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31.事の顛末、それぞれの幸せ(2)
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「……………あの、殿下」
ローゼマリーはおずおずと、目の前で優雅にティーカップを傾けている麗しの皇子様に声をかけた。
「その、なぜわたくしとまたお茶会を開いて下さっておられるのですか?」
そう問われたのはルートヴィヒだ。
彼は優雅にカップを置くと、爽やかな笑顔で目の前の少女に告げた。
「だって、僕らは正式に婚約者になったんだから、お茶会くらい開くだろう?」
「あの、それなのですが………」
「うん?」
「本当に、わたくしを選んで頂けたのですか?」
ローゼマリーは半信半疑だった。
何しろ先日姉に全部バレて盛大に怒られたばかりなのだ。自分でも確かにやり過ぎたと思ったし、よくよく冷静になって考えればあんな稚拙な作戦でルートヴィヒを手に入れようなんて、無茶にも程があると解ってしまったのだ。
彼女はこの期に及んでもまだ知らない。ルートヴィヒが自分の想いまで全部分かった上で自分の計画通りに動いてくれていたことを。
いやまあ、冷静に考えればローゼマリーの預かり知らぬ間に周囲全部に根回しされていた辺りで気付けそうなものだが。そこは鈍感なローゼマリーならではである。
「そうだよ?」
だから当たり前のように肯定されて、彼女は息が止まるほど嬉しかった。だが嬉しすぎるあまり、逆に信じられなかったりする。恋する乙女心は複雑なのだ。
「シャルロッテ嬢との婚約は正式に破棄されたし、僕には婚約者がいないってことになるからね。早く決めてしまわないと打診が殺到してしまうし、そうなると面倒だからね」
それに、と言い置いてルートヴィヒは続ける。
「ローゼマリー嬢は僕のことをずっと想ってくれていたそうだし、僕もこの1ヶ月で君のことをとても好ましいと感じている。ちょうどお互い婚約者のいない者同士だし、問題ないどころかメリットしかないと思うんだけど?」
「そっ、それはそうですが………!」
「それとも、君は僕の婚約者になるのは嫌かい?」
「とっ、とんでもありません!むしろ夢なんじゃないかって、信じられないくらいで!」
顔を赤らめて必死に言い募るローゼマリーに、ルートヴィヒは優しく微笑う。
「じゃあ何も問題ないじゃない。これからよろしくね、ローゼ」
「はっ、はい!」
完全に恋する乙女の顔になって頷くローゼマリーに、ルートヴィヒも満足そうに頷くとティーカップの中身の残りを飲み干した。
「こっ、これからよろしくお願い致しますわ!わ、わたくし、皇子妃教育も精一杯頑張りますから!」
「えっ?」
「………えっ?」
ローゼマリーの精一杯の決意表明にルートヴィヒが不思議そうに呟き、それに反応してローゼマリーも怪訝そうな顔になる。
「えっ聞いてない?あれ?」
「えっだってルートヴィヒさまは間もなく立太子されるご予定ですよね?」
「エッケハルト?」
「あー、ローゼマリー様は後からお呼ばれになったので、おそらく両陛下のご廃位まではご存知でも、殿下がたのご予定までは把握しておられないかもです」
侍女たちとともに少し離れて控えているエッケハルトが、何とも気まずそうに自己の見解を述べた。
そう。あの時、最初はルートヴィヒ、エーリカ、リン宮中伯、それにエッケハルトとアードルフを相手に始まったシャルロッテの事情聴取は、加担した関係者がどんどん明るみになるに従って次から次へと呼び出され、最終的に十数人が雁首揃えてシャルロッテのカミナリを落とされるハメになったわけだが、ローゼマリーは後から呼ばれたひとりである。彼女が父とともに呼ばれたのはかなり早い段階だったが、それでも彼女はルートヴィヒの立太子取りやめの事実を把握していなかった。
やはり呼び出されたフリードリヒ4世と皇后が廃立されることは把握しているのだから、冷静であればルートヴィヒの立太子もなくなったと気付けたかも知れない。だが彼女は今回の首謀者であるがゆえに、自分が一番責任が重い、すなわち怒られると怯えきっていて全っ然冷静ではいられなかったのだ。
「ええとね、両陛下がご退位なさるのは把握してるね?」
「は、はい………」
自分の立てた計画のせいで両陛下まで責任を取らされる事態になっているので、もうそれだけでローゼマリーはガクブルである。完全に死罪級の陰謀を企んだわけだから、これはローゼマリーでなくとも冷静ではいられないはずである。
「それに伴って僕の立太子もなくなったんだよね」
「えっ!?」
「一応、エーリカ姉上が皇后になるから“皇弟”として継承権は残るけど、立太子はないし継承順位も下がる。だから君も皇弟の婚約者ではあるけれど、皇后にはおそらくなれないし追加の教育も必要ないんだ」
「ええっ!?」
「皇弟の婚約者、ゆくゆくは皇弟妃としてマナーや社交の確認はあると思うけど、少なくとも君の思ってるような厳しい教育はないよ。だから君は頑張らなくていいんだ」
「そ、そうだったんですかぁーーー!?」
今回の首謀者ローゼマリー。悪巧みがバレて断罪されるかと思いきや望みどおりにルートヴィヒの婚約者の地位を手に入れ、しかも厳しい皇子妃教育が免除された挙げ句に将来の皇弟妃確定である。というのも皇后の子で次期皇后エーリカの同母弟であるルートヴィヒだけは、臣籍降下せずに皇室に残ると決定されたからである。
もしかすると今回一番幸せになったのは、シャルロッテではなくローゼマリーかも知れない。それほどまでに彼女にとっては夢のようなご都合展開であった。
ローゼマリーはおずおずと、目の前で優雅にティーカップを傾けている麗しの皇子様に声をかけた。
「その、なぜわたくしとまたお茶会を開いて下さっておられるのですか?」
そう問われたのはルートヴィヒだ。
彼は優雅にカップを置くと、爽やかな笑顔で目の前の少女に告げた。
「だって、僕らは正式に婚約者になったんだから、お茶会くらい開くだろう?」
「あの、それなのですが………」
「うん?」
「本当に、わたくしを選んで頂けたのですか?」
ローゼマリーは半信半疑だった。
何しろ先日姉に全部バレて盛大に怒られたばかりなのだ。自分でも確かにやり過ぎたと思ったし、よくよく冷静になって考えればあんな稚拙な作戦でルートヴィヒを手に入れようなんて、無茶にも程があると解ってしまったのだ。
彼女はこの期に及んでもまだ知らない。ルートヴィヒが自分の想いまで全部分かった上で自分の計画通りに動いてくれていたことを。
いやまあ、冷静に考えればローゼマリーの預かり知らぬ間に周囲全部に根回しされていた辺りで気付けそうなものだが。そこは鈍感なローゼマリーならではである。
「そうだよ?」
だから当たり前のように肯定されて、彼女は息が止まるほど嬉しかった。だが嬉しすぎるあまり、逆に信じられなかったりする。恋する乙女心は複雑なのだ。
「シャルロッテ嬢との婚約は正式に破棄されたし、僕には婚約者がいないってことになるからね。早く決めてしまわないと打診が殺到してしまうし、そうなると面倒だからね」
それに、と言い置いてルートヴィヒは続ける。
「ローゼマリー嬢は僕のことをずっと想ってくれていたそうだし、僕もこの1ヶ月で君のことをとても好ましいと感じている。ちょうどお互い婚約者のいない者同士だし、問題ないどころかメリットしかないと思うんだけど?」
「そっ、それはそうですが………!」
「それとも、君は僕の婚約者になるのは嫌かい?」
「とっ、とんでもありません!むしろ夢なんじゃないかって、信じられないくらいで!」
顔を赤らめて必死に言い募るローゼマリーに、ルートヴィヒは優しく微笑う。
「じゃあ何も問題ないじゃない。これからよろしくね、ローゼ」
「はっ、はい!」
完全に恋する乙女の顔になって頷くローゼマリーに、ルートヴィヒも満足そうに頷くとティーカップの中身の残りを飲み干した。
「こっ、これからよろしくお願い致しますわ!わ、わたくし、皇子妃教育も精一杯頑張りますから!」
「えっ?」
「………えっ?」
ローゼマリーの精一杯の決意表明にルートヴィヒが不思議そうに呟き、それに反応してローゼマリーも怪訝そうな顔になる。
「えっ聞いてない?あれ?」
「えっだってルートヴィヒさまは間もなく立太子されるご予定ですよね?」
「エッケハルト?」
「あー、ローゼマリー様は後からお呼ばれになったので、おそらく両陛下のご廃位まではご存知でも、殿下がたのご予定までは把握しておられないかもです」
侍女たちとともに少し離れて控えているエッケハルトが、何とも気まずそうに自己の見解を述べた。
そう。あの時、最初はルートヴィヒ、エーリカ、リン宮中伯、それにエッケハルトとアードルフを相手に始まったシャルロッテの事情聴取は、加担した関係者がどんどん明るみになるに従って次から次へと呼び出され、最終的に十数人が雁首揃えてシャルロッテのカミナリを落とされるハメになったわけだが、ローゼマリーは後から呼ばれたひとりである。彼女が父とともに呼ばれたのはかなり早い段階だったが、それでも彼女はルートヴィヒの立太子取りやめの事実を把握していなかった。
やはり呼び出されたフリードリヒ4世と皇后が廃立されることは把握しているのだから、冷静であればルートヴィヒの立太子もなくなったと気付けたかも知れない。だが彼女は今回の首謀者であるがゆえに、自分が一番責任が重い、すなわち怒られると怯えきっていて全っ然冷静ではいられなかったのだ。
「ええとね、両陛下がご退位なさるのは把握してるね?」
「は、はい………」
自分の立てた計画のせいで両陛下まで責任を取らされる事態になっているので、もうそれだけでローゼマリーはガクブルである。完全に死罪級の陰謀を企んだわけだから、これはローゼマリーでなくとも冷静ではいられないはずである。
「それに伴って僕の立太子もなくなったんだよね」
「えっ!?」
「一応、エーリカ姉上が皇后になるから“皇弟”として継承権は残るけど、立太子はないし継承順位も下がる。だから君も皇弟の婚約者ではあるけれど、皇后にはおそらくなれないし追加の教育も必要ないんだ」
「ええっ!?」
「皇弟の婚約者、ゆくゆくは皇弟妃としてマナーや社交の確認はあると思うけど、少なくとも君の思ってるような厳しい教育はないよ。だから君は頑張らなくていいんだ」
「そ、そうだったんですかぁーーー!?」
今回の首謀者ローゼマリー。悪巧みがバレて断罪されるかと思いきや望みどおりにルートヴィヒの婚約者の地位を手に入れ、しかも厳しい皇子妃教育が免除された挙げ句に将来の皇弟妃確定である。というのも皇后の子で次期皇后エーリカの同母弟であるルートヴィヒだけは、臣籍降下せずに皇室に残ると決定されたからである。
もしかすると今回一番幸せになったのは、シャルロッテではなくローゼマリーかも知れない。それほどまでに彼女にとっては夢のようなご都合展開であった。
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