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第四章【騒乱のアナトリア】

4-9.それ、どういう意味かしら?

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「勇者様~!お待ちを~!」

 後方から叫び声が聞こえて、レギーナが顔をしかめた。王女として貞淑に育てられたおかげで舌打ちこそしなかったが、もし平民出身だったなら舌打ちどころか悪態のひとつもつきかねない、王女としてやっちゃいけない顔をしている。

「止めて」

 心底嫌そうに、彼女はアルベルトに命じた。

「いいのかい?」
「いいも何も、続けさせるわけにいかないわよ!」


 完全に姿が見えなくなるほど置き去りにして来たはずの出迎えの大臣たちが、こうして追いついて来ているのだ。一般的な社会常識に従って速歩で進ませているスズとアプローズ号に追いついたということは、彼らは常識はずれのスピードでことになる。
 そんな暴走をしてまで追いかけて来ていると分かっていて、それでも逃げるというのは勇者としてのレギーナには取れない選択肢なのだ。だってそれは街中での事故の危険を放置するということに他ならないのだから。
 というか、もうすでにここまでの道のりのどこかで事故を起こしてきていても不思議はない。アルベルトへの態度を見ても彼らが平民に配慮するようには見えなかったし、勇者に追いつくという自己の目的のためだけにスピード違反を堂々としでかすような輩が、たとえ事故を起こしたとしても被害者市民の救助に動くとも思えない。

 仕方なく、アルベルトは手綱を引いてスズを止める。本当にいいの?といった視線をスズが向けてきたが、彼女はレギーナの顔を見て大人しく従った。


「勇者様、ひどいではござらんか。せっかくそれがしが出迎えに参ったというのに、置いていこうとなさるなど」

 追いついて来た脚竜車から慌ただしく降りてきたタライ財務宰相はこれみよがしに胸を張って、まるでレギーナの方が悪いと言わんばかりだ。
 ほとんど間を置かずにカラス外務宰相の脚竜車も追いついてきて、降りてきたカラスはタライの前へ出ようとする。

「ささ、勇者様。本日のお宿に参りましょう!なに、このコンスタンティノスでも最高級の宿をこのカラスめがご用意致しましたから心配ありませんぞ!」

「いや頼んでないし」
「まあまあそう仰らず。宿泊代及び食事代は全て我が皇国政府持ちでありますから、どうぞごゆるりとお寛ぎ下され」
「そうですとも。なんなら他にもを取り揃えてございますれば、いかなるもお望みのままに頂いて構いませんぞ!いつでもこのタライにお命じくだされ!」

 さあさあ行きましょう、と続けようとしたタライとカラスの口の動きがピタリと止まる。一緒に身体や表情まで固まってしまったかのように動かない。
 それもそのはず。助手座に座っていたレギーナが立ち上がって、のだ。

「それ、か、聞いてもいいかしら?」

 彼女はアルベルトが見たこともないほど酷薄な、まるで汚物でも見るような目つきで宰相両名を見下ろしていた。ついでに切っ先も両名に向かって突きつけている。

(いやまあ、そりゃあ怒るよなあ。姫様でもあるレギーナさんに向かって、宿とか、ねえ)

 要するに宰相たちが言うサービスというのはのことである。蒼薔薇騎士団が女性だけのパーティだというのは公開情報なので、おそらくで準備していたのだろう。それを隠語に包んで言ったところで、アルベルトに分かるくらいなのだからレギーナが分からないはずがない。

「えっいやその──」
「お、ぐらいですか──」

 両名は最後まで言葉を紡げなかった。
 レギーナがドゥリンダナをひと振りし、タライの乗ってきた脚竜車が一瞬で全壊したのだ。

わ。それ、どういう意味?」
「「……………ひ!?」」

なあ。神教しんきょうの教義ぐらいは知っとうやろ?」

 ミカエラまでも御者台に出てきた。

「いくら他教とはいえ、知らんとは言わさんよ?」


 イェルゲイル神教の唯一とも言える教義が、『産めよ、殖やせよ、地に満ちよ』である。元々神教で崇める神々がのが人類だとも言われていて、それで神々は人類を愛し、人々に子孫を増やすことを奨励しているとされている。
 そして神々は地上にほとんど干渉できない代わりに、気ままに人間としてして、仮初めの人生を楽しんでいるとも言われている。どこにもない楽園イェルゲイルではそのくらいしか娯楽がないらしく、転生先を確保するためにも神々は地に人類が満ちることを望んでいるのだという。
 そのため神教では性交渉は基本的に夫婦あるいは恋人との間でのみ認めていて、公には娼館の存在を認めていないし、教義を厳密に解釈するなら中絶も認めていないのである。今の世で街に娼館があり、娼婦や男娼が職業として成り立っているのは、その経済効果を無視できずに神教教団がなのだ。


 そしてそんな神教の高位の神徒しんとである侍祭司徒をパーティメンバーに抱えるのが蒼薔薇騎士団で、その侍祭司徒であるミカエラはレギーナの無二の親友だ。当然、レギーナを含めてメンバーは全員が神徒、つまり神教の信者である。

 それら全部が公開情報なのに、なぜそこに意識を向けないのだろうかと、アルベルトは不思議でならない。

 そもそもそうでなくともレギーナは、王女としての立場もあってまだ男を知らぬ身であった。彼女はエトルリアの先代国王ヴィスコット2世の唯一の子にして現国王ヴィスコット3世のただひとりの姪であり、いざとなれば政略の駒として、勇者を引退してでも祖国に命じられるままに嫁がなくてはならない立場である。
 そんな立場の彼女に、彼らはよりにもよってのだ。

(アナトリアって、エトルリアと戦争したいのかなあ?)

 アルベルトでなくともそう考えるだろう。レギーナがどう受け取るかなど、火を見るよりも明らかである。





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