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間章2【マリア様は今日も呑気】
【幕裏2】12.再び来ました救世主
しおりを挟む「…………で、ここはどこ?」
マリアが今立っているのは、どう見ても中庭だ。ところどころに篝火が焚かれ、周りを頑丈な石壁に囲まれていて、そこにいくつも見える窓からは深夜だというのに使用人や騎士たちが幾人もバタバタと慌ただしく走り回っているのが見える。すぐ隣には小さな⸺と言っても平民の暮らす一軒家ほどのサイズだが⸺石壁の建物も建っていて、これは察するに中庭に建てられた物置小屋であろうか。
ちょうどマリアが現れた場所はその小屋の影になっていて、夜中ということもあり転移の瞬間は誰にも見られずに済んだようだ。
「アンキューラに行きたいって願ったのはマリアじゃんか。だからホラ、ここはアンキューラにあるアナトリアの皇城の中庭さ」
「ど真ん中じゃん!」
そんなとこにいきなり跳ばせて、誰かに見つかったらどうするつもりだったのかジズは!
「ボクがそんなヘマする訳ないでしょ?今だって君の姿は誰にも見えてないんだから」
「いやそれは見えるようにしてよ!誰かに兄さん達のとこに案内してもらわないとダメなのよ!?」
「ホントに注文多いよねえ。まあマリアだから仕方ないけどさ」
ジズといつものように三文漫才を繰り広げつつ、マリアは物置小屋の影から中庭を窺う。耳に直接響いてくるあたり、ジズはいつものようにマリアしか認知できない状態になっているようだ。
…………いや待って?耳に響く?ホントにいつも通り?
そう思ってふと目線を下げると、そこに藍色の半ズボンをサスペンダーで留めた、白いシャツにラメの入った藍色の蝶ネクタイを付けた、宙色の短い髪の少年の姿のジズが立っている。目線を向けられたことに気付いてこちらを見返して、彼は可愛らしく小首を傾げたりなんかして。
「いやなんで顕現したままなの!?」
「だって帰りもどうせボクの権能で帰るんじゃん?だったらいちいち消えるのメンドクサイもん」
「意外とズボラ!?」
そういう訳ではない。本来は現世に顕現してはならぬ存在であるところのジズが、そう何度も権能を繰り返し使うことによって引き起こされる世界への影響を最低限に抑えるため、その使用を極力控えているだけである。
それでなくとも過去千年間でも数度しかなかった権能執行が、この1ヶ月の間にもう三度目である。戻る際の魔法の行使を考えれば四度目が確定している状況で、不必要な霊体化と実体化を繰り返すべきではなかった。
ただまあ、その肝心な部分をジズはマリアに説明しようとはしなかった。それが何故なのかは、ジズにしか分からない。
「そんなことより、ホラ、行くよ。このまま誰かに声かければ自然と認識してくれるからさ」
「そうなの?分かった!」
マリアはマリアで、ジズの権能をよく理解してはいなかった。神様に等しい存在だから反則なんだろうと、そんな程度にしか思っていない。あまり使っていい力ではないと承知してはいるが、背に腹は替えられぬ状況で頼るのをためらうほどでもなかった。
中庭の先、大手門に近い方からひときわ大きな騒ぎが聞こえてくる。ガシャガシャとやかましく鳴る金属鎧の音と、悲壮感漂う悲鳴にも似た怒号。それとともに多くの人の慌ただしく走り回る足音やざわめき。
そこになにかある。そう直感してマリアはその方向へと走った。
「急げ!青加護の術師をありったけ集めろ!大至急だ!」
「はっ!」
皇城の正面門から大手門へと通じる壁のない回廊で、ひとりの壮年の騎士が慌ただしく指示を飛ばしていた。青加護の術師を探している、それはつまりレギーナの治療が一刻の猶予もないということだ。
「あの、騎士様!」
「なんだ!今忙し……君は?」
「青加護の術師をお探しとお聞きして、神殿のほうから参りました!」
嘘は言っていない。中央大神殿から直接やってきただけだ。
「もう誰か神殿まで報せてくれたのか、助かる!」
騎士は、面と向かってよく見たら思ったよりも若かった。おそらくはマリアと同世代だろう。ただしマリアは年齢より若く見えるから、もしかすると歳下に思われるかも知れない。
「⸺で、術者は君だけか?責任者とかは?」
やはり歳下と思われたようだ。
「大丈夫ですよ、私腕がいいので!」
「そうなのか。⸺しかし、こんな若い子たちだけ寄越されてもなあ……」
自信満々に笑顔で言ったら、なんか変なことを言われた。それに違和感を覚えて、なんとなしにジズを見た。ジズは心得ているようで、自分の上半身くらいのサイズで[鏡面]を発動させていた。
(え……なにこれ私!?)
そこに映っていたのは、どう見ても神学校を卒業したてくらいの歳頃の若い娘。水色の髪に真っ青な瞳の、まだ幼さの残る容姿だった。
『容姿も変えてってリクエストもバッチリ済んでるからね!』
『トシまで変えてなんて言ってない!』
『そこはサービス♪』
それは余計なお節介っていうの!
「まあ……君たちでもいないよりはマシだろう。他の者はあとから来るんだろ?君たちだけでもついて来てくれ!」
騎士は少し迷っていたが、ひとまずマリアだけでも連れて行く事にしたらしい。そう言うとマリアの返事も待たずに踵を返す。
実のところマリアが声をかけたこの騎士はアルタンだった。直感を信じて正解を引いたわけだ。
「分かりました!⸺で、患者はどちらへ?」
「口では説明が難しい。とにかくこっちへ!」
走り出す騎士を追いかけてマリアとジズも小走りになる。
(えっ、そっち!?)
アルタンは建物の中ではなく前庭の方へと駆けてゆく。ということは外に怪我人がいるということか。
だが案内された先は厩舎エリアだった。そこに見覚えのある大きな旅行用脚竜車が停まっているのを見つけて、さてはこの中かと思ったら案の定だ。
「開けてくれ!青加護の術師を連れてきた!」
アプローズ号の乗降扉を叩いてアルタンが声を張り上げる。すぐに扉が開いて、顔を出したのはヴィオレだ。
「その子が?」
ヴィオレは少しだけ目を細めて値踏みするようにマリアを見たが、すぐに「入って頂戴」と身体を引いて道を開けた。
どこの誰とも分からない人物を軽々しく招き入れたくはない、だが背に腹は替えられぬ。そんな葛藤が彼女の顔にかすかに滲んでいる。
「失礼します」
「⸺待って。そちらの子は何?」
「助手です!」
「……助手?」
「一刻を争うのですよね!?」
「…………そうね、その通りだわ」
勢いで押し切って、中に通された。ジズはしおらしく表情を作って、無言で大人しくついてくる。
中に入るとまず豪勢な居室。白塗りの壁に黒檀の造り付けのテーブル、それに上質な背もたれ付きのソファ。乗降口側の壁際にはやや劣るものの、それでもしっかりとした箱型のソファがある。
そこに人が寝かされていた。上質なソファにミカエラ、箱型の方にアルベルトだ。一見してミカエラの方はただの疲労で、霊力切れしただけだと分かる。だがアルベルトの方は。
(これ……毒!?)
[解析]するまでもなく毒の症状だ。少し落ち着いているから最低限の処置は施されたのだろう。だが危険な状態には変わりない。
「その彼は後にして頂戴。もっと重傷者がいるの」
「勇者様、ですね」
「話が早いわね。⸺こっちよ」
本当は真っ先に兄さんを癒やしたい。だがマリアにだって勇者の存在が何よりも優先すると解っている。幸いなことに兄さんは今すぐ処置しなければ危険というほどではないから、無念に無念を堪えて後回しにするしかない。
マリアはヴィオレに従って寝室に踏み入った。アプローズ号の寝室に蒼薔薇騎士団以外の人間が入ったのは、アルベルトも含めて初めてのことである。
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