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本編
20.最期
しおりを挟む「くっ………こんな、こんなはずでは……」
もはや顔を上げる気力さえも失くし、がっくりとうなだれるクラウス。
その彼にマインハルトが声をかけた。
「だいたいお前、うちの可愛い妹に、さんざん可愛くないだの女らしくないだのと言ってくれたそうだな?」
そもそもクラウスがヴィクトーリアを嫌っていたのは、女だてらに騎士のまねごとをしてちっとも着飾ろうとしなかったからである。出会った当初こそ彼女は少女らしい可愛らしいドレスに身を包んでいたのだが、いつしか剣を持つようになり、公立貴族院に入学した13歳の頃からは身体に合わせて特注した鎧まで身につけるようになっていた。
以来、貴族院の授業中こそ鎧の着用を控えていたものの、それ以外では公私ともにずっと甲冑姿で通していたヴィクトーリアである。夜会や茶会の時にさえそうだったのはすでに本人が述べた通りだ。
「あ、当たり前だ!着飾りもせずに無骨な鎧姿ばかりで、可愛げも何もあったものではなかったわ!」
「お前、コイツがなんで甲冑姿で通していたのか知らんのか?」
そう言われて「は?」と間抜けな声を上げたのはクラウス。
同じく「え?」と声を上げたのはヴィクトーリアだ。
「え、それは辺境伯の娘だからと──」
「待て待て兄上、何を言い出すんだ!?」
「コイツはな、いつでもお前の隣でお前をまも」
「わー!わー!わー!」
呆れ果てた目で事実を告げようとしたマインハルトの声は、慌てまくった妹の声にかき消された。
「ばっバカ兄!デタラメを言うな!」
「お前、もしかして言ってなかったのか?」
「そんなの言えるわけな……じゃない!そんな事実はない!ていうか何で知っている!?」
「いやわしもそう聞いとるんじゃが?」
「ていうか家中全部知ってますよ?」
「な、バカな!?」
ウルリヒとルイーサにまで当然のように肯定されてうろたえるヴィクトーリア。周り全部にバレていると彼女だけが気付いていなかった。
「将来公王になられるクラウス様のお隣で、クラウス様をお守りするんだー、って剣を習い始めたの、確か9歳の頃でしたよね?」
「マルトンの防具職人から『お嬢様がクラウス様の横に並び立てるような立派な鎧を作ってくれと来店されましたが、いかが致しますか』って相談されたの、いつじゃったかのう?」
「棟梁、それお嬢に入学祝いで鎧贈ってあげた時だから、3年前じゃねえか?」
「おお、そうじゃった」
「公国で一番の騎士になるんだ、そうじゃなきゃクラウス様の隣に立てないからな!っていつも言ってたよなあ、お嬢」
「そうそう。そのくせ外じゃツンと澄まして、何でもない顔してさ」
「わー!嘘だー!私はそんな事してないし言ってない!」
いつの間にやら他の軍団長たちまで集まってきて、あっという間に暴露大会になっていく。
「殿下の誕生日に何贈ろう?って毎回悩んでましたよね?」
「花束に添えるメッセージカードとか毎回丁寧に心込めて書いてたよなトリア」
「そのくせ自分じゃ絶対手渡そうとしないんだから」
「贈り物だって何回代わりに届けたことか」
「もう……止めてぇ……」
とうとう真っ赤にした顔を両手で覆って、彼女は立ち尽くしてしまった。
実は最初に顔を合わせた8年前、一目惚れしたのはヴィクトーリアのほうである。クラウスは当時から公王家であるバーブスブルグ家に特有の赤味のある金髪に紺碧の瞳の見目麗しい公子さまで、その彼が自分だけを瞳に写して「これからよろしくね、ヴィクトーリア嬢」とにこやかに微笑みかけてくれたものだから、彼女はすっかり舞い上がってしまったのだ。
そんな彼女がクラウスに並び立てるよう高みを目指したのは当然のことであった。それが婚約者として、将来の公妃としての立ち居振る舞いやたおやかさではなく物理的な武力になったのは尚武の気風のエステルハージ家ならではであったが、言ってしまえばそれこそがふたりの決定的なすれ違いを生んでしまったとも言える。
だがそれでも。彼にいくら否定されようとも、たとえ彼から愛されなくとも、彼女は自分の信じた道を進むことをやめようとはしなかった。いつかは理解してくれると、そう信じていた。
そう。彼女は彼を支えて生涯をともにするつもりでいたのだ。あの日、クラウスとタマラがふたりきりで楽しそうに話していたあの姿を見るまでは。
「なんだよ………」
驚いたのはクラウスである。
「そんなの全然知らんかったわ!」
知らんも何も、婚約して2年目で剣を腰に下げてきたヴィクトーリアを見て愕然として、女の子がそんなものを身につけるんじゃない!と理由も聞かず頭ごなしに叱りつけ、盛大に喧嘩したのはクラウス自身である。その際に「私も大人になったらクラウス様と一緒に戦うんだ!」と言われて「公王が自ら戦うなんてあるわけ無いだろう!いいからそんなもの置いて来い!」と全否定したことを、彼はすっかり忘れてしまっていた。
その全否定にショックを受けて意固地になったのが当時9歳のヴィクトーリアだった。つまりはそれ以降の鎧姿は、意固地になって拗ねた彼女とクラウスの力になりたい乙女な彼女との混ざりあった姿だったのだ。
そして鎧姿を改めない彼女に、彼も意固地になって彼女の表面のみしか見なくなっていた。内面の可愛さに気付けなくて当然である。
「素直に言えねえとかツンデレか!」
堪らずにクラウスは叫んだ。そんなにも長く一途に思ってくれていたなんて、さすがのクラウスでも可愛いと思ってしまったのだ。
「うるさい黙れ!」
「乙女にも程がある!」
「お前にだけは言われたくない!」
「ていうか可愛すぎだろお前!」
「い、今さら可愛いとか言うな!」
顔を真っ赤にしたまま言い合うクラウスとヴィクトーリア。だがクラウスがハッと気付くと、彼女は涙を流して怒っていた。
「今まで…」
真っ赤な顔のまま目尻に涙をいっぱいに溜めて、彼女は叫んだ。
「そんな事一回も言ったことないくせに!!」
呆然とするクラウス。確かに彼には彼女を褒めた記憶がなかった。最初は単に褒めるのが照れくさかっただけだが、彼女が剣を持つようになってからは、騎士の真似事をする彼女を褒める気も失せていたのだ。
その結果が、褒めることもなく罵倒し続けての今日この仕儀である。
「今さら気付いたって遅いんだよ」
「そうじゃな、今さらどうにもならん」
マインハルトとウルリヒの冷めた声にクラウスはハッと我に返る。そう、そんな可愛い婚約者を、彼は自ら手放したのだ。
「は……はは………」
そのことに気付いて、彼は力無く笑うしかない。
「なあ、ヴィクトーリア、今からでも──」
「嫌だ」
やり直そう。
その一言は、かつて自分を愛してくれていた少女の冷たい声に打ち消された。
「あの時、瀕死の重傷で意識を失った私を治癒することは許さない、と言ったそうだな」
そう言われて愕然と目を見開くクラウス。それもまた確かに自分が言ったことだ。
「そうまで言われて、愛も恋も残るものか」
“そのような相手への感情など、怨みしか残らんわ!”
クラウスの脳裏に父王の言葉が蘇る。
「そう、か。そうか………」
今度こそ絶望し、彼は力無く座り込む。
その頬に、キラリと光るものが一筋伝う。
「内乱まで起こした以上、誰かが責任を取らねばならん。さすがにそれくらいは、分かるな?」
「ああ……」
ヴィクトーリアの冷たい宣告に、クラウスは力無く頷いた。
「責任は全て、この私にある。今さら逃れようとは思わん」
そうしてクラウスは、涙に濡れた目で彼女を見上げた。
「だが、最後にひとつ我侭を言っていいか」
「聞こう。なんだ?」
彼はしっかりとした声で、ハッキリと告げた。
「せめて最期は、お前の手で終わらせてくれ」
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