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【7年前】

014.未成年後見人になりました

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 双子の未成年後見人は、紆余曲折あったものの問題なく犀川さいがわ 真人まことに決まった。必要な書類一式を整え提出し、家裁による面接を経て、被後見人である双子があらかじめ候補者として真人を指定していた事もあり、概ね問題ないと認められた。
 ただし、真人が成人済みとはいえまだ大学生であることが問題視された。そのため、やはり後見人候補者として申し立てをしていた福間ふくま 有弥ゆみが未成年後見監督人として選ばれた。
 未成年後見監督人とは、未成年後見人を監督して適切に後見業務を遂行させるために指導監督する人のことである。彼女は成人している社会人であり、弁護士の父を持ち弁護士事務所に勤めていることから、真人と共同で未成年後見人業務に当たるよりもその監督人として申し立てをした方がいいと家裁の窓口で言われ、それに従ったわけだ。

 ただし、有弥はまだ弁護士資格取得を目指してキャリアを積んでいる途中であって弁護士や司法書士などの専門家というわけではないので、例外的に父親が監督補佐として受任する事になった。この契約は家裁からの指定というわけではなく、後見人つまり真人の自主的な契約によるものである。
 有弥の父親には後見人の申し立てに必要な書類の収集や申し立て書類の確認などもやってもらったため、その流れで監督人もお願いしたのだが、彼は双子や真人との関係性も鑑みて娘を立てることで任せてくれたのだった。


 未成年後見人の選定は1か月ほどで確定したが、その間は双子の資産に触れないので、真人はそのまま双子の住むマンションに泊まり込む事になった。
 ただし週に一度は双子を連れて真人のマンションに泊まり込んで、物置にしている部屋の片付けを3人で行った。これは冷蔵庫の中身の整理や部屋の換気、空き巣に遭っていないかなどの確認も兼ねてのことだが、双子を新しい家に慣れさせるのも目的のひとつだ。
 双子のマンションの管理会社にも連絡し、事情を説明して、退去日未定ながら近いうちに退去することでも合意した。

 真人の伯父のりょうから連絡があり、双子の父と考えられているれんが彼女たちを認知していなかったことが確定した。もっともそれは漣が沖之島おきのしま市役所の戸籍窓口に認知届を提出していなかったというだけの話であり、双子の父親ではないと

「お父さん……私たちを認知してくれてなかったんですね……」
「まあそんなに悪いことばかりじゃないよ」

 寂しそうに肩を落とす姉の蒼月さつきに、真人は努めて明るく言ってあげた。

「漣伯父さんの遺産はもらえないけど、代わりに嶺伯父たちに君たちのお母さんの遺産を渡さなくてよくなったからね」

 もしも認知して、結婚はせずとも内縁関係が証明されていたのなら、双子の母のシルヴィが亡くなったことで漣には相続の権利が発生する。そして同時に漣が亡くなったことで、それは漣の遺産として、漣の兄弟である嶺やひろしみやびらが相続権を主張できたはずだった。
 つまり漣を経由して犀川の家に取られるはずだったシルヴィの遺産の半分を、認知がなかったことで渡さなくても良くなったのだ。

「……じゃあお母さんの遺してくれたものは、全部わたしたちのもの、ってこと?」
「ああ、そうだよ」

 肯定して、やや不安そうな妹の陽紅はるかの頭を真人が撫でてやると、陽紅はホッとしたように微笑んだ。

 両親を亡くし、真人と生活するようになって以来、双子はほとんど涙も見せず寂しがる様子もあまりない。それでも母の死を思い起こさせるような何かがある時には、少しだけ辛そうな表情になる。
 そのたびに真人は、この子たちを守ってやらなくてはと強く感じる。自分の子でないどころか、まだ知り合って間もない間柄でしかないはずだが、真人はすっかり彼女たちの保護者のつもりになっていた。もっとも、それを真人自身がしっかり自覚しているかといえば、まだ何とも言えない程度のものだったが。


 真人が正式に未成年後見人になってからは、一転して慌ただしい日々になった。
 まず家裁から任命通知を受け取ったあと、双子の資産状況を目録にして家裁に提出しなければならない。もっともこれはあらかじめ分かっていたことだったから、有弥や彼女の父親の協力も得ながら準備を進めていたのでスムーズに終わった。
 亡くなったシルヴィの保険金に関しても保険会社に連絡して、どれほどの金額が下りるか概算を出してもらっている。ただしこれの請求は後見人でなければ出来ないので、概算見積もりをしてもらっているだけで正式な請求はこれからだ。未成年後見人が決まるまでは手続きができないもののひとつなので、これは仕方ない。
 そのほか銀行預金や動産がいくつかあり、双子の総資産は概算でもかなりまとまった金額になった。もちろんこの中から相続税などを支出しなければならないから、それがそのまま全部彼女たちのものになるわけではないが、それでも双子の生活費や後々の進学費用としては充分だ。

「意外とたくさんあったなあ」
「て言われても、ちょっとよく分かんない」
「でもこんなにたくさんあっても、ちょっとどうしていいか……」
「まあそこは、蒼月と陽紅とそれぞれ口座を作って分けておこうか。なるべくふたりで均等にして、あとあと喧嘩にならないように」
「お姉ちゃんと喧嘩とかしないよ!」
「私、陽紅と喧嘩したことないです」
「ていうかお兄ちゃんが管理するんでしょ?」
「するけど、俺の名義で管理するわけにいかないからさ」

 未成年後見人の業務として、未成年被後見人の資産管理は必須である。被後見人が成人もしくは新たに養子縁組、または婚姻するまでそれを継続し、定期的に家裁に報告書を提出しなければならない。それに不備があり、つまり被後見人の資産を不当に損なうようなことがあれば、場合によっては後見人を解任されてしまうどころか、場合によっては業務上横領の罪に問われることさえ有り得るのだ。
 そういう、ある意味でビジネスライクな関係性でしかないので真人としては養子縁組のほうが良かったのだが、双子が頑なに拒んだのでもうそれは仕方ない。未成年後見人にしろ養子縁組にしろ、あくまでも被後見人の同意が必須なのだ。

 ともあれ、後見人になったことで真人は双子の保護者として振る舞えるようになった。これで転校の手続きも、住所変更や転入・転出届の届け出も、亡くなったシルヴィの死亡保険金の請求も行えるようになったわけだ。


 真人が後見人になってもうひとつ手を付けたことがある。
 シルヴィの墓を購入したのだ。

 シルヴィの遺体は荼毘に附されて遺骨となり、双子が引き取って自宅に置いたままになっていた。双子は毎朝それに手を合わせ冥福を祈っていたが、特に仏壇があるわけでもなく、収めるべきお墓もないままに遺骨と、作ってもらった位牌とをリビングの棚の片隅にずっと安置しておくしかなかったのだ。
 だから沖之島の、本土側のちょっとした高台にある民間霊園を検索して見つけ、申し込んだのだ。墓地と墓石の購入契約は真人が行い、その代金は双子の相続資産から拠出することにした。ただし遺産相続などがまだ完了していないため、当面は真人が立て替える形だ。

「お兄さん、ありがとう」

 遺骨を無事に納められて安堵したのだろう、蒼月が頭を下げてきた。

「こんな立派なお墓作ってもらって、お母さんもきっと喜んでるね」

 陽紅も嬉しそうだ。

 「そんなお礼を言われるほどの事じゃないよ」

 真人にとってはシルヴィは、会ったこともない赤の他人である。だが双子の母親であること、双子をここまで立派に育てた人だという思いもあり、何となくもう他人の気がしなくなっている。何より自分の母の死の件もあり、故人の供養の場を確保することが遺族にとってどれほど精神的安寧に繋がるか、よく分かっている。
 だからきちんと墓地を用意できて、彼自身が晴れやかな気持ちだった。

「ところでお兄さん」
「どうした蒼月」
「漣お父さんの遺産分け、ひろし叔父さんの分の話し合いに行かなくてよかったの?」
「あ。」

 すっかり忘れていた。
 でもまあ、それで遺産をもらえるのは真人じぶんではなくだし、あの嶺伯父のことだから不当な分配はしないだろう。傲慢で尊大で、兄弟であっても他者を見下すような人物だが、公平さや世間体といったものを蔑ろにするような人ではない。長年の会社経営で培った人脈と信用を毀損するような行いはしないはずだ。
 だけどまあ、放ったらかして確認もしないようだとまたグチグチ小言を言われかねないので、あとで確認のメールを入れておこうと真人は心に決めた。





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