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第三章【イリュリア事変】
3-29.事の顛末(2)
しおりを挟むアルベルトと王室親衛隊の漆黒騎士たちが撃退した二度目の鐘楼襲撃もまた盗賊ギルドであった。こちらは全員が捕縛され、その取り調べで軍務大臣の関与が明らかになったわけだ。
どうも軍務大臣は蒼薔薇騎士団が王城から姿を消したことでアジトを襲撃され証拠を掴まれると恐れたようで、鈴鐘を再び起動させて勇者を亡きものにすることさえ覚悟していたらしい。そんなことになればイリュリア王国そのものが破滅するのだが、そこまでは思い至らなかったようだ。
その他、騎士団長に従っていた騎士団員などの内通者も順次調べられ検挙されつつあるという。盗賊ギルドの方は構成員が何名いるかは分からないが、王家の威信をかけて全員を探し当てることになるだろう。
ちなみにアルベルトが高鐘楼で倒した、職員に成りすましていたあの男は盗賊ギルドのサブマスターで“凄腕”相当の強者だったそうだ。「あなた、よくひとりで捕縛できたわね」とレギーナが訝しんでいたが、アルベルトは後ろから不意をついたのだとしか言わなかった。
ついでに、切れ者と噂の第二王子ペトロスだが、頭が切れすぎて頭の中でシミュレーションしすぎたのか、状況をよく見定めようと静観するうちに王太子に動かれ、蒼薔薇騎士団が絡んだことで自身が動くチャンスとタイミングを失った。そのため今回はずっと舞台袖から見ているだけだったようだ。
「今回のことで私は後ろ盾を失い、ティグランは傀儡にされかねない懸念を露呈しました。どちらが王位を継いでも不安が囁かれることでしょう」
「かと言って私が次期国王になれば、それはそれで血の正当性を問題視されることになります。イリシャ本国がザナに婿を送り込んで次期国王に仕立てる可能性も高くなりました」
現段階でまだ王太子であるダビットと、今回唯一失点のなかったペトロスが、これもやはり苦渋の表情で言葉を続ける。ペトロスの母は正妃であったダビットの母の侍女だった女性で、正妃の死後、ティグランの母を新たに正妃に迎えるまでの間にジェルジュ王と関係を持ったのだそうで、身分が低かったために認知しても正妃には上げられないという。
ティグランも含めてとても仲の良い兄弟だが、この先にはいずれも茨の道が待っていそうだ。ある意味で王子たちも巻き込まれた被害者ではあるのだが、国内や自身の派閥を統率できなかったという意味で彼らも責任を逃れられはしないだろう。
だが、レギーナたちやアルベルトにとってはそこから先は関与できない問題だ。蒼薔薇騎士団はあくまでも「通りすがり」なのだから。
どう転ぶにせよそれはイリュリア国内の問題で、それは蒼薔薇騎士団がこの国を発って行った後の話になるだろう。
「ただまあそれはそれとして、ミカエラちゃんは体調が戻るまで静養ね。治るまでは旅の再開は許しません」
それまで黙って話を聞いていたマリアが、安楽椅子に身を沈めるミカエラにピシャリと言い放った。
「静養て言われても…。ウチら東方までの旅の途中なんっちゃけど」
「そんなの急を要する旅でもないんだし、3、4日ぐらいへーきへーき。不安を抱えたままでまたピンチに陥りたいんなら構わないけど、教団としてはこれ以上のトラブルは勘弁して欲しいところね」
困惑するミカエラに、マリアが重ねて言い放つ。
蛇王封印の旅を「そんなの」と言い切ってしまうあたり、さすがは元勇者パーティの一員と言うべきか。それとも単なるいい加減な放言と見るべきか。
アルベルトに聞けばきっと後者だと言うに違いなかったので、誰もその点は確認しなかった。
「ん、まあ、3日ぐらいなら。ミカエラが本調子でないと私も心配だし」
「そうそう。将来の主祭司徒さんにはもっと自分の身を大事に扱って欲しいわ~」
「えっ、主祭司徒?そうなのかい?」
「いやいやウチはそげな柄やないですけん!」
柄じゃないといくら本人が否定したところで、ミカエラが元主祭司徒の孫娘なのは厳然たる事実である。しかも彼女自身、教団内では侍祭司徒の位階を得ていて、すでに幹部候補の一角を占めていたりする。女性初の主祭司徒就任への期待感は確かにあるのだ。
ちなみにイェルゲイル神教の教団最高位が主祭司徒、各宗派のトップが大司徒、主祭司徒と大司徒を補佐するのが侍祭司徒であり、ミカエラはランク的には上から三番目、実質的な教団ナンバー2である巫女を含めても上から四番目の高位にある。とはいえ彼女自身は教団全体で50名いる侍祭司徒の中では末端の無役で、今は勇者パーティでの職務を優先させることが許されている。
「何言ってるのよ。教団史上最年少侍祭司徒のくせに」
ミカエラの次に若い現役の侍祭司徒は30代だったりする。就位年齢で見ればミカエラが17歳、彼女以前の史上最年少が28歳だったから、彼女の出世スピードはあり得ないくらい早い。
ちなみにマリアは侍祭司徒の下の高司徒の時に後継指名されて巫女になったので、侍祭司徒は経験していない。
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