2 / 11
02.公爵家の公女さま
しおりを挟む当代の筆頭公爵家当主には子供がひとりしか生まれなかった。それも生まれたのは女児で、後々男児が生まれるかも知れないが、もしも生まれなかった場合に備えて女児は次期公爵としての英才教育が施されることになった。
5歳までに弟が生まれなかったために始められた教育は10歳を過ぎてより本格的になり、その頃にはもう父公爵も正式に娘に後を継がせると決意するほどに、その娘⸺公女は類稀な才覚を示し始めていた。
公女はずっと婚約者を決めずにいた。
それはいつ弟が生まれるかも知れず、将来の立場が流動的だったからだ。弟が生まれなければ将来の女公爵として婿を取り、家督を継がなくてはならない。もし生まれれば政略の駒として他家に嫁がねばならない。行く末が両極端に過ぎて、それぞれの場合で婚姻相手に求めるものが違いすぎて、とても決められなかったのだ。
それでも公女が13歳になり、“大学”に入学する年齢を迎えると、さすがにどちらか決めなくてはならない。その年まで夫人にも、夫人の諒解を得て迎えた妾にも男児が生まれなかった公爵は、正式に愛娘を跡継ぎと決め、まず王家へ通告して了承を得た。正式発表は婚約者の選定を待って、婚約発表と同時になされることも決まった。
この世界、一般的には6歳からの初等教育と9歳からの中等教育を経て12歳までで基礎教育が修了する。
どの国も教育には力を入れていて公的補助もあり、よほど極端な貧困世帯でもなければ子供たちは学校に通うことができる。そのため就学率、進学率、識字率はいずれの国でも平均で7割を超えるほど高い。
高位の王侯貴族の子弟は大半が中等教育までは家庭教師を雇い、邸で教育されるが、内容が高度で手厚いだけで教育されることには変わりない。
なぜそれほど教育が充実しているのか、その理由は明確だ。世の大半の人々が貴族平民問わずに魔力を持ち、習いさえすれば誰でも魔術を扱えるため、平民であってもしっかり教育して魔力の扱い方とコントロール方法、それに犯罪抑止のための倫理観や基礎教養などを教えこんでおかないと犯罪率が高止まりするからだ。
そして基礎教育を終えたのち、さらに1年間の受験勉強期間を経て、13歳の花季に入学試験を行うのが高等教育、いわゆる大学である。中等教育までは公的教育であるが、大学は一般常識や基礎教養以上の、専門的かつ高度な知識と教養を得るために志願して進学するものであり、故に公的補助もなく、ある程度資金面で余裕がなければそもそも受験さえ不可能だ。
だが王侯貴族たち、いわゆる支配階級に属する者や、騎士や魔術師として身を立てる者、学究を志す者などはすべからく大学に進学し、それぞれの分野の専門知識を身につけなくてはならない。
そうして公女もまた、次期公爵として必要な教養と能力、さらに高位貴族としての社交性と人脈を得るために、国内最高峰の大学である王都の王立学園を受験して入学した。
公女の学園入学とともに、彼女の婚約者が公募された。候補は貴族でさえあればよく、爵位や家格、家門の財政状況など一切を問わず、持参金や条件の提示も求めないという、前代未聞の内容であった。
しかしただ一点だけ、候補に名乗りを上げるにあたって条件が付された。「公女が真に望むもの、それを提示した者を配に選ぶ」と。
たちまち国内の貴族たちは色めきたった。なにしろ相手は筆頭公爵家の唯一の娘であり、必然的に次期女公爵である。その配にもし選ばれれば、選ばれた本人の人生のみならず家門の全体に莫大な利益が見込まれるのだから無理もない。
そんなわけで、年齢の釣り合う貴族子弟のうち婚約者のいない男子はもちろん、すでに婚約者が決まっていてもそれを解消してまで名乗りを上げる者が続出したのだ。それは国内のみならず近隣諸国にも及び、さらには王族子弟からも釣書を送付する者が現れる程だった。
122
お気に入りに追加
322
あなたにおすすめの小説
妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!
〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。
10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。
婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。
その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。
それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー?
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
わたくしは、すでに離婚を告げました。撤回は致しません
絹乃
恋愛
ユリアーナは夫である伯爵のブレフトから、完全に無視されていた。ブレフトの愛人であるメイドからの嫌がらせも、むしろメイドの肩を持つ始末だ。生来のセンスの良さから、ユリアーナには調度品や服の見立ての依頼がひっきりなしに来る。その収入すらも、ブレフトは奪おうとする。ユリアーナの上品さ、審美眼、それらが何よりも価値あるものだと愚かなブレフトは気づかない。伯爵家という檻に閉じ込められたユリアーナを救ったのは、幼なじみのレオンだった。ユリアーナに離婚を告げられたブレフトは、ようやく妻が素晴らしい女性であったと気づく。けれど、もう遅かった。
私は王妃になりません! ~王子に婚約解消された公爵令嬢、街外れの魔道具店に就職する~
瑠美るみ子
恋愛
サリクスは王妃になるため幼少期から虐待紛いな教育をされ、過剰な躾に心を殺された少女だった。
だが彼女が十八歳になったとき、婚約者である第一王子から婚約解消を言い渡されてしまう。サリクスの代わりに妹のヘレナが結婚すると告げられた上、両親から「これからは自由に生きて欲しい」と勝手なことを言われる始末。
今までの人生はなんだったのかとサリクスは思わず自殺してしまうが、精霊達が精霊王に頼んだせいで生き返ってしまう。
好きに死ぬこともできないなんてと嘆くサリクスに、流石の精霊王も酷なことをしたと反省し、「弟子であるユーカリの様子を見にいってほしい」と彼女に仕事を与えた。
王国で有数の魔法使いであるユーカリの下で働いているうちに、サリクスは殺してきた己の心を取り戻していく。
一方で、サリクスが突然いなくなった公爵家では、両親が悲しみに暮れ、何としてでも見つけ出すとサリクスを探し始め……
*小説家になろう様にても掲載しています。*タイトル少し変えました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる