上 下
2 / 12

02.望まぬ婚約

しおりを挟む
「ウソでしょ!?なんで!?絶対嫌よ!」

 久しぶりに実家に戻ったアンジェラ、いやアンジェリーナを待っていたのは、文字通り『あり得ない縁談』だった。

「なんでストーン侯爵家の当主がうちに縁談ふっかけてんのよ!もう一度断ってるのに意味分かんないでしょ!」

 グロウスター伯爵家うちに、というよりウチに、か。
 いやまあ、先方の魂胆は見え透いているんだけどさ。

「そう言わないでおくれアンジー。私としても断りようがなかったんだ」

 もうすでに泣きそうな顔のお父様。私が激高して蹴っ飛ばすのが分かり切ってるのに、それでもこの縁談を持って来ざるを得なかったわけで、さすがにちょっと可哀想になってくる。
 まあそもそも、しがない伯爵家が上位の侯爵家からの縁談を断るなんて普通はできないもんね。一度目は何とかできても二度は無理でしょ。

「………ねえ、“対策”は済ませてるのお父様?」
「全てではないが、最低限の根回しは済んでいるとも。まだ安心は出来ないから、引き続き動くつもりだがね」
「じゃあ、にやるけど構わないわよね?」
「お前が嫌がるのなんて分かり切っていたことだからね。心配せずともいいから、好きなようにやりなさい」
「分かりました。ありがとうお父様、愛してる」

 そう言って父の首に抱きついて頬にキスをすると、優しく髪を撫でられ腰を軽く抱きしめられた。ホントうちのパパカッコいいわ。顔はおっさんだけど心は超イケメン!

「アンジー」

 声をかけられて父から身を離してそちらを見ると、兄が玄関ロビーに顔を出してきたところだった。

「ただいま帰りました兄様」
「うん、お帰り。それで?お前はどうするんだ?」
「そうね、ひとまずはエトルリアを目指すとするわ」

 エトルリアならレギーナ先輩やミカエラ先輩のツテも頼れるし、なんならその先のスラヴィアにも行けるし。さすがに自由自治州スラヴィアまでは追いかけて来れないでしょうし。

「あ、お母様と姉様は?」
「母上は今日は陛下のお茶会に呼ばれておいでだ。キャロルはヨークシア侯のお邸で、いつもの午餐とお茶会に行っている」
「そう。ならその両家はおふたりにお任せしていいわね」

 おそらく、キャロライン姉様がヨークシアの次期侯に輿入れが決まったからストーン侯ヤツも動き出したんだろうなあ。今までの縁談は『姉より先に嫁ぐ訳には参りません』って断ってたしなあ。
 しまったなあ、こんな事になるならもっとハッキリ断っとくべきだった。
 ま、いっか。今度は二度と嫁にしたいなんて思えなくなるほどだけだし。相手はストーン家のボンボンだし、好きにしていいって言われたし、遠慮は良くないよね?

「アンジー、悪い顔になってるぞ?」
「あらやだ、失礼しました兄様」

 さて、じゃあ私も動きますか。
 まずは部屋に戻って、伯爵家の紋入りの便箋に陛下宛ての親書を手早く書き付けて、インクを乾かしてから宛名と署名を認めた封筒に入れて蠟封。指をパチンと鳴らすと、どこからともなく現れたのは私付きの専属侍女。侍女ながら護衛としても隠密としても極めて優秀な、私のお気に入り。

「オーロラ、これを陛下にお届けして欲しいの」
「畏まりました。ですが陛下には今、サマンサ奥様がお願いしておられるはずですが?」
だからね、私からも一言お詫びを申し上げないと」
「なるほど、確かにそうですね」

 顔色ひとつ変えずに頷くオーロラ。もうホントうちの人たちみんな私が何しようと驚かないし、何しようとしてても肯定してくれる。みんな大好き!
 オーロラは親書を受け取って一礼したあと、前触れもなくいきなり。彼女に任せておけば確実に陛下まで届けてくれるから安心だ。

 と、そこで表が騒がしくなる。何事かと窓から正門の方を見て、

「げ」

 思わず下品な声が出た。
 だって、そこにいたのはストーン侯の私設騎士団の騎士たち。それもひとりやふたりじゃない、一部隊単位で揃っていたのだ。
 ちっ、私が戻ってるのをこんなに早く嗅ぎつけるとはね!敵ながらなかなかやるじゃないの!

 しかしこうなると、迂闊に部屋から出られない。私が居ないとなればアイツらの事だ、に多少の狼藉くらい当たり前のように振るうだろう。私は冒険者としても鍛えてるし、包囲を突破して逃げるくらいならできるけど、お父様や兄様は普通の貴族で荒事は向かないし、使用人たちの大半もそうだから奴らに抵抗する術がない。
 しばらく待っていると、廊下が騒がしくなる。私の周りにはオーロラ以外の侍女や護衛たちが控え室から集まって来ているが、まあそれも戦力にはならない。なのでソファに腰を下ろす。ひとまず腹を括るしかない。

 部屋の扉はノックもなしに開け放たれた。念の為鍵かけてたのに、その鍵ごとドアノブをぶち壊しやがったな。

「伯爵家次女のアンジェリーナ殿とお見受けする」

 入ってきた騎士は、いきなりそう言った。ドアを壊した詫びもなく、自らの名を名乗ることもなく、跪いて礼をすることもなかった。ストーン侯の威を借りて、こっちが下手に出ることを疑ってもないその態度に虫唾が走る。そんな所までご主人様に似なくてええんやで?

「不法に侵入した無礼者に名乗る名はありません。出ていきなさい」

 だからちょっと令嬢らしく撥ね付けてみた。とは言っても帰ってきたばかりで旅装のままだし、令嬢らしさは微塵もないけどね!

「ストーン侯ショーン様が直々に、当家へお迎えするようにとの仰せだ。早速逃亡を図ろうとしたようだが、大人しく従うほうが身のためですぞ」

 先頭の騎士の男は偉そうに胸を張って私を見下ろしながら言った。偉いのはオマエじゃない、オマエのご主人様だ勘違いすんなオッサン。オマエせいぜい部隊長クラスだろうが。
 いやそのご主人様も権力を履き違えた痛い子なんだけどさ。前のストーン侯は話の分かるいい人だったのに、どうして息子はこうなるかなあ。

 無視したままソファに座って、控えている侍女にお茶まで言い付けてる私にイラッときたのか、騎士が一歩近付いてきた。
 だからこれでもかと冷徹な声を出して言ってやった。

「触るな、下郎」
「げっ、下郎だと!?」
「私設騎士ごときが伯爵家に対するこの無礼、覚悟はあるのでしょうね?お前たち全員の素性を調べて家族ともども破滅させるくらい、わけないのですよ?」

 グロウスター家はこれでも高位貴族の一員だし家が困窮しているわけでもない。田舎貴族だが歴史は古いし、使える伝手も自前で揃える武力も財力もそれなりにある。さすがに侯爵家には及ばないが、それでも私設騎士程度なら何人だって破滅させられるのだ。
 まあお父様はお優しいからそんな事なさらないけどね!

 私の言葉に隊長の騎士が僅かに怯む。いやこの程度でビビるのかよヘタレか!と思いながら立ち上がる。

「とはいえ、ここで貴方達ごとき下賤の者共をいくら誅したところで我が家の損失にしかなりません。いいでしょう、案内なさい。貴族の令嬢をかどわかすのがどれほどの罪になるのか、侯爵様に教えて差し上げないとねえ?」

 だいぶ悪い顔で笑えたと思うんだけど、隊長は明らかに怯んだからまあ上手く出来たんだろう。

 そうして大人しく私設騎士に囲まれて私は部屋を、邸を出て、彼らの用意した馬車に乗り込み王都の侯爵邸に連れ去られた。お父様や兄様が心配そうな目で見てたから、安心させるようにウインクしてあげた。
 いや待って、兄様のその顔は私がやり過ぎるのを心配してそうな気がするんだけど!?


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 馬車に揺られて街道を走る。うちの領地はけっこう僻地だからある程度距離を移動するのに、今どき脚竜車じゃなくて馬車ってんだから、カッコつけのストーン侯らしい。でも馬車だと足が遅いから今日中には王都に着かないな。途中で宿を取るか、それとも野営でもするんだろうか。
 まあ野営だろうな。街中だと人目につくから暴れるわけにもいかないし、私が逃げ出して路地にでも隠れれば見つけられなくなるでしょうし。
 つうか王都の侯爵邸から馬車差し向けてるってことは、縁談を受けて私が家に戻るのを見越して動いてたってことじゃない。チクショウ全部ヤツの手のひらの上かよ!ああなんかムカつくぅ!

 そんな事を思いながら窓から街道の景色を眺める。その視線の先、遠くに見える森の入り口のあたりに一騎の騎馬ならぬ騎竜が目に入った。

 ん、あれ?今のオスカーさんじゃなかった?ずいぶん遠くて青豆ソイの粒ほどにしか見えなかったけど、咄嗟に魔術で[感覚強化]して目を凝らしたから、多分見間違えじゃないはず。
 しかもこっち見て笑ったような気がするんだけど!?気のせい?気のせいじゃない?どっち!?

 と思ってもう一度見たときにはそこにはもう誰もいなかった。何なんだろう一体。見間違えじゃないとして、もしかしてまだ私を追いかけて来てるの?実家バレしたくないって私言ったよね!?


 結局その後はそれらしい姿を見ることもなく、夜になって一行は街道から逸れて森の中で野営の準備を始めた。案の定街で宿を取るつもりはないようだ。まあ私設騎士だけで十数人いるからね、それだけの数を泊まらせるだけの資金も渡されてないんだろう。
 ていうかさ、これ、コイツらが私を襲う気になれば軽くピンチなんだけど?まあさすがにご主人様が嫁にしようとしてる女を襲ったりはしないだろうけど、目撃者は出ないだろうし口裏を合わせればどうとでもなりそうな。襲うったってエッチな意味じゃなくて殴る蹴るの方だってあり得るしね。

 まあそうなればこっちとしても存分に冒険者としての実力を披露するだけだけどね!武器も鎧も持ってこれなかったけど、いざという時に備えて隠した暗器はちゃんと懐にあるし。私は普段からソロで動いてるんだから、はいつだってあるのよ。ふふん。

 ………とか思ってたのに、何事もなく普通に食事が用意されて別に毒も入れられてなかった。なんか拍子抜け。

「すいませんねお嬢さん。こんな暗い森の中で不安でしょうけど」

 私設騎士のひとりが、私に食事を運んできた際にそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。なんだ、アレな侯爵の私設騎士なのにマトモな人もいるじゃない。

「大丈夫よ。私慣れてるから問題ないわ」

 なんで慣れてるのかは言わない。私が冒険者をやってるってことは社交界ではひた隠しにしてあるから、末端の私設騎士が知ってるはずもない。
 まあ察してる勘のいい貴族はいるかもだけどね。〈賢者の学院〉の“力の塔”出身で、勇者候補の「候補」に挙がったことがあるって経歴は周知されてるから。
 ていうかストーン侯の狙いもほぼ間違いなくそれだろう。力の塔の卒塔者ってだけでも国家の柱石となれるレベルの人材だし、それが卒塔後2年も出仕せずに結婚もしないでフラフラしてるんだから、それを押えれば自分の権勢をさらに増せると考えててもおかしくない。
 まあそれならそれで真っ先に陛下が動くはずなんだから、少し考えればなぜ私がフリーで遊んでられるのか分かりそうなもんだけどなあ。

 ま、それが分かんないからあのボンボンは駄目なのよね。

「え、慣れてるんすか」
「そうよ。うちは辺鄙な田舎領地で森も野山も多いし、無駄に領地も広いから護衛たちと一緒に視察途中で野宿ぐらいするもの」
「ああ、そうなんすね」

 私設騎士はそれだけで納得したのかそのまま下がっていった。多分この人平民の出だなー。いい人だけれど、そんなんじゃコロッと騙されるよ君?世の中世知辛いんだからね?

 とまあ、そんな事はさておき私は据え付けられた仮設テントに潜り込んだ。これは私のために用意された寝所で、ちゃんと毛布も用意してある。そしてさすがに中までは騎士たちは入ってこない。だから個室だ。
 まあ入って来られたら、それはそれで大問題だけどね。
 テントに入る際にそれとなく周囲の様子を窺ってみる。騎士たちはそれぞれ寝袋を用意して潜り込んだり、火の番をしたり見張りに立ったりと色々だ。隊長の姿が見えなかったので、多分アイツは馬車で寝るんだろう。
 いや間違ってるだろオイ。護衛対象(連行対象ともいう)の私をこそ馬車に入れとくべきだろうが。

 まあ文句を言っても始まらないので、寝るか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】メンヘラ製造機の侯爵令息様は、愛のない結婚を望んでいる

当麻リコ
恋愛
美しすぎるがゆえに嫉妬で嘘の噂を流され、それを信じた婚約者に婚約を破棄され人間嫌いになっていたシェリル。 過ぎた美貌で近付く女性がメンヘラストーカー化するがゆえに女性不信になっていたエドガー。 恋愛至上の社交界から遠ざかりたい二人は、跡取りを残すためという利害の一致により、愛のない政略結婚をすることに決めた。 ◇お互いに「自分を好きにならないから」という理由で結婚した相手を好きになってしまい、夫婦なのに想いを伝えられずにいる両片想いのお話です。 ※やや同性愛表現があります。

双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々

神田柊子
恋愛
【2024/3/10:完結しました】 「双子の聖女」だと思われてきた姉妹だけれど、十二歳のときの聖女認定会で妹だけが聖女だとわかり、姉のステラは家の中で居場所を失う。 たくさんの人が気にかけてくれた結果、隣国に嫁いだ伯母の養子になり……。 ヒロインが出て行ったあとの生家や祖国は危機に見舞われないし、ヒロインも聖女の力に目覚めない話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ヒロイン以外の視点も多いです。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/3/6:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】好きになったら命懸けです。どうか私をお嫁さんにして下さいませ〜!

金峯蓮華
恋愛
 公爵令嬢のシャーロットはデビュタントの日に一目惚れをしてしまった。  あの方は誰なんだろう? 私、あの方と結婚したい!   理想ドンピシャのあの方と結婚したい。    無鉄砲な天然美少女シャーロットの恋のお話。

2度と恋愛なんかしない!そう決意して異世界で心機一転料理屋でもして過ごそうと思ったら、恋愛フラグ!?イヤ、んなわけ無いな

弥生菊美
恋愛
付き合った相手から1人で生きていけそう、可愛げがない。そう言われてフラれた主人公、これで何度目…もう2度と恋愛なんかしないと泣きながら決意する。そんな時に出会った巫女服姿の女性に異国での生活を勧められる。目が覚めると…異国ってこう言うこと!?フラれすぎて自己評価はマイナス値の主人公に、獣人の青年に神使に騎士!?次から次へと恋愛フラグ!?これが異世界恋愛!?って、んな訳ないな…私は1人で生きれる系可愛げの無い女だし ありきたりで使い古された逆ハー異世界生活が始まる。 ※登場キャラ「タカちゃん」の名前を変更作業中です。追いついていない章があります。ご容赦ください。2024年7月※

わたくしは悪役令嬢ですので、どうぞお気になさらずに

下菊みこと
恋愛
前世の記憶のおかげで冷静になった悪役令嬢っぽい女の子の、婚約者とのやり直しのお話。 ご都合主義で、ハッピーエンドだけど少し悲しい終わり。 小説家になろう様でも投稿しています。

【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです

菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。 自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。 生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。 しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。 そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。 この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。

【完結】「義妹を溺愛するヤンデレ公爵令息は、ハニートラップに引っかかり義妹を傷つけたアホ王子を許さない」

まほりろ
恋愛
第一王子アルウィンにはソフィア・バウムガルトナー公爵令嬢という婚約者候補がいた。 しかし王子は男爵令嬢のクロリスこそが【真実の愛】の相手だと信じて疑わなかった。 ある日王子はクロリスにそそのかされ、顔も知らないソフィアを悪女と決めつけ婚約者候補から外してしまう。  だがソフィアを婚約者候補から外した直後、ソフィアが絶世の美少女だと知った王子は彼女を手放すのが惜しくなる。 王子はソフィアを婚約者候補に戻そうとするが……。 ソフィアに、 「殿下は私と同じ年であらせられるのに、すでに真実の愛のお相手を見つけられているのですね。羨ましいですわ。ぜひその方と添い遂げてください。私、陰ながら殿下の恋を応援しております」 と言われ振られてしまう。 その上、義妹を溺愛する公爵令息を怒らせてしまい……。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※小説家になろう、異世界恋愛ジャンルランキング、2022/09/05朝と昼、日間14位まで上がった作品です!

処理中です...