破棄から始まる下克上

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
24 / 25
本編

24.即位そして婚姻へ

しおりを挟む


 こうしてアウストリー公国は若き女王を迎えることとなった。

 元々彼女は公太子の婚約者として知られた存在だったため、国内外ともに特に大きな混乱も批判も見られなかった。また即位と同時に婚約が発表されたが、その相手が“剣位騎士”ジークムント・アイヒホルンであったことから、こちらも特に混乱は見られなかった。むしろ“悲劇の令嬢”と“公国最強騎士”との婚約そして婚姻は貴族の間にも、そして国民の間にも好意的に受け入れられた。
 なおフィデリオは一命を安堵されて新たにバーブスブルク伯爵家を興した。前王朝時代に不正を働いていた貴族家門の一部が取り潰され、それで空いた土地の一部を領地として賜わり、今後は一臣下として公国に仕えることになる。このフィデリオが興したバーブスブルク伯爵家が後に何度か転封を繰り返し、北方辺境伯家として定着することになるのだが、それはまだ先の話である。
 ちなみに、フィデリオが将来結婚して娘を儲ければ、その娘をヴィクトーリアとジークムントの世継ぎにめあわせて将来の公王妃とすることで内々に合意してある。そうすることで前王朝カール・グスタフ朝を受け継ぐ正統性も将来的に得られる見込みである。

 公国政府の閣僚や官吏たちはほぼそのまま任用された。エステルハージ家には国政に関してノウハウがなかったし、ヴィクトーリア自身もまだまだ学ぶべき立場の年齢であったから、その周りを信頼の置ける実務に慣れた者たちで固めることを優先されたわけだ。
 故に結果的にだけで公国の政務の実態はさほど変わらず、目新しさはないが、変化による混乱もなかった。もちろん、新たに任用するにあたっては個々人の素性や経歴などは徹底的に改められ、罷免される者も一定数出たから全くの元通りというわけではなかったが。

 諸々のことを一気に決めてしまったおかげで、アウストリー公国は敵国である王政マジャルや帝政ルーシ、それにエトルリア連邦やシレジア侯国などにも隙を見せずに済んだ。マジャルなどは気付いた時には全てが終わっていて地団駄を踏んだと伝わっているが、結局表立っては動かなかったのでアウストリー公国としてもリアクションは取らなかった。


 ヴィクトーリアとジークムントは約2年の婚約期間を経て、盛大な婚姻式を挙げた。ヴィクトーリア18歳、ジークムント23歳の時である。その頃までにはヴィクトーリアは女公爵として必要な教養や作法をほぼ履修し終えていて、ジークムントもとして最低限のものは身についていた。
 ヴィクトーリアの婚姻を機にウルリヒは辺境伯位を長男マインハルトに譲り、辺境伯領の副都ラストに館を建てて余生を送った。ちなみにラストはエステルハージの分家として伯爵家を興した次男リーンハルトの本拠地でもある。

「何だかあっという間だったな」

 婚姻式とその後に開かれた婚姻披露宴を終え、公宮の私室へ戻ってきたのジークムントがシャツの胸元を寛げながら呟いた。

「ああ、そうだな」

 その横で、妻となった女王ヴィクトーリアも感慨深げだ。さすがに今日の彼女は鎧姿ではなく、公都一の職人が手織りで仕上げた豪奢な純白のウェディングドレスを纏っている。
 その顔は、彼の隣に立つことにすっかり慣れてしまっていて、もはやあの日見せた恥じらいも赤面もない。

「それにしても、君は本当に美しくなった」
「そうだな…………っへ?」
「出会った頃はまだ若さが勝っていたが、2年経って本当に見違えるようだ。見目もそうだが、王としての激務に揉まれてなお凛と立つ、その心根が素晴らしい。君の夫となれたこと、本当に誇らしく思う」
「あああのそそそそれは褒め過ぎでは!?」
「だから褒め足らないと言っているだろう。──愛している、ヴィクトーリア。今ここで改めて誓おう。君を一生涯愛すると」

 ジークムントは妻の前に片膝をつき、背を伸ばし右手を差し伸べて真っ直ぐに愛を囁く。

「あ……その、ええと………」

 ためらいながらも彼女は、差し出された彼の右手にそっと自分の右手を重ねた。
 その手の甲に、彼がサッと唇を落とす。

「こ、こちらからも宜しくお願いする、だ、旦那様」
「ああ。必ず君を幸せにしてみせる」

 ジークムントは立ち上がって彼女の腰を抱き寄せ、しっかりと抱きしめた。彼女は彼の背に手を回し、その逞しい胸板に顔を埋めて赤くなった顔を隠すので精一杯だ。

「しかし、君のその言葉遣いも変わらんな」

 腕の中の彼女を見つめつつ、ジークムントが微笑わらう。その顔はあの日と変わらず穏やかで、そして熱を帯びたままだ。
 その笑顔を向けられて、彼女の顔がますます赤くなる。

「いやそう言われても、これはもう生まれつきのもので…」
「違うだろう?」
「えっ?」

「それは、公の場に立つ貴女がだ。違うかね?」
「そ、それは………」
「そんなものはこの私室へやでは必要ない。もうんだよ」

「ジ、ジークさま………」

 いつの間に見抜かれていたのか、全く気付かなかった。
 そう。ヴィクトーリアは公太子の婚約者として、将来の公王妃として相応しくあらねば、を身に着けなければと、これまで人前では常にしていたのだ。剣を学び、鎧をまとっていたのもその一環であり、令嬢らしからぬ男言葉を用いていたのも女の身で舐められないようにするためであった。
 もっとも当時の婚約者には全く伝わってはいなかったが。というより彼女が公私ともにそれで過ごしすぎて、誰もそれがだと気付くこともなかったのだが。

「それにな」

 穏やかに微笑みながらジークムントは言葉を続けた。

「私たちには、このあとも大きなが残っている」
「え、それは──」
「ということでな。ルイーサ、あとは任せた!」
「任されましたぁ!」

 どこに潜んでいたのかルイーサが現れて、ヴィクトーリアの腕を掴むやいなや「さあお嬢様、いえ女王陛下!ピッカピカに磨きますよ~!」などと言いつつ部屋を連れ出そうとする。

「えっ、あ、いや待って!?何する気!?」
「まずは湯浴みです!そのあと香油パフュムルをたっぷり使ってお肌も御髪おぐしもピッカピカにして、今日この日のために特注で作らせたちょーうセクシーなナイトドレスでおめかししましょう!ささ、旦那様をお待たせしてはダメですからサッサと行きましょう!」
「えぇ!?いやちょっ、まっ、心の準備が!」
「そんなものは披露宴までに!」
「いやー!私まだからぁ~!」
「往生際が悪いですよ!もう観念しなさーい!」
「いやぁ~!」


 かくしてヴィクトーリアはルイーサはじめ公宮の侍女たちに髪の先から足爪の先端まで余すところなく磨き上げられ、ほぼような薄絹のナイトドレスを着せられて主寝室のベッドに放置された。

 そこへやってきたのがジークムントである。
 彼も湯浴みを済ませ、薄絹のナイトコートを一枚羽織っているだけだ。

「さて、私たちのを果たそうか、我が妻よ」
「え、あ、ぅあ、」
「大丈夫、閨の作法もきちんと学んだだろう?あとは私に任せてくれればいいから」
「えと、その、あの、」

 顔を真っ赤にしたままモジモジする新妻が可愛くて愛おしくて、ジークムントは彼女の艶やかな黒髪をそっと撫で、顎に手をやり顔を上げさせると、優しく彼女の唇を奪う。
 そのまま後頭部と腰に手を添え、彼はそっと彼女をベッドに押し倒した。

「よよよよろしくお願いします?だっ旦那さま!」
「ああ、よろしく。我が最愛」
「最愛!?」
「最愛だとも」
「あっ──!」


 そうしてその夜、ふたりは夫婦になった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

【完結】魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど、実は次の約束があんだよね〜〜なので今更戻って来いとか言われても知らんがな

杜野秋人
ファンタジー
「ただでさえ“魔力なし”の役立たずのくせに、パーティの資金まで横領していたお前をリーダーとして許すことはできない!よってレイク、お前を“雷竜の咆哮”から追放する!」 探索者として“雷竜の咆哮”に所属するレイクは、“魔力なし”であることを理由に冤罪までかけられて、リーダーの戦士ソティンの宣言によりパーティを追われることになってしまった。 森羅万象の全てが構成元素としての“魔力”で成り立つ世界、ラティアース。当然そこに生まれる人類も、必ずその身に魔力を宿して生まれてくる。 だがエルフ、ドワーフや人間といった“人類”の中で、唯一人間にだけは、その身を構成する最低限の魔力しか持たず、魔術を行使する魔力的な余力のない者が一定数存在する。それを“魔力なし”と俗に称するが、探索者のレイクはそうした魔力なしのひとりだった。 魔力なしは十人にひとり程度いるもので、特に差別や迫害の対象にはならない。それでもソティンのように、高い魔力を鼻にかけ魔力なしを蔑むような連中はどこにでもいるものだ。 「ああ、そうかよ」 ニヤつくソティンの顔を見て、もうこれは何を言っても無駄だと悟ったレイク。 だったらもう、言われたとおりに出ていってやろう。 「じゃ、今まで世話になった。あとは達者で頑張れよ。じゃあな!」 そうしてレイクはソティンが何か言う前にあらかじめまとめてあった荷物を手に、とっととパーティの根城を後にしたのだった。 そしてこれをきっかけに、レイクとソティンの運命は正反対の結末を辿ることになる⸺! ◆たまにはなろう風の説明調長文タイトルを……とか思ってつけたけど、70字超えてたので削りました(笑)。 ◆テンプレのパーティ追放物。世界観は作者のいつものアリウステラ/ラティアースです。初見の人もおられるかと思って、ちょっと色々説明文多めですゴメンナサイ。 ◆執筆完了しました。全13話、約3万5千字の短め中編です。 最終話に若干の性的表現があるのでR15で。 ◆同一作者の連載中ハイファンタジー長編『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』のサイドストーリーというか、微妙に伏線を含んだ繋がりのある内容です。どちらも単体でお楽しみ頂けますが、両方読めばそれはそれでニマニマできます。多分。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうとカクヨムでも同時公開します。3サイト同時は多分初。 ◆急に読まれ出したと思ったらHOTランキング初登場27位!?ビックリですありがとうございます! ……おいNEWが付いたまま12位まで上がってるよどういう事だよ(汗)。 8/29:HOTランキング5位……だと!?(((゚д゚;))) 8/31:5〜6位から落ちてこねえ……だと!?(((゚∀゚;))) 9/3:お気に入り初の1000件超え!ありがとうございます!

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

悪役令嬢日記

瀬織董李
ファンタジー
何番煎じかわからない悪役令嬢モノ。 夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢がとった行動は……。 なろうからの転載。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

ノーアビリティと宣告されたけど、実は一番大事なものを 盗める能力【盗聖】だったので無双する

名無し
ファンタジー
 16歳になったら教会で良いアビリティを貰い、幼馴染たちと一緒にダンジョンを攻略する。それが子供の頃からウォールが見ていた夢だった。  だが、彼が運命の日に教会で受け取ったのはノーアビリティという現実と不名誉。幼馴染たちにも見限られたウォールは、いっそ盗賊の弟子にでもなってやろうと盗賊の隠れ家として噂されている山奥の宿舎に向かった。  そこでウォールが出会ったのは、かつて自分と同じようにノーアビリティを宣告されたものの、後になって強力なアビリティを得た者たちだった。ウォールは彼らの助力も得て、やがて最高クラスのアビリティを手にすることになる。

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

処理中です...