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02.公爵家の公女さま

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 当代の筆頭公爵家当主には子供がひとりしか生まれなかった。それも生まれたのは女児で、後々男児が生まれるかも知れないが、もしも生まれなかった場合に備えて女児は次期公爵としての英才教育が施されることになった。
 5歳までに弟が生まれなかったために始められた教育は10歳を過ぎてより本格的になり、その頃にはもう父公爵も正式に娘に後を継がせると決意するほどに、その娘⸺公女は類稀な才覚を示し始めていた。

 公女はずっと婚約者を決めずにいた。
 それはいつ弟が生まれるかも知れず、将来の立場が流動的だったからだ。弟が生まれなければ将来の女公爵として婿を取り、家督を継がなくてはならない。もし生まれれば政略の駒として他家に嫁がねばならない。行く末が両極端に過ぎて、それぞれの場合で婚姻相手に求めるものが違いすぎて、とても決められなかったのだ。
 それでも公女が13歳になり、“大学”に入学する年齢を迎えると、さすがにどちらか決めなくてはならない。その年まで夫人にも、夫人の諒解を得て迎えた妾にも男児が生まれなかった公爵は、正式に愛娘を跡継ぎと決め、まず王家へ通告して了承を得た。正式発表は婚約者の選定を待って、婚約発表と同時になされることも決まった。


 この世界、一般的には6歳からの初等教育と9歳からの中等教育を経て12歳までで基礎教育が修了する。
 どの国も教育には力を入れていて公的補助もあり、よほど極端な貧困世帯でもなければ子供たちは学校に通うことができる。そのため就学率、進学率、識字率はいずれの国でも平均で7割を超えるほど高い。
 高位の王侯貴族の子弟は大半が中等教育までは家庭教師を雇い、邸で教育されるが、内容が高度で手厚いだけで教育されることには変わりない。

 なぜそれほど教育が充実しているのか、その理由は明確だ。世の大半の人々が貴族平民問わずに魔力を持ち、習いさえすれば誰でも魔術を扱えるため、平民であってもしっかり教育して魔力の扱い方とコントロール方法、それに犯罪抑止のための倫理観や基礎教養などを教えこんでおかないと犯罪率が高止まりするからだ。

 そして基礎教育を終えたのち、さらに1年間の受験勉強期間を経て、13歳の花季はるに入学試験を行うのが高等教育、いわゆる大学である。中等教育までは公的教育であるが、大学は一般常識や基礎教養以上の、専門的かつ高度な知識と教養を得るために志願して進学するものであり、故に公的補助もなく、ある程度資金面で余裕がなければそもそも受験さえ不可能だ。
 だが王侯貴族たち、いわゆる支配階級に属する者や、騎士や魔術師として身を立てる者、学究を志す者などはすべからく大学に進学し、それぞれの分野の専門知識を身につけなくてはならない。

 そうして公女もまた、次期公爵として必要な教養と能力、さらに高位貴族としての社交性と人脈を得るために、国内最高峰の大学である王都の王立学園を受験して入学した。

 公女の学園入学とともに、彼女の婚約者が公募された。候補は貴族でさえあればよく、爵位や家格、家門の財政状況など一切を問わず、持参金や条件メリットの提示も求めないという、前代未聞の内容であった。
 しかしただ一点だけ、候補に名乗りを上げるにあたって条件が付された。「公女が真に望むもの、それを提示した者を配に選ぶ」と。

 たちまち国内の貴族たちは色めきたった。なにしろ相手は筆頭公爵家の唯一の娘であり、必然的に次期女公爵である。そのおっとにもし選ばれれば、選ばれた本人の人生のみならず家門の全体に莫大な利益が見込まれるのだから無理もない。
 そんなわけで、年齢の釣り合う貴族子弟のうち婚約者のいない男子はもちろん、すでに婚約者が決まっていてもそれを解消してまで名乗りを上げる者が続出したのだ。それは国内のみならず近隣諸国にも及び、さらには王族子弟からも釣書を送付する者が現れる程だった。





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