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第四章【騒乱のアナトリア】
4-59.初めての強敵
しおりを挟む「空、陸ときて、とうとう海まで制覇したばい。⸺ていうか本物やなかろうが。さっさと正体顕しんしゃい」
呆れ顔のまま、ミカエラは黒幕のことを祭官長本人ではないと言い切った。
「なっ……!?」
「拝炎教の総主教が、腐っても高位の法術師が、自分の意思で瘴脈の利用やら考えつくわけなかろうもん。それば唆し、操って手を染めさしたアンタが黒幕なんは分かっとうったいって」
つまり、本当の黒幕にとって必要だったのは隠れ蓑。具体的には祭官長の身体、つまり皇城で自由に動ける身分と権力、そして魔力である。
そうして目をつけられたのが祭官長サメートンであったのだろう。そして黒幕は、高位の法術師であり魔術師であるサメートンを乗っ取って支配してしまえるほどの力を持っている。そういうことになる。
「クク」
そこまで看破されて、祭官長の顔が愉悦に歪む。
「ただの小娘かと思うておったが、痩せても枯れても主祭司徒の孫娘よな」
祭官長の身を包む瘴気が膨れ上がった。
「痩せてもおらんし、枯れてもおらんったい」
ミカエラも両腕に赤と青の炎を纏う。その顔に、今まで見たこともないほどの緊張感と真剣味を見て取って、アルベルトは目を瞠る。彼女がここまで本気になる、それはとりもなおさず敵が、到達者である彼女が本気で挑まねばならぬほどの強者だということに他ならない。
「で、話は終わった?」
だがそこへ、普段と変わらぬ声音で割り込んで来た者がいた。
「じゃ、斬るわよ」
えっと思った次の瞬間。
祭官長の左脚が消し飛んでいた。
「…………えっ」
それは誰の呟きだったのだろうか。ミカエラか、アルベルトか、それとも祭官長か。
「ぐぁ、あ、あああああ!!」
一拍遅れて、これは祭官長の絶叫。それまでと同様に煙のように霧散することもなく、祭官長は腿から先を失った左脚を押さえてのたうち回っている。
「あら、ちょっと外しちゃったみたいね。しっかり霊核を捉えたと思ったんだけど」
何でもないことのようにそう言って、レギーナがドゥリンダナを構え直した。
魔物の中でもある程度高位の存在、つまり現実に生きた肉体を持たない魔王や吸血魔、魔族などには『霊核』と呼ばれる、いわゆる心臓のようなものがある。と言っても物理的に存在するのではなく概念的なものなので、それがどういったものかは定かには分かっていない。
霊核は概念上の存在であり、全ての霊体の「核」となるものであって、本来は善悪正邪に関わらず霊体であれば⸺人間も動植物も神も精霊も、自我や生命を持つ存在はすべからく霊体である⸺例外なく持っているとされている。森羅万象の構成元素たる魔力、それをまとめて自我を持つ個体として成立させるために霊核が必要になるのだと考えられている。
ただし人間や動物、魔獣や低位の魔物などは固有の肉体を持っており、霊体である以前に現実に存在する“生物”として生きている。そうした存在は霊核の有無に関わらず実際に存在する心臓を壊せば死ぬし、霊炉を止めさせて魔力(霊力)の供給を止めても死に至る。
だから通常、生物の持つ霊核とはいわゆる『魂』と同一視される。それさえ残っているなら存在としては滅びない、という意味で。
実体を持たない高位の魔物に関して言えば、霊核が瘴気を取り込み魔物の身体を実体化させる「核」となっていると考えられている。そしてそれを壊せば、魔物はその身を維持できずに瘴気に戻ってしまう。⸺そう、あの皇太子のように霧散して消滅してしまうのだ。
つまりそういう意味で霊核は魔物にとっての心臓部と言える。
だから魔物の霊核を壊せばその身が維持できなくなって瘴気に戻ってしまうのだ。それゆえに魔物は何を差し置いても霊核だけは守ろうとするし、逆にそれらと対峙する勇者や冒険者たちは魔物の霊核を破壊することを最優先目標にする。
だが問題は、霊核が魔物の体内のどこにあるのか分からないことにある。通常ならば[感知]や[解析]でもっとも魔力の集まる部位を探ればいいのだが、高位の魔物はどれも全身に濃密な瘴気を纏っているため探れない。しかも個体ごとに霊核の位置は異なるため、戦闘中に手探りで探すほかはない。
この戦闘でレギーナは最初、祭官長を大上段から真っ二つにした。だがそれでは倒せなかったため今度は上半身を細切れに刻み、その次には一閃して首を刎ねた。それでも倒せなかったのだから黒幕の霊核は下半身、それも左右の脚のどちらかにあると踏んだのだ。そして手応えを感じたため、今度は確実にヒットさせたと確信していた。
だというのに、のたうち回る祭官長は消え去る気配がない。
「姫ちゃん、黒幕多分、霊核ふたつ持っとるばい」
「ふたつ!?」
高位の魔物で霊核をふたつ持つほどの存在、それはつまり霊核ひとつで集めきれないほどの量の瘴気が、実体化するために必要だということ。そんな存在など、魔物の中でも三種類しかいない。
そして先ほどの祭官長が見せた、斬られては実体化を解いて逃げる様子、さらに瘴気の塊と化していた皇太子の変わり果てた姿。生きている人間をあのような姿に堕とせる存在だということを考え合わせると⸺
「ということは魔王は無いにしても、血祖か……」
「血鬼のほうであることを祈っとこうかねえ」
魔物たちの最上位存在である魔王と、吸血魔の最上位種である血祖。そしてそれらに次ぐ存在で、吸血魔としても血祖に次ぐ高位の血鬼。霊核をふたつ持つとされる存在はその三種だけだ。
そして魔王と血祖が敵ランク判定で“頂点”、血鬼は同じく“到達者”である。
つまり敵は最低でも、到達者であるレギーナと同等かそれ以上の強敵ということになるわけだ。そしてレギーナたち蒼薔薇騎士団は、血鬼以上の存在との戦闘経験がまだ、ない。
「参ったわね……」
「愚痴ってもしゃあないばい。いつか経験せなならん事やん」
蒼薔薇騎士団の“到達者”は顔を見合わせ、そして祭官長を見た。その祭官長は地に倒れ伏し、いつの間にか動かなくなっている。
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