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とある公爵家侍女の生涯
12.公爵家侍女は静養する
しおりを挟む救出の先頭に立ったのはラルフ様で、青加護の騎士を呼んでくださったのも公爵家まで連れ帰ってくださったのも全部彼だと聞いて、なんかめちゃめちゃ恥ずかしくなった。
だってその間ずっと横抱きにされてたなんて、いくら意識がなかったと言ってもヤバすぎるでしょ!しかもこの部屋に私を寝かせたあとも傍を離れようとしないで、お嬢様とオーレリア先輩に叩き出されたなんて聞かされた日には、もう……!
ていうか、もしかして今この瞬間もその扉の向こうで待機してたりするんじゃない?してそうよね!?
「大丈夫よ、ラルフなら今はお父様が領地の視察に連れて行ってるから」
「あ、いないんですか。良かった…」
「とか何とか言っちゃって。ホントはラルフ様がいなくてちょっと寂しかったりするんじゃないの?」
「ないです。私、あの人苦手です」
だって人の言うこと聞かないし、なんか大型犬っぽいし。
まあ助けに来てくれたのは嬉しかったし、駆け寄ってくれて抱き起こされた時はすごい安心したけれど。
そのままお医者様に検診してもらい、しばらくは経過観察とのことで安静にするよう言われる。この方は公爵家に長年仕えている侍医団の中で唯一の女性医師で、だから脇腹も腰回りも安心して診てもらえる。
「大事なさそうで良かったわ。ある程度治って動けるようになるまでは、気にせずゆっくり休んで構わないから、しっかり治すのよ」
「分かりました奥様。ありがとうございます」
最後にそれまでずっと黙ったまま、お嬢様やオーレリア先輩の後ろで見ていてくださった奥様にお優しいお言葉を頂いて、それで今日は解散ということになった。
治るまでの間は狭い使用人棟の自室ではなく、明るく広く清潔で安全なこの客間を使っていいとまで仰って頂けて、本当に奥様には頭が上がらない。
この御恩は、いつか絶対にお返ししなきゃ。
しかも治るまではオーレリア先輩が身の回りの世話までしてくださるらしい。先輩はあの日私を連れ出したことを気に病んでいらして、それで私の世話も買って出てくださったそうだ。
そんな、気になさらなくてもいいのに。
「いいのよ、こうでもしないとわたしがわたしを許せないもの」
「だって先輩のせいじゃありません」
悪いのは、逆恨みの果てに傷害と暴行未遂まで起こしたシュザンヌですから。
「それでもよ。いくらシュザンヌが悪巧みをしていたからって、さすがにお邸の敷地内にいたなら手を出せなかったはずだもの」
ああ、そうか。
先輩は彼女が本当に破滅してしまったことさえご自分の責任として捉えているんだわ。歳が近くて仲良しだった彼女のことも、先輩は悔やんでるんだ。
「じゃ、あとはゆっくり休んでね。何かあったら隣の控室にいるから、ベルで呼んで」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
そうしてやっと先輩は、安心したように微笑んで部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、傷があらかた治るまで私は15日ほど静養に努めるハメになった。とはいえ傷そのものは[治癒]でほぼ塞がっていたし、断裂した筋組織も10日もすればおおむね再生したみたいで、最後の方は体力回復のために庭園を散歩したりしていたのだけど。
これ、腕の良い青の術師だったら傷そのものは最初からほぼ完治させれて、あとは体内魔力の回復のため2、3日ほどの静養で済むらしい。けれど私に施術したのが誰ひとり本職ではなかったため、筋組織の接合が上手くいってなかったのだそう。
まあ、施術したのって護衛騎士とお嬢様だしね。
お嬢様は接合が上手くいってないと女性侍医から聞かされて「わたくしもまだまだ、ということね」などと呟いていらしたけれど、初めてだったんだし気にされることないですよ~。いくら“完璧な淑女”の貴女でも、最初から何もかも上手くやれるわけもないのだし、次頑張ってください。
あ、次は誰か違う方で練習お願いしますね。
で、今日も私は庭園を散歩しています。時々身体を大きく動かしたり屈伸したり、軽く走ってみたりと色々試しているのは、少し離れたところから女性侍医とお嬢様と奥様と侍女長さまが見ているから。私の身体の動きを見て、問題がなければ明日から仕事復帰させると、その最終判断をなさっているらしい。
まあ自分的には身体の動きに問題はない。痛みももうほぼ無いし。
問題があるとすれば………
「あ、いや。まだそんなに激しい動きをなさらない方が………」
なんで貴方が私の傍に張りついてらっしゃるんですかねえ?
「問題ありません。痛みもありませんし、なんならもっと激しい動きだってできます」
「しかし貴女はあれほど多量に血を流したわけで」
「領内の魔獣の巻狩りなどで負傷者が出た際にはあんなものではないと、護衛隊長さまから伺っていますが?」
「いや、怪我に慣れた我々と貴女とでは違うでしょう?」
「お嬢様からも軽傷だったと教えられています。問題ないはずです」
「しかし…」
ああもう。しつこいっ…!
私は早く仕事復帰したいのっ!
私はラルフ様がこちらに近寄るタイミングでわざと逆方向に動いて彼の大きな腕を躱し、上半身を動かさない“淑女の歩法”を心掛けつつお嬢様たちの元へ歩み寄る。お嬢様たちの前まで来て、おもむろに淑女礼を決めてみせた。
うん、我ながら今のはいい出来。体幹もブレなかったし、怪我する前と遜色ない感触で優雅に決めれたはず。
「問題なさそうよお母様」
「そうね、すっかり淑女礼も身に付いたようだし、復帰でいいわね」
「異論ございません。では早速、明日から仕事に戻らせます」
「侍医としても問題ないと認めますわ」
「しかし奥様、まだ少し早いのではありませんか?」
うわ。奥様にまで異論を挟むなんて、ラルフ様どうしちゃったの?
ほらあ、奥様が訝しんでおられるじゃない。
「ラルフ、貴方に何の権限があって反対意見を述べているの?」
「は、いや………その」
「堂々と反対するからには、それ相応の根拠があるのでしょうね?」
あーあ。奥様怒らせた~。
どーするのラルフ様?
「いえ、その。怪我の専門家としましては、初めて刺し傷を受けたご令嬢が心因的恐怖を克服するためには、少し時間が足りないように感じまして」
「「「「……………。」」」」
ちょっと何言ってるか分かんないけど、奥様たちのお目がすっっっごい冷めきったのが傍で見ててもよく分かる。
(過保護ね)
(過保護だわ)
(あら、そういうことですか)
いや待って?
これ冷めてるっていうか?
「「「「却下ね」」」」
あ、やっぱり冷めてた。
ということで、明日から仕事復帰です!
ちなみにラルフ様は、相変わらず叱られてしょげる大型犬の仔犬みたいになっていた。
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