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【王女アナスタシア】

41.それぞれの幸せを目指して(2)

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 そうしてようやく始まった稔季の大夜会。カリトン王とアナスタシア姫の元へは、貴族当主夫妻をはじめ招待客たちが続々と挨拶に列をなす。

「ようやく、収まるところに収まりましたな」

 そう言って安堵のため息を漏らすのは、宰相を務めるアポロニア公爵クリューセースである。

「宰相にも迷惑をかけたな」
「全くです。少しは振り回される側の身にもなって頂きたい」

 言葉とは裏腹に、宰相の表情は穏やかで。これでようやく肩の荷が下りた、といった本音が微妙に隠しきれていないが、まあ無理もない。

「公子も済まなかった。ソニア侯女を大切になされよ」
「それは勿論でございます。陛下も、ゆめゆめ姫を悲しませることのないよう、お願い申し上げます」

 選ばなかったというのに、それでもなおアナスタシアを気遣うフィラムモーンの笑顔に、アナスタシアの方が却って恐縮してしまいそうである。

「ご心配は無用ですわアナスタシア姫様。フィラムモーン様はわたくしが責任をもって幸せにして差し上げますので!」
「ええ、はい。よろしくお願い致しますわねソニア様」

 精神的な従姉妹同士は、互いに顔を見合わせて微笑み合う。これから先、これまで以上に良好な関係を結べると、ふたりともに確信している。


「⸺ご立派に、なられましたな」

 感無量といった表情で穏やかに声をかけてくるのはカストリア侯爵アカーテスだ。すでに55歳になって頭髪にも白いものが増えている彼は、だが婚姻が遅かったせいで嫡子ヘーシュキオスに後を継がせるまで、まだあと数年は頑張らねばならない。
 それでも、かつて自分を支えてくれた家令が穏やかに年齢を重ねていることに、オフィーリアアナスタシアは喜びを感じざるを得ない。

「ええ。⸺族父おじ様も」
「幼き頃の貴女にも申し上げたが、私を族父と呼んではなりませんよ」
「あら。一度くらいそう呼ばせて下さっても罰は当たらないと思いますわよ?」

 生まれ変わったことを隠したままであるならともかく、今はもう彼の娘ソニアが盛大に暴露してしまった後であり、この上遠慮も何もないだろう。そう言われてはアカーテスも苦笑するしかない。彼とて、こんな場で暴露するために娘に教えたつもりはなかったのだが、今さら言っても詮ないことである。

「はは、敵いませんなあオフィーリア様には」
「ふふ、だってわたくしはですもの」

 そう。オフィーリアは系譜上最後のカストリア公爵であり、今のカストリア侯爵アカーテスよりも地位が上なのだ。この先アカーテスやその後継がカストリア家を再び公爵位に押し上げる日が来るかも知れないが、少なくともそれまでは、最後のカストリア公爵の肩書はオフィーリアのものである。


「ご婚約おめでとうございます、陛下、アナスタシア姫様」
「クロエー様もクトニオス様もごきげんよう。相変わらず仲睦まじくておよろしいわね」
「嫌ですわアナスタシア様。そんな、仲睦まじいだなんて」

 クリストポリ侯爵家の挨拶で、当主デメトリオスを尻目にクロエーとアナスタシアは微笑わらい合う。クリストポリの嫡子は彼女の弟だが、まだ10歳なのでこの場には招かれてはいない。
 クトニオスとクロエーは婚姻後に、クリストポリ侯爵家の持つクレニデス伯爵位を継承する予定だという。

ヨルゴスあにはすっかり平民生活が気に入っていて、貴族に戻るつもりはないと申しておりますもので。それなら娘のために使うべきだと考えた次第です」
「とても良い考えだと思うよ、クリストポリ侯」
「お褒めにあずかり、恐悦にございます」
「ヨルゴス殿にもよろしく伝えておいてくれ」
「勿体なきお言葉。しっかと賜りましてございます」


「カリトン王陛下、並びにアナスタシア妃殿下にご挨拶申し上げます」
「それはまだ気が早いよ、ヴェロイア侯爵」
「ふふ、わたくし、ミエザ学習院はきちんと卒院する予定ですのよ」
「……これは申し訳ない。気が逸りまして」

 あからさまに阿ってくるあたり、ヴェロイア家は今後は正式に、親王派閥に加わりたいのだろう。だがそれよりも、アナスタシアには気になることがある。

「時にヴェロイア侯爵、後ろのおふたりを紹介頂いても?」
「えっ?⸺ああ、これは我が末息子のクセノフォンと、になりましたオルトシアー嬢でございます」

 当代のヴェロイア侯爵は、かつて宰相を務めた老ヴェロイア侯の末子である。前宰相が宰相を罷免され引退したあと一旦は長子が後を継いだものの、子のないまま数年で亡くなり、それで末子の彼が爵位を引き継いだ。そしてクセノフォンはその当代侯の末子にあたるが、彼だけが後妻の子で年齢も兄姉たちとは離れている。
 ちなみにヴェロイア家の子女は長男25歳、長女22歳、次男20歳で、全員がすでに婚姻済みでこの場にもそれぞれ貴族当主やその夫人としてやって来ている。ヴェロイア侯爵夫妻に従っているのは未成年のクセノフォンだけであり、その隣に、オルトシアーが緊張した面持ちで寄り添っているのだ。

「まあ、そうでしたのね!」
この子クセノフォンに継がせる爵位はありませんが、本人は騎士となって士爵を目指すと言っておるものでして。平民とはいえクリストポリ家の縁者であれば良縁であろうと思い許可致しました」
「オルトシアー様、良かったですわね!」
「はい。⸺ええと、アナスタシア様のおかげなんです」

 自分のおかげ、と思いがけず言われてアナスタシアは首を傾げた。

「ほら、陽誕祭の時に、アナスタシア様が私たちに彼をご紹介下さったじゃないですか」

「……あっ!」

 陽誕祭の当日に、正体不明の使者に連れ去られようとしたアナスタシアを、咄嗟に物陰に引き込んで助けたのが同級生のクセノフォンである。その後駆けつけた騎士たちとともに後を追ってきたソニアやクロエー、オルトシアーらに、アナスタシアは確かにクセノフォンを紹介していた。

「あれから、その、ご縁があって。親しくさせて頂いていて」
「まあ、そうでしたのね!」
「オルトシアー嬢は……まあ、平民だけど頭もいいし性格も穏やかで、聞けばクリストポリ家の縁者だというし」

 侯爵家の出身ながらも平民落ちか、あるいは騎士として一から身を立てなければならないクセノフォンにとっては、貴族の出自を持つ平民のオルトシアーは確かに良縁と言えよう。

「それに、……その、見目も悪くないと思う」
「えっ」
「まあ」

 やや照れながらもそう言い切ったクセノフォンにオルトシアーは驚き、アナスタシアはニンマリ。

「まあまあまあ!おふたりともお幸せにね!」
「…………善処する」
「そこは嘘でも『任せろ』って言ってよ!」
「では王命でも下そうかな。クセノフォン卿、オルトシアー嬢を幸せに……」
「それはですわよ陛下」
「うっ……そうか」

 朗らかで、和やかな笑いが会場に広がってゆく。次々と明らかになる若いカップルたちに、会場全体が祝福ムードに染まってゆく。

「ですが、陛下だけはけれどね!」
「それは言わないで欲しかったなあ……」


 夜会はいつまでも和やかに、そして穏やかに時が流れてゆく。
 今夜はいい夜だ。誰もがそう感じていて、そしてその和やかな雰囲気のままに、大夜会は幕を閉じたのだった。



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー



次回更新は通常通りに15日の予定です。



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