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07.パーティ崩壊
しおりを挟む「…………で?どういう事なのか説明してもらいましょうか」
数日後。神殿から戻ってきた法術師セーナが一連の経緯を聞いて、眦を吊り上げてソティンとイオスに詰め寄っていた。
「い、いや……だからな?レイクのやつはクビに」
「彼に何の落ち度があったっていうんですか!?」
魔力なしの役立たずだから。……とは、ソティンは言えなかった。だってそうした不当な差別をパーティでもっとも嫌うのがセーナという娘だったから。
「あ、あいつ、パーティの資金を横領してたんだ。事前調査費って名目でよ」
「…………はぁ?」
だから横領疑惑を提示してやれば、それにもセーナは呆れたように三白眼になる。何故だ。
「……レイクさんが事前に情報収集や行程調査で毎回あれだけ動いてたのに、貴方気付いてなかったんですか!?」
「…………は?」
「毎回、その手の裏方仕事に結構な費用がかかってるのに、レイクさんたら一定額以上は決して計上しようとしなくて。超過分は自腹切ってたんですよ!?」
「…………はぁ!?う、嘘だろ……!」
内容が毎回異なるはずの事前調査が、何故か毎回同じ金額で計上されてるもんだから、絶対これは名目上だけでヤツが懐に入れていると思ったのに。
それなのに横領どころか自腹切ってた……だと!?
「貴方、彼と幼馴染なんでしょう!?その貴方が一番に彼を信じてあげなくてどうするんですか!」
そう、全くの赤の他人ではないのだ。ソティンとレイクは物心ついた頃から兄弟同然に集落全体で育てられた、いわば乳兄弟みたいな間柄なのだ。
なのだが、ソティンはレイクよりひとつ歳上ということもあって、幼い頃から歳下のレイクを無意識に下に見ていた。加えて、レイクは魔力なしで自分は同世代の子供たちのなかでも群を抜いた霊力量を誇っていた。そうしたことも相まって、いつしかソティンはレイクを侮り見下すようになっていたのだ。
それどころか彼と行動を共にする以上は、いつまで経ってもソティンが夢見るハーレムパーティは達成できない。そんな身勝手な考えから、最終的に彼を邪魔者扱いして、とうとう追放するに至ったのだった。
「いや……その、だな。幼馴染だからこそ俺はアイツが仲間を裏切るのが許せなくてだな」
「……証拠はあるんですか」
「そ、そんな事以前に、そもそも疑われるような事をしたレイクのやつが悪いと思わねえか?」
「………………そうですか。あくまでもレイクさんを信用しないと、彼に追放されるべき罪があると、そういう態度なわけですか」
それまで声を荒げてソティンに詰め寄っていたセーナが、急に声も態度も引っ込めて、普段の物静かな彼女に戻ってしまった。その急激な変化にソティンが何か言う前に、「では私もこれで失礼します」とそう言い捨てて、セーナは自室に戻ってしまった。
だがそんな彼女はすぐに出てきて、そして再びソティンに詰め寄ったではないか。
「…………つかぬことをお聞きしますが、私の留守中、誰かが無断で私の部屋に侵入しましたか?」
「…………い、いや?知らんなあ?」
知らんも何も、レイクが出て行ったあの時に彼が隠れているかもと言い訳しながら、全員の部屋の鍵をこじ開けて入り込んだのはソティン自身である。その後で、リーダー特権と称して作らせた各部屋の合鍵の存在を思い出して施錠し直しておいたのだが、どうやらセーナにはバレてしまったようだ。
「…………おかしいですねえ。部屋に隠していた私の予備の財布から、現金だけが抜き取られているんですけどね?」
「はぁ!?」
まさか、こっちが窃盗疑惑をかけられるとは思いもよらなかったソティンである。
「まさかソティンさん、貴方……!」
「ち、違う!⸺そうだ!きっとそれもレイクの仕業だ!アイツは探索者だからな!」
世の中には探索者を、盗賊まがいだと悪しざまに非難し見下す者もいる。ソティンもまたそのひとりだった。
まあそんな見下される職業に、幼馴染を無理やり就けたのもまたソティンなのだが。
「そう、ですか」
だが、またしてもセーナはスンとしてしまった。
「まあ、もうどうでもいいです。今までお世話になりました」
「……は?」
「今まで生死を共にしてきた仲間をそんな簡単に疑い、よく調べもせず追い出し、あまつさえ仲間のプライバシーを侵して金品を盗むような人とはもうやっていけません。今日限りでこのパーティを抜けさせてもらいます」
「え、⸺ちょ、ちょっと待てよセー」
「待ちません!」
そうしてセーナは再び自室に戻り、しばらく経って出てきた時には旅行用のキャスター付きトランクをふたつ、両手に引いている。
実はソティンは法術師セーナにも色々とちょっかいをかけていた。セーナは普段は物静かで穏やかな娘で、ソティンにも節度をもって接していたから彼も御しやすいと思ったのか、フェイルに対する以上に馴れ馴れしく、ボディタッチも含めたソティンなりの落としのテクニックを駆使していたのだ。
実のところセーナはそれが相当に不快だった。本来ならとっくに我慢の限界を超えて出奔しているところだったが、それを毎回それとなく邪魔してセーナを助けてくれていたのがレイクだったのだ。
だが、そのレイクはもう追放されてしまった。だからセーナには、これ以上このセクハラリーダーの元に留まる理由など微塵も残っていなかった。
「では、お達者で。⸺そちらの探索者の女の子と、どうぞ仲良くなさってて下さい」
言うだけ言い捨てて、セーナはアパートを出て行ってしまう。
「いや、あの、おーい?」
バタン。
「いやいや待て待て!」
「あらあら。やっぱりセーナは出て行っちゃったわねえ」
部屋で様子を窺っていたフェイルが、その時になってようやく出てきた。だがその背中には背嚢があり、手にはやはりキャスター付きトランクがある。
「貴男たちの話を部屋で聞いていて、私も室内を調べたわ。そうしたら魔道書が何冊か失くなっているじゃない。⸺そこの彼女の仕業よね?」
冷めきった目でフェイルがイオスを睨み、イオスはあからさまに視線を逸らした。
「え、なん…………マジで?」
「アタシ、知りませぇん」
「よく考えてみれば、彼女に最初に会った時、この部屋に彼女ひとりだけが居たものねぇ?」
「よく分かんないですぅ」
「え…………ウソだろ?」
信じたくない。だがあの時、『すぐに帰らないと後悔する』と言い切ったルーチェの声が耳に蘇る。
「あの魔道書は私にとっては大して価値もないものだから別に構わないけれど、売れば結構な金額になったでしょうね」
「だからぁ、アタシを犯人みたいに決めつけるのやめて下さぁい!」
「まあもうどっちでもいいわ。私も抜けさせてもらうから」
「おおおい!?」
「じゃ、仲良くね、おふたりさん」
そうして法術師セーナに続いて、魔術師フェイルまでもが出て行ってしまった。ソティンは縋るように手を伸ばして、だが虚しく空を掴むことしかできなかった。
こうして、売り出し中の注目株パーティ“雷竜の咆哮”は、いともアッサリと崩壊してしまったのだった。
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