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第五章【蛇王討伐】
5-14.衛星都市ダラーム
しおりを挟む何事もなく翌朝になって旧都ハグマターナを出発した一行はその後、ダールアルソルルという街に一泊し、そこから宿場街をひとつ飛ばしてダラームに至った。
ダラームは脚竜車で旅をする者にとっては、王都アスパード・ダナに至る前の最後の宿場街ということになる。
「さすがに国の中心部まで来た、って感じがするわね」
ダラーム市街地の中心部を貫く大通りを移動していると、車内から感心したようなレギーナの声。おそらく窓から外の景色を眺めているのだろう。
ハグマターナといいダラームといい、街は活気に満ち溢れていて、大通りは行き交う多くの人や脚竜車などでごった返していた。人々の顔はどれも明るく、生活の不満や不安があるようには見受けられない。新王の治世が上手く機能しているようで何よりだ。
「ダラームは今の王都のアスパード・ダナの衛星都市のひとつだからね。国軍の駐屯地もあるから治安もいいし、住むにも商売するにもいい街だよ」
ただし王都からは脚竜車でも1日かかる距離があるから、ダラームとアスパード・ダナの経済圏は別個である。ダラームにもアスパード・ダナにも周囲に小さな村や集落がいくつもあり、それぞれの経済圏の中心都市として成り立っているのだ。
「というか、ここも王都だって言われても普通に信じられるのだけれど」
「そやねえ、フローレンティアに負けとらんっちゃないかいな」
ヴィオレの言うとおり、ダラームは西方世界であればそこそこ大きな国の首都と変わらぬほどの賑わいであった。エトルリアの総代表都市フローレンティアは大国の首都にしては人口が少なく、約25万人程度しか住んでいないが、その街を見慣れているミカエラやヴィオレたちの目には、ダラームもフローレンティアに見劣りしない大都市に見える。
「ダラームは、前回俺が来た時は人口30万人とかって聞いたかな」
「うわー負けたばいフローレンティア」
「こないだ泊まったハグマターナは、今の人口は50万人くらいだって聞いたよ」
「マジな!」
栄えある“八裔国”の一角エトルリアの総代表都市より、人口も経済規模も上回る街がいくつもあると知って戦慄する勇者様御一行。旧王都ならまだしも、王都の衛星都市に過ぎない街にまで負けるとは。
「べ、別にいいわよ。フローレンティアはメンシッチ侯の街だもの」
震え声でレギーナが強がった。
エトルリアは連邦国の体裁を取っているが、イリシャなど他の連邦国とは異なる独自の、そしてやや特殊な国体を持っている。というのも、通常は連邦国といえば複数の国家の集まりであるのに対し、エトルリアは複数の都市国家の集合体なのだ。
まあ都市国家と言ってしまうと若干の語弊もあるのだが、要するにエトルリアを構成する12の“代表都市”は、それぞれが個別に国家機能を保持しているのだ。そうして各代表都市を中心に広域経済が発達しているエトルリアは中小規模の都市が多く、人口が分散していて特定の都市に集中せずとも人々の暮らしに支障がないのである。
エトルリアの現王家であるヴィスコット王家は、本来は代表12都市のひとつメディオラの領主であり爵位は侯爵位である。そして12都市の代表つまり総代表都市として位置づけられるフローレンティアは、本来はメンシッチ侯爵の治める都市なのだ。
ヴィスコット家が王位に就くまでは、エトルリアの王位は長いことメンシッチ家が独占していた。だからヴィスコット家が王位に就いた際、メディオラに一から首都機能を構築するよりもフローレンティアをそのまま“首都”として活用する方が安上がりで、混乱も少なかった。それでヴィスコット1世、つまりレギーナの祖父はフローレンティアに居を移して即位したのだ。
それ以来、エトルリア王位にはヴィスコット家の当主が就いていて、その後継者つまり王太子がヴィスコット侯爵としてメディオラを治めることになっている。だからヴィスコット2世、レギーナの父が王位にあった時は現在の3世、2世の弟が王太弟としてヴィスコット侯爵位にあった。その3世が王となった今は、レギーナが勇者にならなければ王太女としてヴィスコット女侯爵となり、メディオラを治めていたはずであった。
「そういえば、今のメディオラは誰が領主になっているんだい?」
「今は叔父上が王位と兼務してるわよ。他に誰もいないもの」
ヴィスコット2世にはレギーナ以外に子ができなかった。ヴィスコット1世にはアンドレアとフェデリコの兄弟、つまり2世と3世だけしか子が生まれなかった。そして3世フェデリコの子は、先年にようやく生まれた現在2歳のダニエルただひとりである。
なので爵位は王太弟時代から引き続き3世フェデリコが保持している。そしてメディオラの領主の役目は、2世の王后であったレギーナの母ヴィットーリアが代行している。
ちなみに3世フェデリコは、レギーナが〈賢者の学院〉を卒塔する際に「勇者にならずに侯爵位を継いでメディオラを治めてくれ」と頼んで「絶対に嫌よ!」と断られたことがある。勇者になるのがレギーナの幼い頃からの夢だったことも知っている姪溺愛家のフェデリコは、泣く泣く引き下がるしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ダラームで取った宿はかつてリ・カルンの王族も宿泊したことがあるという最高級の宿で、エトルリア王女として“最高級”をよく知るレギーナにとっても久しくなかったほどの満足感を得られたようである。
「ん、まあ、これくらいの宿ならまた泊まってもいいわね」
相変わらず、素直に褒められないツンデレお姫様である。
見送りに出てきた宿の支配人は表情ひとつ変えなかったが、そのこめかみがピクリとしたのを見逃さなかったミカエラが通訳してやったことにより事なきを得た。ちなみに解説するまでもないとは思うが、レギーナの「また泊まってもいい」は「何度でも泊まりたくなるほど満足した」である。
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