行けるかハルカのバーカ!」
清々しいほどに理不尽な要求だが、小学生男子なんてこんなものだよなあ、とほっこりしつつ眺めている真人の目の前で、「守くん」と双子の言い争いは加熱していく。
まあ要するに、彼は双子と別れたくないのだ。そして双子だって本当はお別れしたくないということに、彼は気付いていないのだ。なにも他県に出るわけじゃないのだから今生の別れでもないのだが、小学生だとそんなこともまだ理解できないだろう。
彼と双子はどんどん感情的になっていき、陽紅などせっかく止まっていた涙をまたこぼしてしまっている。なので真人は少しだけ介入することにした。
「えーと、守くん、だっけ?」
「お前!この人さらいめ!コイツらを返せ!」
「お兄ちゃんに向かって何てこと言うのよ!」
「人さらいじゃありません!お兄さんは私たちを助けてくれたヒーローなんです!」
……ん?なんか評価が両極端過ぎないか?
いやまあ彼にしてみれば、自分は仲良しの双子を連れ去る悪人にしか思えないだろうから、そこはまあいい。でもヒーロー扱いは…………まあ、施設に入れられそうになっていたのを助けたのは間違いないんだが。
「そうよ!もうわたしたちずーっと3人一緒だって約束したんだから!」
「なっ……!?」
「これから私たちはお兄さんの家で一緒に生活するんです。だってもう家族ですから」
「い、一緒に!?家族!?」
「だからそんなお兄さんを」
「こんな優しいお兄ちゃんを」
「「よりによって人さらい呼ばわりしたあなたなんて大っ嫌い!」」
自信満々に胸を張って仲良しアピールする双子に、守少年はどんどん青ざめていく。そしてトドメの大嫌い発言に顔を歪ませて膝から崩れ落ちた。「そ、そんな……嘘だろ……嫌だ……」とか何とか呟いているが、そんな彼に双子はもう一瞥もくれない。
「思い知ったかバーカ!」
「さ、行きましょうお兄さん」
「いや……あの子放っといていいの?」
「いいよバカだから」
「どうせ明日になったらコロッと忘れてますから心配いりません」
とりあえず喧嘩するほど仲がいいのは分かったが、それにしては彼の扱いが酷すぎないだろうか。そう思ったが、両サイドから両腕を引っ張ってズンズン車の方に歩いていく双子に、真人は逆らうことができなかった。
彼を安心させるために、高校や大学になればまた会えることもあるかも知れないよと声をかけてやりたかったのに、結局何も言い出せないままに終わってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お兄さん、疲れてますか?」
「…………分かる?」
「だってさっきからため息ばっかり」
まあ少しくらいは勘弁して欲しい。転校と転居の手続きがこんなに大変だとか思いもしなかったのだから。
元々有弥からは「転校と転居の手続きはまとめてやった方がいい」とは言われていた。それに合わせて必要な手続きや用意しなければならない書類などを大まかに教えてもらっていて、それを元に真人はひとつひとつ手続きを済ませていった。
前の小学校では在学証明書、教科書給付証明書を発行してもらっていて、教科書給付証明書はもう転校先の小学校に提出済みだ。転校届も合わせて発行済みで、これは前の小学校に提出するものだから記入して提出し終えてある。あとは転校先の小学校で教科書や机などの受け入れ準備が整えば、いつでも登校が可能になる。
だがその前に、沖之島の市役所で発行してもらった転出証明書を福博市の福博区役所に提出して、住民票を移動させなければならない。区役所で在学証明書を提示して、転入学通知書を発行してもらわなければ転校手続きが終わらないのだ。
というわけで、真人は今双子を連れて福博区役所にやって来ている。彼女たちは、どこかのんびりした雰囲気のあった沖之島市役所とのあまりの違いに目を丸くしている。
「すごい、人が多い……!」
「え、今日何かイベントでもあるんですか?」
「いや、普段からこんな感じじゃないかな?」
とか言いつつも、普段は区役所なんて用もないので様子が分からないが。でもまあ、こんなもんだろと真人は気安く答える。
「福博区だけで25万人くらい住んでるからね」
「沖之島の倍ぐらい!?」
「福博市全体では確か150万人超えてたと思う」
「沖之島の10倍!?」
福博市は政令指定都市なので、市の下部区分として「区」が設けてある。福博区のほか東区、西区、港区、南区、城西区、曲渕区の七区で構成されており、都市の玄関口であるJR福博駅も福博空港も福博区にある。
福博駅周辺は市の中心地で、真人の住むマンションはそこから少し南に下った古い住宅街にある。古いとはいえ明治以降ずっと福博市の中心地だった場所でもあり、周辺は開発されきっていて、周りにはマンションやオフィスビルばかりだ。
「でも最初に来たときから思ってましたけど、周りビルばっかりですよね」
「うん。地面が全然ない」
「まあそこはね。市の中心部に近いから」
緑地といえば、マンションから少し川の方へ歩けば小さな公園がある。そのほか駅の方へ行けば途中でやや広めの公園が、逆に南の方へ行けば小さな野球場を備えた大きな運動公園がある。あとは車道沿いに街路樹が植わっている程度だ。
「これから、この街で暮らすんだね」
「……そうね。私たちも慣れないと」
「まあ、そこはゆっくりでいいんじゃないかな。ひとまずは小学校までの道のりと、付近のコンビニやスーパーとか公園とかを覚えておけばいいよ」
周りには田畑や小川があり、見渡せば山稜が望めて空も広かった沖之島から、ビルとマンションとアスファルトに囲まれたこの土地での新たな生活。双子の顔は、心なしか緊張に包まれているようでもあった。
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