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01.怪物と謎掛け
しおりを挟む『ここまで良くぞ参った。知恵なき人の子らよ』
行く手に立ちはだかった怪物が、人の言葉を発した。
獅子の身体に、美しい女の頭部と露わになった見事なふたつの大きな乳房。背には鷲の翼を持ち、尾は長大な毒蛇。
そういう姿の、世にも怪異な怪物であった。
『通りたくば我が問いに答えるがいい。正しき答えを返せぬようなら汝らの生命をいただく』
もう何年も、ここフェキオーン山の峠道の頂上付近に出没してはこうして謎掛けを仕掛け、答えられぬ旅人を喰らう怪物がいる。そのことに地域の冒険者ギルドは大いに苦慮していた。
だが討伐に向かわせても誰ひとり戻って来ず、辛うじて謎掛けに答えられて峠の向こうにたどり着くことができた旅人たちから怪物の情報こそ得られたものの、毎回異なるというその謎に対策を考えることもできなかった。戻って来ない冒険者パーティが3組を数えた段階でギルドは一般募集の掲示板から当該依頼を削除し、以後はこれぞと思うパーティに指名依頼という形で提示して、受けるも断るも自由と告げるようになった。
そうして指名依頼を受けたパーティがふた組まで未帰還となり、藁にも縋る思いでギルドはとある勇者候補のパーティに依頼を発注した。
勇者とは、世に数ある冒険者たちの中から経験を積み実績を挙げて実力を蓄え、地位と名声を高めて世間に求められて立つ、人類の守護者というべき者のこと。勇者として認められるのは世代あたり多くとも2、3人というところだが、そこに至る一歩手前には十数人程度の“勇者候補”がいるものだ。
そうした勇者や勇者候補とそのパーティは、一般の冒険者ギルドではなく勇者専門の支援組織によって支えられ、依頼が殺到して忙殺されることのないよう調整されている。要は雑多な依頼を選別され、真に勇者の力を必要とする仕事だけが彼らの元に届くのだ。
そうして依頼を受けた勇者候補パーティはフェキオーン山へと向かい、今こうして怪物と対峙することとなったのである。
『汝ら、誰が我が問いに答えようか。あるいは全員で挑むなりや』
「私が、答えます」
進み出たのは法術師の娘である。歳の頃は十代の半ばから後半といったところで、成人してまだそうは経たない若さである。
この世界では神々に仕える聖職者のことを、一般的に法術師という。彼女は数ある宗教の中でも信者数のもっとも多いイェルゲイル神教の、癒やしの法術を扱う青派の法術師であった。
他のメンバーは彼女の後ろで、無言のまま状況を見守っている。
『もしも我が問いに答えられぬ、あるいは誤った答えを返す、そうした場合には汝ら全員我が肚に呑まれることとなるが、覚悟や如何に?』
「それは異議があります」
法術師の娘は、真っ直ぐに怪物を見据えてハッキリとそう言った。
「謎掛けはあくまでも1対1の問答。私たち全員を食いたくば、全員に勝利すべきでしょう」
『……ふむ。道理であるか』
しばし考えて、怪物は首肯した。よほど自信があると見える。
まあそれも当然か。今まで数十人もの犠牲者を、この怪物は喰らってきたのだから。
『ではまず娘、汝に問おう。⸺朝には四つ足、昼には二本足、そして晩には三本足となる。そは何者ぞ』
「…………えぇ……」
法術師の娘は困惑した。わずか1日でそのように姿を変える生き物など聞いたこともない。
自分たち人間は言うまでもなく二本足である。そして目の前の怪物は獅子の躯、つまり四本脚だ。そこまではいい。だが三本足の生き物とはなんだろうか。鳥は二本脚であり、獣の多くは四本脚であり、中には蛇など脚のないものもいる。一方で虫のように六本脚や、もっと脚の多い生き物だっている。だが脚はいずれも必ず偶数で、奇数というのは聞いた憶えがなかった。
いや、もしかすると生物だと思わせておいて、実はそうではないのかも知れない。だが生物ではないとなると、なおさら1日のうちにそのように姿を変えるなどあり得ない。例えば机や椅子は四本脚であり、それは壊れるまで変わらないはずだ。だが壊れたところで脚が減るだけであり、二本から三本に増えることはない。
『さあ、返答や如何に』
「…………。」
『沈黙は回答不能と見做すが、それでよいのだな』
「…………くっ」
法術師の娘は答えられなかった。どう考えても、そのような生き物などいるはずがない。というか、この怪物の謎掛けに本当に答えなどあるのか?実は回答不能の問いかけをされてはいないか?
「……答えを、教えて下さい」
悔しそうに顔を歪めて、ついに娘は降参した。それを聞いた怪物は顔を愉悦に歪め、赤く長い舌を出して自らの唇を舐めた。
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