上 下
303 / 319
第五章【蛇王討伐】

【幕間4】絶望の中で得たもの(1)【R15】

しおりを挟む
【注意】
今回もR15回になります。52話以降をレギーナ視点からお送りします。

少々どころではないレベルの暴力表現、およびショッキングで惨たらしい死亡表現があります。某死に戻りを繰り返す超有名レジェンド作品をお読みになれる方なら耐えられるかと思いますが無理なさらないように。
今回もまた次回の前書きに簡単なあらすじを付記しますので、今回をお読みになれなくても話の筋を追えます。ですので、お読みになった方でも無理だと感じた時点で読むのをやめることをお勧めします。



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー



「ぉご、あ……!」

 瘴気の黒い炎を全身に纏った蛇王に蹴り飛ばされた瞬間、レギーナはその動きを目で捉えることが全くできていなかった。

(なに……今、蹴られた……!?)

 それまでは“開放”なしでも、レギーナのスピードが蛇王を上回っていた。無論それで調子に乗ったりなどしないし、蛇王の動きを冷静に見極めて、回避は万全だった。瘴気の光線に脇腹を貫かれてからはなおさらだ。
 一度の[破邪]と[治癒]だけでは完全に癒やせなかったようで、受傷部位には堪えがたい激痛が残ったままだ。だからこそ、さらなる痛撃を浴びないよう彼女はより慎重に立ち回っていた。

 だというのに。
 何が起こったのか、知覚すらできなかった。

 混乱しつつも態勢を立て直すべく、吹っ飛ばされ転がった先で即座に身を起こした。
 だがその眼前、目と鼻の先には

「が……は……!」

 一瞬、意識を完全に刈り取られていた。
 それが戻ったのは、弧を描いて宙を舞ったあと、頭から地面に叩きつけられたからである。

 全身に激痛が走る。壁のように見えたのは蛇王の巨大な拳で、その拳に殴り飛ばされたのだと気付くまでに時間を要した。
 鼻が潰れていて息苦しい。上半身全体に衝撃を食らったようで、左の上腕とおそらく肋骨も折れている。[物理防御ブロック]がまだ発動している感覚があることにも気付いて、その上でなおこれだけのダメージを負わされたことに慄然とした。

 立ち上がろうとして、脚が震えていることに気がついた。
 これまで対峙してきたどんな敵よりも遥かに強大な圧倒的なまでの暴威に晒され、恐怖を感じているのだと理解が及んで、またもや愕然とした。

 それでも、自分は勇者だ。
 どんなに強大な相手であろうと、臆するわけにはいかない。臆したことを、悟られてはいけない。
 そう心を奮い立たせて立ち上がり、愛剣ドゥリンダナを構え直す。

「ま……まだ……」
『もう終わりだ、勇者よ!』

 振り絞った勇気は、蛇王の嗜虐に満ちた哄笑と、再び放たれた瘴気の光線によって木っ端微塵に粉砕された。

 蛇王が突き出した左腕、貫手ではなく指を開いた左拳の五本の指の先端から放たれた黒い光線ビームが、レギーナの左肩、右胸、右上腕、右腰、左腿をそれぞれ一瞬で撃ち抜いた。
 一度破られたあと、それでも無いよりマシと張り直していたはずの[魔術防御バリア]は、またしてもあっさりと砕けた。
 万全な状態で“開放”していれば、あるいは躱せたかも知れない。だがすでに甚大なダメージを食らっていた身では、光線を躱しようもなかった。もとより光の速度など、イリュリア王国の首都ティルカンの地下下水路でミカエラがなす術なかったように、人の身で躱せるようなものでもなかった。

「っぎゃあああああ!!」

 耐え難い痛みによる悲鳴、ではない。瘴気が体内から直接、その悍ましさと恐怖に絶叫した。
 踏ん張ることもできず吹っ飛ばされ、壁面に叩きつけられる。全身はすでに抵抗力を失い、なす術なく重力に囚われて落下する。
 そう、その壁面から崩落した大小無数の瓦礫とともに。

 落下したのはレギーナが最初で、一拍遅れて崩壊した壁面が瓦礫と化して次々と落ちてくる。あっという間に彼女は瓦礫に埋まって身動きが取れなくなった。

「ひ、い」

 まだ[物理防御]の効果が辛うじて残っていたのが幸いだったのか、あるいは不幸だったのか。次々と落ちてくる瓦礫の向こうに、哄笑しながら距離を詰めてくる死の象徴を彼女は見てしまった。
 瓦礫の下敷きになり身動きが取れない中、辛うじて動かせた左腕で頭をなんとか庇った。だが、そこまでだ。

「ああああああああああああ!!!!」

 巨岩のような蛇王の拳が、瓦礫の山ごとレギーナを容赦なく叩き壊しすり潰す。声を限りに絶叫したのは、そうしなければ恐怖のあまりに正気を保てなかったから。そこにいるはずの親友に、なんとか助けを求めたかったから。

 だがすでに崩壊寸前だった[物理防御]が仕事をしたのはここまでだった。

「ぷ、ぎ」

 鎧が服が、全身の骨が筋肉が内臓が、無残に圧し潰される音を聞きながら、レギーナの意識もまた、潰れた。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 レギーナの意識が再び浮上したのは、物凄い力で瓦礫だった小石の山から頭を掴まれ引きずり出された時である。首が引き千切られそうなほど圧倒的な力で吊るし上げられたが、すでに全身が破壊されていて抗うことさえできない。
 わずかに開いた目に、同じく恐怖の色を瞳に浮かべた親友の姿が映る。

(ごめん、ミカエラ……)

 辛うじて、それだけが頭を過ぎった。
 自分はもうダメだが、親友にだけは何とか生き延びて欲しかった。
 だがもう自分では、どうすることもできない。意図しない肉体の生存反応で肺の中の血を吐き出したものの、動けたのはわずかにそれだけだ。
 感覚のない右手にかかる重みで、自分がまだドゥリンダナを握りしめていることが分かる。せめてこれだけは、形見として持ち帰ってもらえたら。

 薄れゆく意識を必死に繋ぐ彼女の目に、眼前で動き回るアルベルトの姿が映った。だがその意味を正確に理解できる思考力さえ彼女には残っていなかった。

 頭の後ろで、誰かが何か言っている。聞き取れないそれが聞こえた直後、頭を締め付けられる感覚に気付いた。

「あ……が……あ……!」

 漏れ出た声は、もはや無意識のもの。すでに痛みさえ感じなくなっているというのに、頭蓋が軋む音だけが嫌にはっきりと耳の中を荒れ狂う。

(ああ……今度こそ……私……)

 その不快な音を聞きながら、レギーナはいよいよ生命いのちを手放そうと目を閉じた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士王と大賢者の間に産まれた男だけど、姉二人と違って必要とされていないので仕えません!

石藤 真悟
ファンタジー
 自分の家族、周囲の人間に辟易し、王都から逃げ出したプライスは、個人からの依頼をこなして宿代と食費を稼ぐ毎日だった。  ある日、面倒だった為後回しにしていた依頼をしに、農園へ行くと第二王女であるダリアの姿が。  ダリアに聞かされたのは、次の王が無能で人望の無い第一王子に決まったということ。  何故、無能で人望の無い第一王子が次の王になるのか?  そこには、プライスの家族であるイーグリット王国の名家ベッツ家の恐ろしい計画が関係しているということをプライスはまだ知らないのであった。  ※悲しい・キャラや敵にイラッとするお話もあるので一部の話がカクヨムでのみの公開としています。  ご了承下さい。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

普通の勇者とハーレム勇者

リョウタ
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞】に投稿しました。 超イケメン勇者は幼馴染や妹達と一緒に異世界に召喚された、驚くべき程に頭の痛い男である。 だが、この物語の主人公は彼では無く、それに巻き込まれた普通の高校生。 国王や第一王女がイケメン勇者に期待する中、優秀である第二王女、第一王子はだんだん普通の勇者に興味を持っていく。 そんな普通の勇者の周りには、とんでもない奴らが集まって来て彼は過保護過ぎる扱いを受けてしまう… 最終的にイケメン勇者は酷い目にあいますが、基本ほのぼのした物語にしていくつもりです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【完結】魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど、実は次の約束があんだよね〜〜なので今更戻って来いとか言われても知らんがな

杜野秋人
ファンタジー
「ただでさえ“魔力なし”の役立たずのくせに、パーティの資金まで横領していたお前をリーダーとして許すことはできない!よってレイク、お前を“雷竜の咆哮”から追放する!」 探索者として“雷竜の咆哮”に所属するレイクは、“魔力なし”であることを理由に冤罪までかけられて、リーダーの戦士ソティンの宣言によりパーティを追われることになってしまった。 森羅万象の全てが構成元素としての“魔力”で成り立つ世界、ラティアース。当然そこに生まれる人類も、必ずその身に魔力を宿して生まれてくる。 だがエルフ、ドワーフや人間といった“人類”の中で、唯一人間にだけは、その身を構成する最低限の魔力しか持たず、魔術を行使する魔力的な余力のない者が一定数存在する。それを“魔力なし”と俗に称するが、探索者のレイクはそうした魔力なしのひとりだった。 魔力なしは十人にひとり程度いるもので、特に差別や迫害の対象にはならない。それでもソティンのように、高い魔力を鼻にかけ魔力なしを蔑むような連中はどこにでもいるものだ。 「ああ、そうかよ」 ニヤつくソティンの顔を見て、もうこれは何を言っても無駄だと悟ったレイク。 だったらもう、言われたとおりに出ていってやろう。 「じゃ、今まで世話になった。あとは達者で頑張れよ。じゃあな!」 そうしてレイクはソティンが何か言う前にあらかじめまとめてあった荷物を手に、とっととパーティの根城を後にしたのだった。 そしてこれをきっかけに、レイクとソティンの運命は正反対の結末を辿ることになる⸺! ◆たまにはなろう風の説明調長文タイトルを……とか思ってつけたけど、70字超えてたので削りました(笑)。 ◆テンプレのパーティ追放物。世界観は作者のいつものアリウステラ/ラティアースです。初見の人もおられるかと思って、ちょっと色々説明文多めですゴメンナサイ。 ◆執筆完了しました。全13話、約3万5千字の短め中編です。 最終話に若干の性的表現があるのでR15で。 ◆同一作者の連載中ハイファンタジー長編『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』のサイドストーリーというか、微妙に伏線を含んだ繋がりのある内容です。どちらも単体でお楽しみ頂けますが、両方読めばそれはそれでニマニマできます。多分。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうとカクヨムでも同時公開します。3サイト同時は多分初。 ◆急に読まれ出したと思ったらHOTランキング初登場27位!?ビックリですありがとうございます! ……おいNEWが付いたまま12位まで上がってるよどういう事だよ(汗)。 8/29:HOTランキング5位……だと!?(((゚д゚;))) 8/31:5〜6位から落ちてこねえ……だと!?(((゚∀゚;))) 9/3:お気に入り初の1000件超え!ありがとうございます!

最弱の職業【弱体術師】となった俺は弱いと言う理由でクラスメイトに裏切られ大多数から笑われてしまったのでこの力を使いクラスメイトを見返します!

ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
俺は高坂和希。 普通の高校生だ。 ある日ひょんなことから異世界に繋がるゲートが出来て俺はその中に巻き込まれてしまった。 そこで覚醒し得た職業がなんと【弱体術師】とかいう雑魚職だった。 それを見ていた当たり職業を引いた連中にボコボコにされた俺はダンジョンに置いていかれてしまう。 クラスメイト達も全員その当たり職業を引いた連中について行ってしまったので俺は1人で出口を探索するしかなくなった。 しかもその最中にゴブリンに襲われてしまい足を滑らせて地下の奥深くへと落ちてしまうのだった。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

処理中です...