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第四章【騒乱のアナトリア】
4-71.彼の真価
しおりを挟む「それで、奴隷契約のことなんだけど」
それまで黙っていたアルベルトが口を開いた。
「これ、解除するのに時間がかかるんだよね?」
「そうやね。ちょっと見たことない術式やけんが、まずは[解析]するところから始めないかん」
閃月の身にかけられた奴隷契約は東方で組まれたものだ。ゆえに西方世界で一般的なそれではなく、解き方も成立要件もよく分からない。支配権の上書きは主人の名を書き換えるだけだからまだ何とかなったものの、根本から解くには時間がかかりそうだ。
「弱ったな……」
「その娘って、あなたの知り合いじゃないの?」
憮然として頭を掻くアルベルトに、レギーナが問いかける。もうこの人の人脈が想像もつかないほど幅広いのは分かり切っているし、そんな彼だから西方には存在しない獣人族と知り合いだったとしてももはやなんの驚きもない。
「ああ。⸺いや、彼女ではなくて、正確には彼女の母親とね。この子の母親が、俺に気功や華国語を教えてくれた“師匠”なんだよ」
「それが、⸺ええと、なんだっけ」
「朧華さん。虎人族の英傑で、本名は孟 銀月っていう人だよ」
「本名?名前、ふたつあるの?」
「華国では、本名は親とか主君といった特定の上位者以外には呼ばせないんだ。特に目下の者が本名で呼びかけたりすると、それだけで不敬になっちゃうんだよ。だから礼儀として本名は名乗るけど、通称として『字』も併せて名乗るのが一般的で、そして普段は字で呼びあうんだ」
「そうなんだ。何だかややこしいわね」
「あー、そらぁ一種の“真名信仰”やね」
「ではその字というのが……」
「そう、銀月さんの場合だと“朧華”っていうんだ」
「じゃあ、あなたにもその字っていうのがあるわけ?」
レギーナが閃月に顔を向ける。
「ある。吾もようやく加冠したのでな、母からあらかじめ授けられておった字を晴れて名乗れるようになった。⸺我が姓名は孟 閃月、字を“銀麗”という。改めてよろしくお願いする勇者どの、そして我が主」
跪いたままの閃月⸺銀麗は、上体を起こしレギーナに、次いでアルベルトの方に顔を向けて、はっきりとそう名乗ったのだった。
「……加冠?」
「華国でいうところの“成人”のことだよ。成人したことの証として冠を授ける儀式を“加冠の儀”って言うんだ」
「……え、ちょお待ち。ちゅうことは……?」
「うむ。今年でようやく15になった」
「「「「15歳!? 」」」」
蒼薔薇騎士団の全員の驚きが綺麗にハモった。
「え、待って。まだ15歳であの実力なの!?」
「それよりか、ウチらよりか歳下て」
「わたしと歳が近い……!」
「これはピンチね。若くて実力があって、しかも」
ソファに座るレギーナを取り囲んで、蒼薔薇騎士団の面々が突如何事か密談を始めた。と思いきや全員が一斉に銀麗を見る。
見られた銀麗は思わずビクリと身を揺らしたが、すぐに彼女たちは密談に戻ってしまう。
「ねえちょっと、彼の知り合いって女の人多くない?」
「マリア様はまあしゃあないとして、〈黄金の杯〉亭のマスター代行の人やろ、あの冒険者仲間の格闘士の女ん子やろ、師匠て言うてる虎人族の英傑さんやろ……」
ミカエラたちは直接目にしていないから知らないが、ラグの神殿長のテレサもそのお付の侍徒カタリナも女性である。それに加えて蒼薔薇騎士団は全員が女性だ。
そしてアルベルトの同性の知り合いはユーリの他には、彼女たちが見た限りではギルドにいたドワーフの戦士ザンディスと、ザムリフェで会った巨人族の傭兵ザンディだけである。
「ほんで、今度はこの子か……」
まあ銀麗に関しては半分くらいミカエラのせいだが。
「よく見たら結構可愛いわよねあの子」
「鍛えとるだけにスタイルも良かし」
「ほぼ裸なのが余計にそそられるわ」
「もふもふなの、すごい…!」
要するにだ。彼の周りにまたひとり女が増えたわけである。それも主人と女奴隷という、ある意味で禁断の関係。
しかも。しかもだ。
「あの子“師匠”の娘だっていうじゃない!」
「それも英傑げなばい!」
「本当、彼の人脈ってバグってるとしか言いようがないわね」
東方世界では“英傑”と呼ばれる者たちがいる。それはつまり、西方世界における“勇者”に等しい存在だ。要するに銀麗の母である朧華は、東方世界でも有数の実力者だということになる。
そしてそんな人物を師匠と仰ぐアルベルトは、西方世界における勇者であったユーリの盟友であり弟分でもあるのだ。
「東西の“勇者”と縁があるなんて……」
「しかも虎人族ちゅうたら、竜人族と並ぶ獣人族最強種って話やん?」
「おまけに巫女のマリア様まで彼のこと“兄さん”って慕ってたわ」
「考えるほどに頭痛くなってくるわね……」
「おとうさん、すごい…!」
西方世界どころか、東方をも含めて全世界に人脈が広がってそうなアルベルト。それも世界最強クラスの人材ばかりだ。
彼のことなど、最初はただの冴えないおっさん冒険者としか思えなかったのに。
「もしかして私たち、とんでもない人を雇ってるんじゃないかしら……?」
その彼の底知れぬ真価に、ようやく気付き始めたレギーナたちであった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
ここまで約57万字も書いてきて、ようやくタイトル回収の気配が……!
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