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第五章【蛇王討伐】
5-40.蛇封山の麓で待つものは
しおりを挟むレギーナと蒼薔薇騎士団は、ラフシャーン麾下の騎兵五百騎を伴ってレイテヘランを出発した。目指すは蛇封山、その麓にある集落ポロウルである。
騎兵は百騎で一隊とし、各隊に百騎長と呼ばれる部隊長が配置されている。五隊五百騎をもって一軍とし、騎兵指揮官が指揮する。
なお、副官はレイテヘランに残って随行しなかった。登山部隊を率いるラフシャーンに代わって北方面元帥の職務を遂行するためである。
「ラフシャーンもついてくる必要はないと思うのだけど?」
「俺はほら、軍の責任者だからな。それに北方面元帥なんて勇者の蛇王討伐を補佐するためにいるようなもんだし、これが本来の仕事ってやつなんだよ」
だから気にするこたぁねえよ、とそう言われて、そんなものかと納得したレギーナである。
ポロウルは人口が千人にも満たない小さな集落だが、宿泊施設も整っておりこの規模の軍であっても問題なく宿泊が可能だそうだ。
脚竜の脚で半日ほどしかかからないため、一行は昼の茶時頃にはポロウル入りを果たした。案内された宿は三階建ての、とても人口千人程度の小さな集落にあるとも思えないしっかりした造りの立派な建物で、それが複数棟ある。聞けば今回のために全館貸し切ってあるらしい。
普段のポロウルは、すぐ近くにあるザバーン渓谷の景観や避暑を求めて、主に夏場に観光客で賑わっているそうだ。道理で五百人規模の集団でも問題なく泊まれる宿があるわけだ。だが今年はほとんど宿泊客が寄り付かないという。
「……若干だけれど、瘴気が濃いと感じるわね」
「うわあ……こら過去イチの気色悪さやね。そら客足も途絶えるわけやん」
その宿の馬車停まりでアプローズ号を降り立つなり、レギーナが呟いた。とほぼ同時にミカエラも顔をしかめる。アルベルトには特に違和感は感じられないが、彼女たちはより鋭敏になっているのかも知れない。
だが、その彼女たちもすぐそんな事は忘れてしまうことになる。
「遠路はるばるようこそお越し下された、勇者殿」
宿の一階ホールで、彼女たちを出迎えた男がいたからだ。
その人物は漆黒の、男性にしては艷やかでやや長めの長髪で、切れ長の瑠璃の瞳が印象深い美丈夫だった。リ・カルンの制式鎧に似た漆黒の鎧を身にまとい、その上から乳白色のマントを左肩を包むように羽織っている。
長身だが痩せ型ではなく、鍛え上げられた筋肉の盛り上がりが鎧越しにさえ見て取れた。身のこなしや視線の動きにも隙がなく、相当な手練であろうことがひと目で分かる。と同時に、穏やかなその表情や柔らかな雰囲気からしてリラックスしてこの場に臨んでいることも察せられるため、本気を見せたらどこまで凄いものやら想像もつかない。
「出迎えご苦労さま。あなたは?」
そんな正体不明の強者の出迎えを受けてもレギーナはこゆるぎもせず平然としている。彼女もまた絶対的な実力者であるがゆえだが、その彼女とて内心は警戒を跳ね上げている。落ち着いていられるのは目の前の人物に敵対する意思がないと判断できるからに過ぎない。
そして名を問われた男は、静かに名乗った。
「王の中の王の剣、公国を守護する盾、地上の栄華を護り人類を導く光輪の担い手、諸将の将ロスタムと申す。勇者殿におかれましてはお初にお目にかかる」
そうして彼は、優雅に腰を折ったのであった。
「あなたが……!」
「よーうロスタム、出迎えご苦労!」
会いたかった念願の相手が目の前にいることに、さすがのレギーナも驚きに目を瞠る。だがその後ろからラフシャーンが緊張感の欠片もない声を上げたせいで、雰囲気が台無しである。
「勇者殿もあんまり畏まる必要はないぞ。コイツは外面だけは上手く繕ってるが、ヤンチャなのは昔から変わってねえからな!」
「おいやめろラフシャーン兄。せっかく人がキメてるのに台無しだろうが」
「取り繕ったってすぐにボロが出らあ。無駄なことはやめておけ」
「…………なに?あなたたち兄弟なの?」
ロスタムは美形に見慣れたレギーナでもちょっと驚くほどのカッコよさだが、ラフシャーンはどちらかというとオラオラのワイルド系で、顔の作りも雰囲気もまるで似ていない。ロスタムはすでに聞いていた通り33歳という年齢相応の容姿と佇まいで、ラフシャーンは壮年の40代に見えるから確かにラフシャーンのほうが歳上なのは分かるが、兄弟というのはやや無理がありそうだ。
「あー、コイツは本当の弟ではなくてな、族弟なんだ」
つまりふたりは同じ一族の血縁者で、系図上の同世代ということになる。ラフシャーンのほうが歳上だから「兄」になる、というわけだ。
「ああ、そういうこと」
「とはいえ系図上で縁戚だと判明しているだけですがね。同族で、同じ街で育ったというだけのこと」
「つれないこと言うな弟よ」
「兄とは呼ぶが、“兄”だと思ったことは一度もないからな?」
レギーナにも曾祖父母を同じくする又従兄弟やもっと前の祖先から分かれた同族がいるので、そう言われれば納得である。
つまりはふたりとも、ナハーバド家の出身であるということだ。おそらくはクーデター後に現王アルドシール1世の放浪生活を、一族挙げて支援していたのだろう。その結果として両者とも“十臣”に名を連ね、ロスタムは軍部の最高位に至り、ラフシャーンは世界の命運を握る“北”すなわち蛇封山の監視という要職に就いたのだろう。
「さて、まずは勇者殿を部屋に案内して差し上げねばならん。しばらく休んで旅の疲れを取って頂いて、話は晩餐の時にでも」
「必要ないわ」
振り返って宿の支配人に部屋への案内を申し付けようとしたロスタムを、レギーナが遮った。
「ずっと会いたいと思っていたのよ。早速お相手願えるかしら、“輝剣”の継承者さま?」
レギーナの視線と、彼女に再び顔を戻したロスタムの視線が絡む。
ラフシャーンがヒューウと口笛を鳴らして、その横でミカエラが「姫ちゃあん、程々にしときーね」と呆れた口調でため息をついた。
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