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第四章【騒乱のアナトリア】

4-5.とんでもないポンコツ

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「ええと、どちら様で?」
「フン。御者風情が我輩に話しかけるなど無礼な!」

 改めて名を訊ねただけなのに、カイゼル髭はいきなり曲刀シャムシールを抜いた。カイゼル髭の背後にズラリと居並ぶ騎士たちも同様に抜刀したところを見ると、どうやらカイゼル髭の部下のようである。
 とはいえ、いきなりこの対応はない。車内に勇者がいると分かっているのだから、御者だって勇者の従者ということになるはずだが。

「者共!この無礼者を引っ捕らえ──」

グルルルルル…

 曲刀を振りかざし、居丈高いたけだかに号令しようとして、しかしカイゼル髭はスズの低い唸り声で固まってしまう。後ろの騎士たちも一斉に怯んだあたり、実はちょっとヘタレ揃いかも知れない。

「なによ、何だかうるさいわね。さっさと出発しなさいよ」
「いやあ、それがね。何だかヘンな人に絡まれちゃってさ」

 車内から声だけでレギーナが話しかけてきて、アルベルトも困ってしまう。行く手を阻むようにカイゼル髭と騎士たちが立っているので、退いてもらわないと進めないのだ。

「なにそれ?」
「申し訳ないけど、ちょっと出てきてもらっていいかな?」

「なによもう。面倒くさいわね」
「なんね、どげしたどうしたとね?」

 面倒くさいと言いつつも、レギーナは御者台に顔を出した。ミカエラも一緒だ。
 そして彼女たちが顔を出したものだから、途端にカイゼル髭が喜色に溢れる。

「おお!確かに勇者様でございますな!ささ、そのような粗末な車ではなく──」
「は?」

 喜々として話し始めたカイゼル髭の言葉は、氷点下まで下がったレギーナの声に遮られた。

「あなた今、もしかして私たちのアプローズ号を『粗末ボロ』って言った?」
「えっ、いや──」
「言うたねえ。姫ちゃんお気に入りの蒼薔薇騎士団専用車両ば、ハッキリと『粗末な車』て」
「ていうか、何その刀。それってことで、いいのよね?」

 ハッとして、大慌てで納刀する髭&騎士たち。
 いやもう完璧に手遅れだと思いますが。

「最初の名乗りが正しいのなら、そこのオジサマは皇帝陛下の名代の外務宰相サマよね?」

 ヴィオレまで御者台に顔を出してきた。しかも見計らったように完璧なタイミング、カイゼル髭にとっては最悪なタイミングで彼の正体をバラしてしまう。

「ほほ~ん?っちゅうことは、アナトリアはわけたい?」
「あら。じゃあに報告しなきゃいけないわね」
「あっいや、違います!これはそこの無礼者を」
「あら。この人は私たちが雇った旅先案内人兼従者で旅の同行者なのだけれどね?それを無礼ということは…」
「おいちゃんば雇うた蒼薔薇騎士団ウチらに文句ば付けた、っちゅうことやんな?」
「めめめめ滅相もない!」

 とうとうカイゼル髭は真っ青になってオロオロと慌て出す。
 最初の本人の名乗りが正しければ彼はなので、彼の行動は皇帝の意向ということになる。皇帝は国家の主権者であり体現者であるので、ミカエラの言う通りことに等しいのだ。
 そのことにようやく気付いたのだろう。だがもう遅い。

「スズ。構わないからアレ踏み潰していいわよ。国家を脅かした反逆者だから遠慮はいらないわ」
「グルル」
「ひぃ!?」

 レギーナの言葉がちゃんと解っている賢いスズが歩き出し、カイゼル髭と配下の騎士たちは大慌てでその進路から逃げ散った。
 なのに『踏み潰せ』と言われたものだから、スズはカイゼル髭に向かって進路を変える。もうこうなると言うこと聞かないだろうな、と理解しているアルベルトは手綱を握っているだけで、制止しようとすらしなかった。

「ももも申し訳ありませぬ!この通り!無礼をお詫び致しますゆえ!どうかお怒りをお収め──」
「バカなの?」
「ふへ?」
「頭が高いって言ってんのよ!」


 この西方世界において、勇者とはどこの国家にも縛られぬ唯一無二の存在である。人類の英雄、世界の救済者たる勇者はその特殊な在り方ゆえにどの国にも属さず、どんな国にも頭を垂れることはない。逆に勇者に救われる国々のほうが本来なら勇者に頭を下げるべきなのだ。
 つまりこのアナトリア皇国内において、皇帝に対して頭を下げなくて良い唯一の存在が勇者である。その勇者に対してが剣を向けたのだ。
 もはや怒りを収めるどころの騒ぎではない。下手をすると、いや下手しなくても国家存亡の危機というやつだ。だってさすがに勇者ひとりで国を物理的に滅ぼすことなどできないが、勇者に敵対した国は他の全ての国から『人類の敵』と看做され敵視されるのだから。

「皇帝の名代が勇者に剣を向けておいて、で済むと思ってるなら、やはり国家反逆罪で処刑するしかないわねえ?」
「ちゅうかこげなんこんな奴国の要職につけとうやらなんて、皇帝の資質が問われるばいね」
「ぎゃあーーーー!!」

 愚行の責任を問われるだけでなく、具体的に、さらには主君たる皇帝の正統性にまで言及されて、とうとうカイゼル髭は跪き、地面に額を擦りつけて命乞いを始めた。

「もももも申し訳ございませんっ!ここここの通り謝罪致しますゆえ!どどどどうかいいい命ばかりは!」


 さすがに見かねてアルベルトが手綱を引き、スズも解ってると言いたげにカイゼル髭の至近に脚を踏み下ろす。

「ぎゃひーーーー!!??」

 その拍子に振動でひっくり返ったカイゼル髭は、もう顔面蒼白で死にそうな顔になっている。

「貴方むしろ皇帝陛下にお詫びすべきではなくて?まあ許されると思えないけれど」
「そうね。まあその前に私が許すなって言うけどね」
「そっそんな!ご無体な!?」
「まあアナトリアの陛下は苛烈っちゅう噂やけんが、一族郎党皆殺しになるっちゃない?」
「………っひぃ!?」

 ますます顔面蒼白になるあたり、自分でも具体的に想像できてしまったのだろう。まあ思い上がった態度を取っていたのだから、完全に自業自得である。




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【お知らせ】
次回更新は9/1になります。その次は9/5で、以降また5日ごとの更新になります。よろしくお願いします。







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