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13.彼と彼女の末路
しおりを挟む「ムンッッッッ!」
全身の鋼のような筋肉を誇示するように力を込めて盛り上げ、ニッと白い歯を見せて笑みを浮かべつつポーズを決める、ひとりの筋骨隆々のスキンヘッドの男性。黒光りするその全身が天井から降る魔術灯の光を浴びて、テラテラと光っている。
ムキムキの筋肉を見せつけたいのか、身につけているのはなぜか真っ黒な布面積の小さいブーメランパンツ1枚だけだ。
「ハッッッッ!」
その隣ではこれまた筋骨隆々の、隣でポーズを取る男性と顔からスキンヘッドから身長から筋肉からブーメランパンツまで、何から何までそっくりな男性が、これまた全身の筋肉を誇示するかのようにポーズを決めた。
ちなみに何もかもそっくりだが、身につけているブーメランパンツは真紅で、筋肉の色合いもやや明るくて茶褐色といったところか。
「セイッッッッ!」
そのふたりの後ろで、彼らとまたしてもほとんど全部そっくりなスキンヘッドが、太い両腕の力こぶを誇示するかのように腕を肩口で水平に持ち上げ背を伸ばし、胸を張って仁王立ちになった。先のふたりより頭半分ほど大柄で、筋肉は輝く黄金色、そしてブーメランパンツは濃紺である。
「キャーーーーーッッッ♡♡♡」
そしてそんな3人を見て、イオスが手を叩いて大喜びしている。
「サブさまぁ♡サムソンさまぁ♡そしてアドンさまぁぁ♡キャーカッコイイ!抱いてぇ~♡」
ここはどこかと問われれば、“雷竜の咆哮”がパーティ名義で借りている冒険者パーティ向けルームシェア用賃貸アパートのリビングだと、そうソティンは答えるしかない。
そしてそのソティンは、目の前で繰り広げられる即席のボディビルショーを部屋の隅で呆然と眺めているだけだ。
「あ……あの……イオス、さん?」
「…………えー、なんですかぁリーダー?今すっごくいいところなんですけどぉ?」
「そ、そちらの皆さんは……一体……?」
ソティンはこんなムキムキの暑苦しいゴリマッチョどもを部屋に引き入れた憶えは無い。だが気付いたらこの有様である。
「えー、“雷竜の咆哮”の新しいメンバーの“ローザ一族”の皆さんじゃないですかぁ」
「いや俺承認してないよね!?」
「アタシがしましたぁ♡」
「いやなんでだよ!?」
実を言うと、追い出したはずのレイクが孤高の女戦士ジュノとパーティを組み、法術師セーナも魔術師フェイルも出ていってしまってパーティが崩壊したことで、何もかも失ったソティンはしばらく現実逃避して自室に引き籠もっていたのだ。
その隙にパーティの権利書を探し出したイオスが書類を偽造してリーダーを入れ替えてしまったことに、ソティンは気付いていなかった。
ちなみにイオスはしれっと担当受付嬢のルーチェではなく別の受付嬢に処理をさせていて、それでバレずに申請が通ったと考えているのだが、さて。
「だってぇ、アタシはアタシを取り合って争う男たちに囲まれてたいんですぅ♡余計な女たちには窃盗仕掛けて出て行ってもらったんだからぁ、次は当然、男の人を呼ぶに決まってまぁす♡」
「な……!?」
ジュノとルーチェがパーティの共有財産と個人財産を調べろと言っていた意味を、ソティンはここに至って初めて理解した。
そう。この女をパーティに引き入れてはいけなかったのだ。
「はっはっは。ということでリーダー、これからよろしく頼むぞ。ムンッ!」
「我ら筋肉三兄弟、これから“雷竜の咆哮”にて世話になるゆえお見知りおきを。ハッ!」
「ちなみに私が長兄の魔戦士アドンだ。セイッ!そして右が次兄の」
「魔術師サブだよろしくな!ムンッ!」
「さらに左が三弟の」
「法術師サムソンであるッ!ハッ!」
喋るたびに掛け声を発しないと気が済まないのかこのゴリマッチョどもは。そしていちいち掛け声のたびにポーズを変えるんじゃない!そしてニッとキメ顔で白い歯を光らせるんじゃない!
……と言いたいソティンだが、喉は乾き切り声が掠れて、何ひとつ言葉が出てこない。ていうか名乗った職業絶対嘘でしょ!?どう見ても肉弾戦闘しかしなさそうじゃん!
「リーダー、褒めてくれてもいいんですよぉ?この3人すっごく強いし逞しいんですからぁ♡」
「はっはっは、そう褒めるでないイオス嬢。ムンッ!」
「そうとも。我ら筋肉三兄弟、親父殿に比べればまだまだよ!ハッ!」
「イオス嬢がお望みとあらば、その親父殿も呼ぶがどうする?セイッ!」
「キャーッ♡あの伝説のアドニス様までぇ!?イオス感激して濡れちゃうぅ♡」
「はっはっは。催したなら鎮めねばならんな。なあ兄弟!ムンッ!」
「そうだとも兄者!ハッ!」
「よしよし、ではイオス嬢の部屋へ参ろうか。セイッ!」
「ああああ……素敵ぃ♡筋肉に押し潰されちゃうぅ♡」
何を想像したのか、恍惚とした表情で腰砕けになったイオスを軽々と抱き上げると、ゴリマッチョ三兄弟はイオスの部屋⸺元はレイクの部屋だった場所⸺へと消えて行った。
ソティンは何ひとつツッコめなかった。
何故、何故だ。俺は俺の夢見たハーレムパーティを成し遂げたはずだったのに。これじゃまるでイオスの、あの女のハーレムパーティじゃないか!
「あ、そうそう♡」
と、蕩けた表情のままのイオスが不意に部屋から顔を出した。
「ぶっちゃけもうリーダーなんて用済みなんですけどぉ」
「な、なんでだよ!?“雷竜の咆哮”は俺の!俺のハーレムパーティなんだぞ!」
「違いまぁす♡もうアタシのでぇす♡ていうかあの3人に比べたらぁ、リーダーのティンって本当にただの粗だしぃ♡」
「は…………はあぁ!?」
確かにブーメランパンツに覆われたモノは、3人とも極太の非常に立派なモノだと見て取れたが。ソティンだって心中密かに自分のブツに自信を持っていたのに。
実を言うと、ローザ三兄弟と比べるまでもなくソティンの“聖剣”は平均よりやや小ぶりの短剣だったのだが、他の男と比べるものでもないのでソティン本人はそんな事には気付かない。
「でもぉ、リーダーのは魔力が気持ちいいんでぇ、たまーになら抱いてあげますからねぇ♡」
「だっ……!?」
絶句するソティン。すると室内からアドンと名乗った黄金色の兄貴も顔を出した。
「ほら、もういいだろうイオス嬢。早く始めようではないか」
「はぁい♡」
イオスは蕩けた声で返事して、ソティンを顧みることもなく引っ込んでしまった。アドンはソティンを見るとニッと嗤う。
「実は我ら兄弟、君でもイケるのだが、あとで一戦手合わせ願えるかね?」
そしてアドンはそのまま、返事も待たずに引っ込んでしまう。バタンと閉まるドアの音がまるでソティンの拒否を受け付けぬかのようで、有無を言わさぬ死刑宣告にしか聞こえない。
「ヒィ……ッ!?」
そして程なくして、野太い掛け声と甲高い嬌声が部屋から漏れ聞こえ始めて、ソティンは一晩中その声を聞かされるハメになった。恐怖のあまり、彼は一睡もできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、イオスの姿はフリウルでは目撃されなくなった。
一度だけ、ブーメランパンツのゴリマッチョ4人を引き連れて歩く彼女の姿が目撃されたらしいのだが、愛らしい表情も魅惑的な肢体もやせ衰えて見る影もなく、特徴的なピンク色の髪がなければイオスだと気付けなかった、らしい。
明らかにどう見ても異様な雰囲気であったが、マッチョ4人に囲まれた彼女の目は蕩けきって爛々と輝いていたそうで、見る者に恐怖心さえ惹起させるものであったという。
そんな姿のイオスが目撃されてから程なくして、フリウルの地下下水路でひとつの身元不明、性別不詳の死体が発見されたことがある。まるで全身の霊力を吸い尽くされたかのようにカラカラに干からびていたその死体は、髪もすっかり抜け落ちていて、結局誰なのか判明せずじまいであった。
ソティンは結局、冒険者を廃業して故郷の集落に戻ったらしい。らしい、というのは、「もう嫌だ……俺ぁ帰る……あの故郷へ帰るんだ……」とうわ言のようにつぶやくソティンの目撃情報が寄せられたからだ。
だがその一方で〈隻角の雄牛〉亭フリウル支部には何の届け出も出されておらず、“雷竜の咆哮”は未だに書類上フリウルに存在している。そのためソティンが本当に廃業したのか、今どこにいるのか、誰にも分からない。
なお書類上の“雷竜の咆哮”のメンバーはリーダーの戦士ソティン、探索者イオスの2名だけである。彼女が引き連れていたマッチョ4人組は、名前も姿も存在さえも、どこにも記録されていないそうである。
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