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第四章【騒乱のアナトリア】

4-22.仕組まれた茶会(2)

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「勇者どのは、甘いものは好きかえ?」

 不意に皇后がそう訊ねてきた。

「特に好みはしませんが、嫌いでもありませんわ」
「であれば、是非とも味わってたもれ」
「ではお言葉に甘えまして」

 皇后は閉じた扇でレギーナの側に置いてあるスタンドの二段目を指した。それを受けてレギーナは一段目のファラフェルを見る。べステがそれを皿に取ろうとすると、いつの間にか寄ってきていたサロンの侍女がサッと動いて二段目のロクムをひとつ皿に取り、素早くレギーナの前へ置く。
 どうやら、ようだ。

「ありがとう」

 だが何食わぬ顔でレギーナは礼とともにそれを受け取った。出番を奪われたべステが不安げな目を向けているが、そちらは敢えて無視する。
 そしてレギーナはロクムをナイフで一口大に切り取り、扇を開いて口元を隠しつつフォークで口に運んだ。

「うっ………!?」

 サクリ、サクリと二度ほど咀嚼したところで、突然レギーナが呻いて前のめりに身を屈めた。

「レギーナさま!?」

 べステが慌てた声を上げ、皇后とその周りの侍女たちがにやりと顔を歪めた。

「………っあ、甘いですわね、これは」

 だのに。
 レギーナがケロリとした顔で……じゃなかった、甘さに顔を歪めて起き上がったものだから全員が唖然とする。彼女はそんな周囲にも気付いてか気付いてないのか、シャクシャクと咀嚼を進めてこくりと飲み込み、すぐに紅茶で流し込んだ。

「お代わりをいただけるかしら?」

 そして紅茶のお代わりまで要求している。
 皇后やその侍女たちは驚きに固まって、呆然とそんなレギーナを凝視するばかり。

「嫌ですわ皇后陛下。そのように見つめられては恥ずかしゅうございます」

 そんな皇后らの様子を気にも止めずに、レギーナはしれっと頬に手を当てて照れてみせた。

「な………なんともないのかえ、そなた?」
「なんとも、とは?」
「あ………いや、」

 思わず口をついて出てしまったのだろう。レギーナに不思議そうに聞き返され、思わず皇后は口ごもった。

「ああ、この程度の神経毒スフェロイジンなら効きませんから、ご心配には及びませんわ」

 レギーナはあらかじめ、[魔力抵抗レジスト]を発動させていたのだ。これにより耐毒能力が大幅に強化されていて、今の彼女にはよほど強力な毒でなければまず効かない。念のためではあったが、警戒しておいて正解であった。
 だがそのレギーナの返事を聞いて、今度こそ皇后は顔を歪めた。

「な!?妾が毒を盛ったとでも申すのか!?」
「盛ったでしょう?この紅茶には麻痺毒パラミリア、この砂糖菓子には神経毒。おそらく紅茶の毒はカップにでも塗ってあったのでしょう?乾いてしまってほとんど溶け出しておりませんでしたわ」
「な………な………」
「この様子だとマカロン以外には全部仕込んであると見ましたが、違いますか?」

 皇后は怒りと羞恥で顔を染め、震えるばかりで声を返せない。

「ところで、致死毒ヴェラドンナを仕込んだのはどれですか?本当はそれを食べさせたかったのではなくて?」
「ばっ、バカな!致死毒そんなものなぞ仕込んでおらぬわ!」
「あら。やっぱり可愛い我が子の嫁候補の命までは取らぬと仰せで?」
「んなっ!?」

 とうとう皇后は驚きのあまり立ち上がってしまった。

「貴女たちの考えなんてお見通しよ。おおかた、毒で身体の自由を奪って無理矢理でも作ってしまおうとか考えたんでしょうけど」
「なっ、なっ……」
「でもお生憎様、私は勇者なのよ。ていうか勇者相手に普通の毒を盛ろうだなんて、侮られるにも程があるわ」

 つまり、皇后ハリーデは勇者を誘い出して毒で身体の自由を奪い、その上で奥の部屋へ連れ込もうと画策していたのだ。
 そして、その奥の部屋に何があって誰が隠れているのかと言えば、自ずと答えは明らかとなる。それは皇后が自ら手を貸すほどの人物なのだ。

「どうせのでしょう?さっさと呼びなさい、ハリーデ」

 そして今度こそ淑女の微笑アルカイックスマイルをやめて、レギーナが扇を皇后に突き付ける。

「き、貴様!妾を呼び捨てに」
「するわよ。忘れたの?のよ?」

 つまり、このアナトリアでレギーナの地位は皇帝トルグト4世と同等なのだ。そして男尊女卑思想の強いアナトリアでは、皇后は皇帝よりものだ。
 なお皇后ハリーデは皇帝の2歳歳下の54歳、レギーナは19歳である。皇后にしてみれば年端も行かぬ小娘が自分より地位が高いなど、到底認められたものではなかったのだろう。

「私は最初に名乗ったはずよ、だとね。でも貴女は最初から、私の方が上位者だと気付いていなかったようだけどね?それとも、認めたくなくて見て見ぬふりをしていたのかしら?」

 怒りと屈辱に顔を染めた皇后ハリーデは、声も発せぬまま立ち尽くす。現実を突きつけられて、しかもそれを否定できるだけの根拠を持たないのだ。
 古代ロマヌム帝国以前より続く、栄えある大国アナトリアの皇后たるハリーデじぶんが、事もあろうに我が子よりもずっと年若い目の前の小娘に、それがただ勇者であるというだけで、逆らえないと理解させられたのだ。

 それは、それまで皇后として、国の頂点として長年君臨してきた彼女のプライドを砕くに充分な衝撃であった。

「解ったならさっさと呼びなさい。そこの奥に最初からいるのでしょう?」

 だから、レギーナのその再度の要求に反応するのが数瞬、遅れた。

「……………は?」

 唖然として動けない皇后に、レギーナはわざとため息をひとつ、漏らす。

「もういいわ。──そこに居るのでしょう、皇太子アブドゥラ殿下。入室を許可するわ」

 そして自分で隠れている者の名を呼んだ。





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