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第五章【蛇王討伐】
5-56.失意の帰還【R15】
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【注意】
今回もR15回です。描写は少ないですが人が殺されるシーンがあります。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
アルベルトの手でアプローズ号の寝室まで運び込まれたレギーナは、彼が退出したあとミカエラたちの手によって衣服を整えられ、そのまま寝かされている。アルベルトが抱いていた時から彼女はずっと血の気の引いた蒼白な顔色のままで、意識も戻らないから気掛かりではあったが、これ以上彼にできる事はない。ミカエラによれば[請願]で身体的な損傷は全て癒せたとのことなので、あとはレギーナ自身の精神的な回復を待つしかない。
なおそのミカエラも[請願]で持てる霊力を使い果たしていて、アプローズ号まで戻ったあとに力尽きて昏倒したため寝かされており、ふたりの世話のためヴィオレが寝室に残っている。
「そうか。勇者殿は敗れたのか」
事情を聞かされた銀麗の声音にも、どことなく消沈の気配が滲む。
「やはり吾も同行すべきであったか」
「いや、アプローズ号の護衛に君を残した判断は間違ってなかったと思う。問題は⸺」
問題はそこではなく、蛇王の不可解なパワーアップのほうである。
どう考えてもそれまでは互角以上に戦えていたのに、一瞬にして蹂躙されたのがアルベルトには気に掛かって仕方ない。おそらくはレギーナの力不足ではなく、他に何か要因があるはずだ。
またそれとは別に、アルベルトにはいくつか疑念も浮かんでいる。いずれにせよ、一旦アスパード・ダナまで戻って再調査と対策が必要になるだろう。
「それはそれとして、そろそろ撫でくり回すのをやめてもらえぬか魔術師嬢」
「やだ。わたしだってショックだし怖かったし癒やされたいもん」
「今だけ我慢してくれないかな」
「…………主の命とあらば、やむなし」
失意の一行を乗せたアプローズ号は、撤退下山を開始した。帰路に襲ってきた魔獣や魔物はまばらでしかなく、銀麗とクレアだけで問題なく蹴散らせた。
ポロウルで待っていたロスタムやラフシャーンとも無事に合流を果たし、簡単に経緯を説明した上で、ポロウルでは少し休憩しただけですぐにアスパード・ダナに帰還を開始した。ひと眠りしてやや回復したミカエラがレギーナを王都の神教神殿に早く収容したいと言うので、アプローズ号はロスタムほか少数の護衛だけを伴って先行することになったわけだ。
レギーナの意識はまだ回復しないままである。彼女は下山中も帰路も、そして王都の青神殿に収容されてからも目覚めずに、ずっと眠り続けている。
こうして、蒼薔薇騎士団の蛇王再封印は無念にも失敗に終わった。だが幸いにも勇者レギーナを含めてひとりの死者も出さずに撤退に成功したため、今後は彼女の回復を待って再挑戦の機会を窺うことになるだろう。
とはいえ問題は山積である。防御魔術が役に立たなかった以上はメンバー全員のレベルアップも必須となるだろうし、斬ったら湧き出る瘴気の魔物への対処や蛇王の急激なパワーアップの謎など、懸念を全て解決するまでは再戦は望めそうにない。前途は多難と言っていいだろう。
王都アスパード・ダナで待ちわびていた福王のメフルナーズも蒼薔薇騎士団の敗報に驚いたものの、引き続き万全の支援体制を約束してくれた。蒼薔薇騎士団とアルベルトは元のまま極星宮を貸し切りで与えられ、活動拠点として活用する事になった。
だが全ては、勇者レギーナの復活いかんにかかっている。その勇者は、未だ目覚めの気配がなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『……フン。逃がしたか』
封印の洞窟の、その最奥部。石造りの玉座まで戻ってきた蛇王は忌々しそうに吐き捨てて、どっかりと腰を降ろす。
『まあよい。彼奴らが再び現れた時、その時こそ我が瘴気の糧としてくれるわ』
そう嘯く蛇王の全身に、再び瘴気の黒い炎が燃え盛り始めている。もし次があるとしても、最初からこの状態で勇者どもの相手をする事になるだろう。
『⸺ま、怖気づいて二度と来ぬかも知れんがな』
ニヤリと嗤った蛇王が無造作に右腕を振るう。その腕の瘴気の炎が、まだ広間に残っていた浄散霧をアッサリと消し飛ばした。
その時、いくつかある横穴のひとつから出てきた人影がある。漆黒のローブを被って顔を隠した、やや小柄な背の曲がった人物である。
一見すると人間のようだが、常人が立ち入って無事に済むはずのない場所に何故今まで潜んでいたのか。そして何故隠れていずに蛇王の前に姿を現したのか。
『そなたか。大儀であったぞ』
「お褒めにあずかり恐悦至極にございます」
なんと漆黒ローブの人物は、蛇王の眼前まで進み出ると拝跪して額づいたではないか。
『今後も瘴気の供給を絶やさぬように致せ。蛇どもの贄もな』
「無論でございます。⸺ささ、お疲れでありましょう。すぐに今宵の贄をお捧げ致しますゆえ」
漆黒ローブが手を叩く。それを合図に、同じ横穴から漆黒ローブ姿の人物がもうひとり現れた。
先に現れた人物よりもやや背が高く細身で、先の人物は老齢の男性を思わせる声だったがこちらは若い女性の雰囲気がある。その白く細い手にはロープが握られていて、それを引っ張ると「さっさと来い!」と声を上げた。声からしても、やはり若い女性のようである。
ロープの先に繋がれていたのは、みすぼらしい衣服をまとった若い男女であった。ふたりとも目隠しをされ手首と腰をロープに拘束されて、不安を隠しきれない様子でソロリソロリとおぼつかない足取りのまま蛇王の前までやって来る。
ニタリと嗤った蛇王の両肩、生えている二匹の蛇が赤い舌をチロチロと出し入れする。次の瞬間、二匹はまたたく間に伸びて、生贄の男女の頭に大口を開けて噛み付いた。
「っぎゃあああああ!」
「嫌あああああ!」
目隠しされたままの男女に避けることなど出来ようはずもなかった。バキッゴキッと頭蓋の砕ける音がして、悲鳴を上げていた男女から動きも悲鳴もすぐに消えた。後には頭蓋を噛み砕く音と、脳漿をすする音だけが響く。
間もなく食事を終えた蛇たちが、生贄を解放した。脳だけを喰われ、物言わぬ骸と化して倒れ伏した生贄たちを、蛇王が掌をかざして瘴気の炎で焼き尽くした。
『クククッ。この調子で力を取り戻してゆけば、すぐに忌々しい封印も打ち壊せるようになろう。その時が愉しみよな』
「御意」
死の匂いが濃厚に漂う玉座の広間に、蛇王の哄笑がいつまでも木霊するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「⸺ほほう、さよか」
王都アスパード・ダナのとある場所。報せを聞いた男は糸のように細い目をさらに細めてニンマリと笑う。
「やっぱ姫さん敗けよったかあ!っしゃっしゃ、こりゃ大スクープやがな!」
何が楽しいのか、男は小躍りしつつ手を叩いて大喜びしている。歳の頃は40代といったところ、細いのは目だけでなく手も足も、全身すべてがほっそりしている。
「おっとこうしちゃおれへんわ、早速記事にまとめなアカンな!全世界の『西方通信』読者の皆様に、この大スクープをお届けするでぇ!」
ご機嫌な男はデスクに向かうと、猛烈な勢いで原稿用紙にペンを走らせ始めた。こうなると周りがどれだけ騒いでも反応しなくなるため、彼に詳報をもたらした男はため息とともに踵を返す。
「じゃ、報酬の支払いよろしく頼むっすよ、旦那」
そう言い残して彼は部屋を、建物を出て行った。それを細目の中年が聞き取れていたかは定かでない。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
ここまでで第五章【蛇王討伐】完結となります。章タイトル詐欺でスイマセン。
次回からは第六章【人の奇縁がつなぐもの】開幕となります。蛇王に敗れたレギーナと仲間たちがどう立て直すのか、そしてアルベルトとレギーナたちを取り巻く人の縁が彼らにどういう影響を及ぼすのか、そういった辺りが見どころになります。お楽しみに!
今回もR15回です。描写は少ないですが人が殺されるシーンがあります。
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アルベルトの手でアプローズ号の寝室まで運び込まれたレギーナは、彼が退出したあとミカエラたちの手によって衣服を整えられ、そのまま寝かされている。アルベルトが抱いていた時から彼女はずっと血の気の引いた蒼白な顔色のままで、意識も戻らないから気掛かりではあったが、これ以上彼にできる事はない。ミカエラによれば[請願]で身体的な損傷は全て癒せたとのことなので、あとはレギーナ自身の精神的な回復を待つしかない。
なおそのミカエラも[請願]で持てる霊力を使い果たしていて、アプローズ号まで戻ったあとに力尽きて昏倒したため寝かされており、ふたりの世話のためヴィオレが寝室に残っている。
「そうか。勇者殿は敗れたのか」
事情を聞かされた銀麗の声音にも、どことなく消沈の気配が滲む。
「やはり吾も同行すべきであったか」
「いや、アプローズ号の護衛に君を残した判断は間違ってなかったと思う。問題は⸺」
問題はそこではなく、蛇王の不可解なパワーアップのほうである。
どう考えてもそれまでは互角以上に戦えていたのに、一瞬にして蹂躙されたのがアルベルトには気に掛かって仕方ない。おそらくはレギーナの力不足ではなく、他に何か要因があるはずだ。
またそれとは別に、アルベルトにはいくつか疑念も浮かんでいる。いずれにせよ、一旦アスパード・ダナまで戻って再調査と対策が必要になるだろう。
「それはそれとして、そろそろ撫でくり回すのをやめてもらえぬか魔術師嬢」
「やだ。わたしだってショックだし怖かったし癒やされたいもん」
「今だけ我慢してくれないかな」
「…………主の命とあらば、やむなし」
失意の一行を乗せたアプローズ号は、撤退下山を開始した。帰路に襲ってきた魔獣や魔物はまばらでしかなく、銀麗とクレアだけで問題なく蹴散らせた。
ポロウルで待っていたロスタムやラフシャーンとも無事に合流を果たし、簡単に経緯を説明した上で、ポロウルでは少し休憩しただけですぐにアスパード・ダナに帰還を開始した。ひと眠りしてやや回復したミカエラがレギーナを王都の神教神殿に早く収容したいと言うので、アプローズ号はロスタムほか少数の護衛だけを伴って先行することになったわけだ。
レギーナの意識はまだ回復しないままである。彼女は下山中も帰路も、そして王都の青神殿に収容されてからも目覚めずに、ずっと眠り続けている。
こうして、蒼薔薇騎士団の蛇王再封印は無念にも失敗に終わった。だが幸いにも勇者レギーナを含めてひとりの死者も出さずに撤退に成功したため、今後は彼女の回復を待って再挑戦の機会を窺うことになるだろう。
とはいえ問題は山積である。防御魔術が役に立たなかった以上はメンバー全員のレベルアップも必須となるだろうし、斬ったら湧き出る瘴気の魔物への対処や蛇王の急激なパワーアップの謎など、懸念を全て解決するまでは再戦は望めそうにない。前途は多難と言っていいだろう。
王都アスパード・ダナで待ちわびていた福王のメフルナーズも蒼薔薇騎士団の敗報に驚いたものの、引き続き万全の支援体制を約束してくれた。蒼薔薇騎士団とアルベルトは元のまま極星宮を貸し切りで与えられ、活動拠点として活用する事になった。
だが全ては、勇者レギーナの復活いかんにかかっている。その勇者は、未だ目覚めの気配がなかった。
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『……フン。逃がしたか』
封印の洞窟の、その最奥部。石造りの玉座まで戻ってきた蛇王は忌々しそうに吐き捨てて、どっかりと腰を降ろす。
『まあよい。彼奴らが再び現れた時、その時こそ我が瘴気の糧としてくれるわ』
そう嘯く蛇王の全身に、再び瘴気の黒い炎が燃え盛り始めている。もし次があるとしても、最初からこの状態で勇者どもの相手をする事になるだろう。
『⸺ま、怖気づいて二度と来ぬかも知れんがな』
ニヤリと嗤った蛇王が無造作に右腕を振るう。その腕の瘴気の炎が、まだ広間に残っていた浄散霧をアッサリと消し飛ばした。
その時、いくつかある横穴のひとつから出てきた人影がある。漆黒のローブを被って顔を隠した、やや小柄な背の曲がった人物である。
一見すると人間のようだが、常人が立ち入って無事に済むはずのない場所に何故今まで潜んでいたのか。そして何故隠れていずに蛇王の前に姿を現したのか。
『そなたか。大儀であったぞ』
「お褒めにあずかり恐悦至極にございます」
なんと漆黒ローブの人物は、蛇王の眼前まで進み出ると拝跪して額づいたではないか。
『今後も瘴気の供給を絶やさぬように致せ。蛇どもの贄もな』
「無論でございます。⸺ささ、お疲れでありましょう。すぐに今宵の贄をお捧げ致しますゆえ」
漆黒ローブが手を叩く。それを合図に、同じ横穴から漆黒ローブ姿の人物がもうひとり現れた。
先に現れた人物よりもやや背が高く細身で、先の人物は老齢の男性を思わせる声だったがこちらは若い女性の雰囲気がある。その白く細い手にはロープが握られていて、それを引っ張ると「さっさと来い!」と声を上げた。声からしても、やはり若い女性のようである。
ロープの先に繋がれていたのは、みすぼらしい衣服をまとった若い男女であった。ふたりとも目隠しをされ手首と腰をロープに拘束されて、不安を隠しきれない様子でソロリソロリとおぼつかない足取りのまま蛇王の前までやって来る。
ニタリと嗤った蛇王の両肩、生えている二匹の蛇が赤い舌をチロチロと出し入れする。次の瞬間、二匹はまたたく間に伸びて、生贄の男女の頭に大口を開けて噛み付いた。
「っぎゃあああああ!」
「嫌あああああ!」
目隠しされたままの男女に避けることなど出来ようはずもなかった。バキッゴキッと頭蓋の砕ける音がして、悲鳴を上げていた男女から動きも悲鳴もすぐに消えた。後には頭蓋を噛み砕く音と、脳漿をすする音だけが響く。
間もなく食事を終えた蛇たちが、生贄を解放した。脳だけを喰われ、物言わぬ骸と化して倒れ伏した生贄たちを、蛇王が掌をかざして瘴気の炎で焼き尽くした。
『クククッ。この調子で力を取り戻してゆけば、すぐに忌々しい封印も打ち壊せるようになろう。その時が愉しみよな』
「御意」
死の匂いが濃厚に漂う玉座の広間に、蛇王の哄笑がいつまでも木霊するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「⸺ほほう、さよか」
王都アスパード・ダナのとある場所。報せを聞いた男は糸のように細い目をさらに細めてニンマリと笑う。
「やっぱ姫さん敗けよったかあ!っしゃっしゃ、こりゃ大スクープやがな!」
何が楽しいのか、男は小躍りしつつ手を叩いて大喜びしている。歳の頃は40代といったところ、細いのは目だけでなく手も足も、全身すべてがほっそりしている。
「おっとこうしちゃおれへんわ、早速記事にまとめなアカンな!全世界の『西方通信』読者の皆様に、この大スクープをお届けするでぇ!」
ご機嫌な男はデスクに向かうと、猛烈な勢いで原稿用紙にペンを走らせ始めた。こうなると周りがどれだけ騒いでも反応しなくなるため、彼に詳報をもたらした男はため息とともに踵を返す。
「じゃ、報酬の支払いよろしく頼むっすよ、旦那」
そう言い残して彼は部屋を、建物を出て行った。それを細目の中年が聞き取れていたかは定かでない。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
ここまでで第五章【蛇王討伐】完結となります。章タイトル詐欺でスイマセン。
次回からは第六章【人の奇縁がつなぐもの】開幕となります。蛇王に敗れたレギーナと仲間たちがどう立て直すのか、そしてアルベルトとレギーナたちを取り巻く人の縁が彼らにどういう影響を及ぼすのか、そういった辺りが見どころになります。お楽しみに!
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