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反論編

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「「………………え?」」

 わたくしの言葉に、呆気に取られたように同時に呟く彼と妹。
 え、そんなに驚くような事かしら?だってそういうことでしょう?

「違いますの?」
「い、いや、言われてみればそうだが………」
「では合ってますわよね?」
「う………」

「あら?でもそうしたら、貴方は『人品卑しい小心者』の『性根の卑しい女』の『義弟』になる、ということになりますわね?」
「う……あ、いや………」
「だってそういうことでしょう?間違っておりませんわよね?」
「そ………そうなるのか………」

 そうなりますわよ。わたくしとその子は血を分けた姉妹ですもの。

「ちょっと!お姉様と一緒にしないで!」
「しないでも何も、血を分けた姉妹という事実は変えられないでしょう?」
「そ、そうだけど……!」
「あっ。ということは、お父様はその『人品卑しい小心者で性根の卑しい女』の『父』ということになってしまいますわ」

「「……………えっ!?」」

「あらやだどうしましょう。そのような者が国に仕えて陛下に忠誠を誓っているということになりますわよね。わたくし急に心配になってきましたわ。陛下のご不興を買わなければよいのですけれど」

「あっ、いや、その、今のはだな………」

「あっそれに、お母様もそのような男に嫁いで、わたくしのような『人品卑しい小心者で性根の卑しい女』を産んだ悪女ということになってしまいますわ!」

「いや待ってくれ!君の母上は公女だろう!?そんな事があるはずないじゃないか!」
「だって貴方がそう仰ったのですもの。間違いございませんわよね?」

 お母様は公爵家の四女。比較的自由な恋愛が許されるお立場であったことに加え、幼い頃に賊徒に襲われたところを駆けつけて救ったお父様に一目惚れをされたそうで、身分違いを物ともせずに嫁いで来たのよと、よく自慢気にお話し下さいました。
 妹もその話は飽きるほど聞いていたはずですわね。

「あら?でもそうなると、貴方のお選びになった妹も同じ血が流れているのだから──」

「だーーっ!もういい!さっきのはだ!とにかく!私はそなたではなく彼女を選ぶ!そなたとの婚約は破棄だ!」
「あら、まあ。そうですか」

 あらあら。結局そこに戻ってくるんですのね。
 でも、ナシだと仰るのなら理由もなく婚約破棄することになってしまいますけれど、大丈夫なのかしら?
 それに………。

「けれど困りましたわね。その子は伯爵家の次女、貴方は侯爵家の三男。継ぐべき爵位は侯爵家にはおありですの?」

「「……………は?」」

 またしても同時に呟く彼と妹。
 え、なにかおかしなことを言いましたかしら?

「いや、だから私が伯爵家を継いでだな」
「あら。伯爵位は『わたくしが継ぐ』と決まっておりましてよ?」
「えっ?」
「だってわたくしが長女で嫡女ですもの。当然でしょう?」

 そして貴方は『わたくしの婿になった場合』にのみ、伯爵家に入れますのよ?

「何を言ってるのお姉様?お姉様はこの方に見捨てられて、お家からも追放されるんですのよ?」
「どうして?伯爵おとうさまがそんなことお認めにならないわよ?」
「そんなことないわ!お父様はわたくしを可愛がって下さるから、後継だってわたくしに───」

「無理ですわよ?」

 だって我が国の法で決まってますもの。継爵は直系の嫡男か嫡女のみ、と。もしそれが不可能ならば親族から養子を取るよう定められておりますもの。
 そして養子を取る場合というのは、例えば子がない場合とか、嫡子に健康上の問題があって継爵が不可能な場合にのみ認められるのですよ?

 …ああ、妹は継爵に関わりのない次女だから、そのあたりの教育を受けてないのだわ。きっとそうね。

「それにお父様は貴女を可愛がるのと同様にわたくしのことも可愛がって下さってますから、わたくしは問題なく嫡女のままですわ」

「そ、そんな………」

「うむ、その通り」

 低く太い男らしい声がして、振り返るとそこにはお父様のお姿が。若かりし頃に騎士として名を馳せられたお父様は、今なお鍛錬を怠らず筋骨隆々。今すぐにでも現役復帰できそうなほどのお姿です。
 あらやだ、迎えはいらないっていつも申し上げているのに、今夜もお迎えに来て下さったのね。
 あ、でも今夜は未成年の妹も来ているから、それで来られたのかも。

「お父様──」
「いやしかし、君が伯爵位を手放してまで妹のほうを取るとは思わなかった」
「えっ、いや、」
「そこまで気に入ってくれていたのならば、もっと早く伝えてくれていればよかったのに」
「いや、その、そうじゃ──」
「だが済まんな。我が家門には空いている子爵株も男爵株も今はないんだ。だから侯爵家の方で空いている株があればいいのだが」

 腕を組んで滔々とお話しになるお父様。彼が何やら言葉を挟んでいるようだけれど、全然聞いておられませんわ。
 お父様ったら昔っからそうよね。ご自分のお考えを話し出すときは他の人の言葉なんてちっともお聞きになりませんもの。
 そして侯爵家の方にも確か空いている株はなかったはず。去年甥っ子様、つまり自称元婚約者様の従弟の方が成人されて子爵位をお継ぎになったのが最後だったのではなかったかしらね?

「い、いや、侯爵家わがやにも………」

「そうなのか?では平民となるか、志願して騎士になるということか」

 君がそこまで覚悟を決めていたとは、改めて見直したよ、と言いながら満面の笑顔で彼の肩をバシバシ叩くお父様。
 何故だか彼の顔色が悪いけれど、お父様のこのお顔はもうお父様の中で確定事項になった証拠ですわね、これ。

 ちなみに、認められて騎士に叙任されれば士爵ししゃくと言って一代限りの準貴族として認められますわ。一代限りなので、頑張って功績を挙げて男爵位を賜らなければ子孫はゆくゆくは平民となるしかありません。
 士爵は継げないけれど、騎士の子が騎士に叙任されればふたたび士爵として貴族の末席に加えてもらえますわ。もちろんその家族も。
 ですから騎士の皆様は、頑張って早くに結婚されて跡継ぎを儲けられ、ご子息が成人して騎士に叙任されるまで現役で頑張られるのだと、学術院の騎士課程の子から聞いたことがございますわ。そうやって代々騎士として家系を繋いで、どこかのタイミングで功績を挙げて男爵位を賜るのを狙うのだとか。

 でも、彼ったら剣の扱いなんてからっきしですのに、本当に騎士になんてなれるのかしら?魔術だってサッパリなのに、将来のことちゃんと考えてらっしゃるのかしら?

「かっ、彼女は!」

 とか思っていたら、彼がわたくしを指さして声を張り上げました。

「今まで妹にさんざん陰湿ないじめを繰り返していた悪女です!そんな女に伯爵位を継がせるなど!」

 だから妹に爵位を継がせろとでも?
 ですから法で決まってますのに、分からない方ね。

 あ、そうよ。彼も侯爵家の三男だからのだわ。


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