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【7年前】

001.はじまりは親族会議

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 犀川さいがわ 真人まことは地元へ帰るため、愛車のハンドルを握っていた。
 運転するのは嫌いではなく、長距離ドライブもさほど苦にはならない。だがそれでも、真人が生まれ育った京市みやこしは彼が現在住んでいる福博市ふくはくしからはいささか遠い。やっと初心者マークが取れたばかりの真人には、休憩無しで運転するにはちょっとしんどい距離だ。
 県内の高速沿いの街ではないから下道で時間をかけて向かわねばならない。その距離、時間にしておよそ3時間ほど。要するに京市は、田舎である。

「んー、ちょっと休憩するかぁ」

 自分以外誰も乗っていない車内でひとり呟いて、彼は見えてきたコンビニに車を寄せた。

 コンビニでトイレを済ませ、コーヒーとサンドイッチを買って車へと戻る。運転席でサンドイッチの袋を開けながら、ポケットからスマホを取り出してロックを解除した。
 サンドイッチを頬張りつつ、送られてきたメールをまた読み返す。『親族会議を行う。ひろしが出られないのならお前が来るように』簡潔に過ぎる伯父からの連絡文に思わずため息が漏れる。いやまあ口にはサンドイッチが入っているから、代わりに鼻息が出てきたのだが。

「ったく。伯父さんも相変わらず愛想がないよな」

 分かりきったことをわざわざ口にする。とは言うものの伯父が愛想が良かったら、それはそれで怖いのだが。
 だがそれにしたって、久々の親族会議の議題くらい書いておいてくれても良さそうなのに。まあどうせ、先月飛行機事故で亡くなったれん伯父さんの遺産分けのことなのだろうが、分かっているから書かなくてもいい、ということもなかろうに。


 サンドイッチを食べ終え、飲みかけのコーヒーの缶に蓋をしてドリンクホルダーに収め、そうして真人は再び愛車のエンジンをかけた。
 目指す京市までは、まだ1時間以上かかる。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 真人まことが京市にある犀川さいがわ家の本邸にたどり着いた時にはもう昼前で、すでに主だった親族が揃っていた。
 この本邸を相続している長男で当主の犀川 りょうとその妻のともえ。それに息子であり真人の従兄弟にあたる惣一そういち礼二れいじの兄弟。
 長女で末っ子の久連子くれこ みやびとその夫である浩介こうすけ。それにひとり娘で真人の従姉にあたる花純かすみ

 ちなみに真人の父のひろしは三男で、子供は真人しかいない。母の真里は去年亡くなってしまったのでここには来るはずもないし、父の宙は今はフランスで暮らしているはずだ。
 親族会議のことも一応メールしておいたが、どうせ戻って来やしないだろう。

 そして犀川家の次男に当たるのがれんだが、その漣は先月末の飛行機事故で亡くなってしまった。長らく疎遠になっていて結婚したかも定かではないが、漣だって40代の後半に差し掛かっていたからそれなりに相続できる資産があるのだろう。
 親族が亡くなれば、当然その遺産の分配をしなくてはならない。それが正資産でも負資産でも、つまり価値ある財産でも価値のない借金でも、残された親族で分配しなくてはならないのだ。

 だが、遺産分けほど揉めるものもそうは無いだろう。揉めて拗れて裁判沙汰になったなんて話もよく聞くので、もうそれだけでも真人は憂鬱だった。なんなら放棄したっていいから出席を拒否しようかとも思ったくらいだ。
 だがメールをもらって折り返した電話で『放棄するならするで顔を出せ。これは親族の義務だ』などと不機嫌そうな声で嶺に言われてしまっては、真人としては逆らうこともできなかった。なんと言っても、もう10年近くも父の宙がフラフラと世界中を飛び回っていて、親族に迷惑をかけているから肩身が狭い。そして母も亡くなってしまった今となっては、宙の家族を代表するのは真人以外にあり得ないのだ。

「…………で、この子たちは?」

 だが、そうしてはるばるやって来た犀川家本邸にいたのは、親族だけではなかった。
 本邸の広いリビングのソファには見知らぬ女の子がふたり、身の置きどころもなさそうに端のほうに縮こまって座っていたのである。
 どちらも色素の薄い白っぽい髪に、片方は青い、もう片方は赤い瞳の女の子たち。見た目がそっくりだから、おそらく双子なのだろう。見たところ10歳か、もう少し下にも見えるまだ幼い容姿で、やや痩せぎすで肌の色もあまり良くないから、おそらくあまり良い生活を送れていないものと見えた。

「漣の娘だ」

 不機嫌さを隠そうともせずに、嶺が言い捨てた。怒っているというか、明らかに迷惑そうな声音を隠そうともしないのが、いっそ清々しい。
 まあ、だが。

「ええー……」

 漣伯父に娘がいたなんて初耳だ。結婚した事さえ真人は聞いてない。
 というか、この子たちは漣伯父とは似ても似つかない。日本人には見えない、というか外人の子だとしか思えない。

「俺だって迷惑している。身元確認に呼び出されただけでも面倒なのに、両親が犠牲になったのだから親族のどなたかで引き取るように、などと言われてんだぞ」

 要するに、嶺は親族代表として亡くなった漣の身元確認のため警察に呼ばれ、その場でこの双子を引き渡されて連れ帰らざるを得なかったというのだ。

「両親……って、この子たちの母親も?」
「漣の隣の席に居たそうだ」

 いやいや、夫婦で出掛けていたのなら子供も連れてってやれよな。漣伯父さん子供好きで真人オレも小さな頃にはよく遊んでもらってたのに、なんでこの子たち一緒じゃなかったんだよ。⸺まあ、一緒じゃなかったから今こうして生きてるんだけど。

「漣兄さんもねえ、結婚したなら知らせてくれれば良かったのに」

 叔母の雅がため息混じりに言った。おっとりして気性の穏やかな人だが、悪い意味で空気を読まないところがある困った人だ。

「俺だって何も聞いとらん」
「結婚、してません」

 その雅にも嶺は不機嫌そうに返し、その言葉に被せるようにして双子の片方が口を開いた。普通に日本語だった。

「…………そう。漣のやつはのだ。しとらんのに子供を作って、同棲しておったのだ」

 それまでよりハッキリと、嶺の口調が忌々しそうに歪む。

「つまり、いわゆる内縁の妻とかそういう⸺」
「そういうことだ。そして奴らは子供を放って遊びに行こうとして、そして墜落してアッサリと死におった」

 なんで嶺伯父がこんなにも不機嫌なのか、ようやく真人にも理解できた。
 つまり今回の親族会議の議題は、遺産分けのどうこう以前に、この双子を誰が引き取るかの話し合いだったわけだ。





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