182 / 319
第四章【騒乱のアナトリア】
4-30.意外な事実
しおりを挟む夜会で軍務宰相相手に憂さ晴らしをした翌日、つまり皇城滞在3日目である。この日、レギーナたち蒼薔薇騎士団に告げられた予定は何もなかった。
というのも、予定されていた晩餐会が中止になったからである。
おそらく昨夜の件が響いているのだろう。ララ妃から聞いていた予定では、今夜は拝炎教の教団幹部が中心の晩餐会だったはずだが。まあ教団幹部なら昨夜の晩餐会にも何人も出席していたし、その全員が気絶したり怯えまくって醜態を晒したりしていたので、おそらく今頃は勇者の恐ろしさが誇張を伴って教団内部にあまねく周知されている頃だろう。
「ねえ、なんだか私、また変に誤解されてない?」
「誤解も何も、見たまんまが広がっとるとやないかいな?」
「見たまんま……っていうと、可憐で凛々しい美少女勇者がいかに素晴らしいか、とか?」
「どの口がなんばほざきよんしゃあとかいな、ほんなこつ」
しれっととぼけてみて、ミカエラに容赦なくツッコまれているレギーナである。
だがともかく、時間的猶予ができたのはありがたい。ヴィオレは早速自分付きのナズという侍女に指示を出して送り出し、自らも情報収集へと消えていった。
クレアは荷物から本を取り出して読み始めた。ラグシウムで街を回った際に、道中の暇つぶしにとアルベルトに買ってもらった小説である。
「クレア、あなたそれ、何回も読み返してるけど面白いの?」
「面白いよ」
「なんの本なの?」
「恋愛小説、かな」
「「れ……!?」」
意外すぎる答えに、レギーナもミカエラも思わず絶句する。
「王子様とその婚約者がね、王都の大学に通ってるんだけど王子様は婚約者が嫌いなの。でね、大学に平民上がりの男爵令嬢が入学してきて王子様と仲良くなるの。婚約者は男爵令嬢に色々注意するんだけど、それを意地悪されたって王子様に告げ口して、婚約者がどんどん嫌われていって、とうとう下級生を虐めてるって悪い噂が流れるの」
「どうしよう、クレアがおませさんになっちゃってる!」
「嘘やん、クレアがめっちゃ長ゼリフ喋りよう!」
レギーナとミカエラで驚きのポイントが絶妙に違っていた。そこはハモらんのかい。
「それで王子様が怒って、卒業パーティーで婚約者に虐めとかの証拠を突き付けて、婚約破棄して断罪するんだけど、婚約者はそこまでに王子様の不貞の証拠を集めてて、虐めとか悪い噂とかも冤罪だって証明して、それを元に“逆ざまあ”するの」
「「しかも“逆ざまあ”物!?」」
いやまあ確かにこの西方世界でも大学の卒業記念パーティーでの婚約破棄やら断罪やら、普通によく聞く話だし『西方通信』紙上でもニュースになっている。今年もガリオン王国やアウストリー公国、イヴェリアス王国などで似たような事件が起こったと載っていた。
そしてそれらを元に、クレアが今読んでいるような婚約破棄を題材にした小説や歌劇、演劇なども多く生み出され、大衆のみならず貴族子女も嗜んでいるらしい。
だがまさかクレアまで読んでいるとは。
「それで結局王子様は継承権剥奪の上廃嫡。男爵令嬢は王子様や高位貴族の子息たちを誑かしたってことで処刑、婚約者は望まない婚約から解放されてハッピーエンド」
「え、そういうのって別にヒーローが出てきたりするんじゃない?」
「んー、この本にはそういうの出なかったよ。婚約者のヒロインが逞しくてひとりで立ち向かってて、そこが新しくて良かった」
だがまあ、よくよく考えればクレアだって本来ならば大学に入学している歳だし、もしかすると自分が通わずに終わることになる大学生活というものに、憧れでもあったりするのだろうか。
「んー、別にないかな」
だがそう問われたクレアは素っ気ない。
「わたしが通うってなると〈賢者の学院〉になるけど、そこの話はひめやミカから聞けるし」
確かにレギーナもミカエラも学院の卒塔生だ。
「わたしが通うなら“知識の塔”だけど、どんな授業内容かはサーヤさまに聞いたし」
「え、サーヤって……私のふたつ下の?」
サーヤ・フォン・シュヴァルツヴァルトはレギーナやミカエラの二学年下で、“知識の塔”の首席卒塔生である。レギーナは一学年下の後輩であるアンジェリーナ・グロウスターを通して、彼女と間接的に交流を持っている。
もっとも、直接会ったことはほとんどないが。
「ていうかクレア、いつ彼女と会うたん?」
「去年の、ほら、ガリオンとブロイスの小競り合い」
「「あー」」
去年、つまりフェル暦674年の暑季、ガリオン王国とブロイス帝国との間にちょっとした小競り合いがあった。ブロイスがガリオンに侵攻してきたわけだが、両国は数年おきに戦争している仇敵同士で、それ自体は特に珍しくもない。
問題は、ブロイス側に勇者ヴォルフガングの参戦があったことである。
これを重く見たガリオン側は同盟国であるアルヴァイオン大公国から勇者リチャードを招聘し、友好国であるエトルリア連邦にも勇者レギーナの参戦を求めた。結果、当代の勇者候補三名が戦場で敵対するという前代未聞の事態に発展したのである。
まあ結果的には、彼ら三名が戦場に出てきたことで逆に武力衝突が回避され、無駄に緊張が高まっただけで終わったのだが。
だって勇者の戦力に一般兵が太刀打ちなど出来るはずもない。そして勇者の側にも一般人の兵士たちを攻撃する理由がない。勇者とは人類を攻撃するために存在するものではないのだ。
だから勇者同士で代理戦を行う、ということに決まりかけ、だがしかし勇者ヴォルフガングが勇者レギーナにプロポーズするという誰も予想だにしなかった行動に出て、レギーナに振られて終わったのである。
この時、紛争調停役としてアレマニア公国から派遣されていたのが、当時〈賢者の学院〉を卒塔したばかりのサーヤであった。
アレマニアはブロイスの同盟国であり、一方でガリオンとも親交がある。そしてサーヤは王族のほぼ全員が魔術師というアレマニアのシュヴァルツヴァルト家の縁戚であり、ガリオンの王位継承権を持つノルマンド公女レティシアの先輩であり、そしてブロイス皇帝ヴィルヘルム3世の従妹でもある。まだ歳は若いが、中立の調停役としては最適な人選であった。
レギーナがヴォルフガングに追い回されているその横でミカエラがリチャードから逃げ回っていて、クレアが一時的にひとりフリーになっていた時間帯があったことをふたりは思い出した。おそらくその時に彼女とサーヤは同じ魔術師同士、言葉を交わしていたのだろう。
「サーヤさまはおじいさまの話を聞きたがったし、わたしは賢者の学院の授業内容を知りたかったから、情報交換したの」
かたや知識の塔の首席にしてアレマニア公国の筆頭宮廷魔術師、かたや“七賢人”のひとり大地の賢者ガルシア・パスキュールの孫娘。どちらも西方世界屈指の魔術師であり、さぞかし話に花が咲いたことだろう。
しかも当時16歳と12歳の乙女たちだ。きっとその場だけ、戦場の雰囲気など微塵も残ってなかったに違いない。
「それで結局、この授業内容だったら別に通わなくてもいいかな、って」
「あんたそれ、マスタング先生が聞いたら絶対泣くばい……」
「あ、マスタング先生には会いたかったかな」
竜人族のマスタングは〈賢者の学院〉の魔術科の導師で、先代勇者パーティ“輝ける五色の風”の魔術師だった人物だ。
そんな彼とクレアとが念願かなって対面するのはもう少しあと、翌年の稔季になってからの事になるのだが、それはまた別のお話。
0
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
普通の勇者とハーレム勇者
リョウタ
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞】に投稿しました。
超イケメン勇者は幼馴染や妹達と一緒に異世界に召喚された、驚くべき程に頭の痛い男である。
だが、この物語の主人公は彼では無く、それに巻き込まれた普通の高校生。
国王や第一王女がイケメン勇者に期待する中、優秀である第二王女、第一王子はだんだん普通の勇者に興味を持っていく。
そんな普通の勇者の周りには、とんでもない奴らが集まって来て彼は過保護過ぎる扱いを受けてしまう…
最終的にイケメン勇者は酷い目にあいますが、基本ほのぼのした物語にしていくつもりです。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
竜焔の騎士
時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証……
これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語―――
田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。
会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ?
マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。
「フールに、選ばれたのでしょう?」
突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!?
この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー!
天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!
【完結】魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど、実は次の約束があんだよね〜〜なので今更戻って来いとか言われても知らんがな
杜野秋人
ファンタジー
「ただでさえ“魔力なし”の役立たずのくせに、パーティの資金まで横領していたお前をリーダーとして許すことはできない!よってレイク、お前を“雷竜の咆哮”から追放する!」
探索者として“雷竜の咆哮”に所属するレイクは、“魔力なし”であることを理由に冤罪までかけられて、リーダーの戦士ソティンの宣言によりパーティを追われることになってしまった。
森羅万象の全てが構成元素としての“魔力”で成り立つ世界、ラティアース。当然そこに生まれる人類も、必ずその身に魔力を宿して生まれてくる。
だがエルフ、ドワーフや人間といった“人類”の中で、唯一人間にだけは、その身を構成する最低限の魔力しか持たず、魔術を行使する魔力的な余力のない者が一定数存在する。それを“魔力なし”と俗に称するが、探索者のレイクはそうした魔力なしのひとりだった。
魔力なしは十人にひとり程度いるもので、特に差別や迫害の対象にはならない。それでもソティンのように、高い魔力を鼻にかけ魔力なしを蔑むような連中はどこにでもいるものだ。
「ああ、そうかよ」
ニヤつくソティンの顔を見て、もうこれは何を言っても無駄だと悟ったレイク。
だったらもう、言われたとおりに出ていってやろう。
「じゃ、今まで世話になった。あとは達者で頑張れよ。じゃあな!」
そうしてレイクはソティンが何か言う前にあらかじめまとめてあった荷物を手に、とっととパーティの根城を後にしたのだった。
そしてこれをきっかけに、レイクとソティンの運命は正反対の結末を辿ることになる⸺!
◆たまにはなろう風の説明調長文タイトルを……とか思ってつけたけど、70字超えてたので削りました(笑)。
◆テンプレのパーティ追放物。世界観は作者のいつものアリウステラ/ラティアースです。初見の人もおられるかと思って、ちょっと色々説明文多めですゴメンナサイ。
◆執筆完了しました。全13話、約3万5千字の短め中編です。
最終話に若干の性的表現があるのでR15で。
◆同一作者の連載中ハイファンタジー長編『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』のサイドストーリーというか、微妙に伏線を含んだ繋がりのある内容です。どちらも単体でお楽しみ頂けますが、両方読めばそれはそれでニマニマできます。多分。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうとカクヨムでも同時公開します。3サイト同時は多分初。
◆急に読まれ出したと思ったらHOTランキング初登場27位!?ビックリですありがとうございます!
……おいNEWが付いたまま12位まで上がってるよどういう事だよ(汗)。
8/29:HOTランキング5位……だと!?(((゚д゚;)))
8/31:5〜6位から落ちてこねえ……だと!?(((゚∀゚;)))
9/3:お気に入り初の1000件超え!ありがとうございます!
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる