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第三章【イリュリア事変】
3-11.封魔の鈴鐘
しおりを挟む「まず聞きたいのは、あの霊遺物についてよ」
集まった面々を前にして、会議室の丸テーブルに片手をついてやや前のめりになりながらレギーナはそう切り出した。
「あんなもの、個人や多少の組織で用意できたとは思えないわ。国宝級だと思うんだけど?」
「…いかにも、あれは我がイリュリアの誇る防衛機構にござる」
レギーナの正面、椅子に座ったまま宰相が重い口を開いた。
「防衛機構ですって?」
「さよう。しかしながらあれは国家機密でしてな…」
王城の会議室に集められたのは宰相、騎士団長、戦士団長、親衛隊長、それに軍務大臣とティルカン市長。それら国家の重臣たちが蒼薔薇騎士団と向かい合う形でテーブルを挟んで相対している。
宰相の口ぶりは重い。自分の一存で明かしていいものやら迷っているようだ。
「それは余の方から説明させて頂こうか」
扉が開くと同時に声がして、その場の全員が声のした方を振り返ると、ジェルジュ王が入ってきたところだった。
例の霊遺物は『封魔の鈴鐘』というらしい。魔力を流しつつ鳴らすことで、音の響く範囲内の全ての魔力を無効化する効果があるという。ある程度離れていれば魔術を封じられるだけで済むのだが、近付けば近付くほど霊力を含めた全ての魔力を封じられてしまい、至近にいれば生命に関わることさえある。しかもその影響は霊力の高い者ほど顕著になるという。
そして、封魔の鈴鐘があるのは街の中央広場にそびえ立つ高鐘楼の上であり、〈雄鷹の王冠〉亭もまた中央広場に面した位置にあった。つまりレギーナたちは鈴鐘のほぼ真下でモロに影響を受けてしまったわけである。
ちなみに鈴鐘は普段は単に夜明けと昼の入りと日没を報せる時報としてしか使われていないという。魔力さえ流さなければ普通の鈴鐘と変わりなく、だから一般的には霊遺物ではなく、ただの鈴鐘として周知されている、ということだった。
「魔力を流さなければ発動しないのに、発動させたら魔力を停められるわけ?」
「さよう。ゆえに発動させる者は霊力なき者に限られる」
「でもそれじゃ発動できないんじゃ」
「魔力の発生源は問わぬゆえ、魔鉱石でも持っておればそれで良いのです」
「…なるほど。霊力ナシの人間なら影響も最小限やから鳴らし続けることもできる、ちゅうわけたい」
「その通りじゃミカエラ殿。まあさすがに霊力のない者でも戦闘行動までは難しかろうが、身体を動かす程度なら、の」
つまり、霊力の高いレギーナやミカエラのような者たちは鈴鐘の影響下では気絶したり生命の危機に晒されるが、霊力のない、つまり魔術を使えない者ならば気も失わないし身体もある程度動かせる。そうジェルジュ王は言っているわけだ。
確かにあの時、最初に動けたのは一行でもっとも霊力の少ないアルベルトだった。その次に霊力の低いヴィオレは気絶もせず倒れることもなかった。ふたりとも多少なりとも霊力があるから苦しみはしたものの、それでも瞬間的に気絶したレギーナや昏倒したミカエラほど重篤ではなかった。
「音響の範囲はいかほどかしら、閣下」
「そうさな、このティルカン市街の大半は包み込めるであろうの」
「範囲内では魔術が使えんごとなって…」
「範囲外からの魔術投射も影響範囲に入った時点で無効化される、ということね」
「そういう事なら対魔術防御としては完璧、やけど…」
「でもそれじゃこの国の騎士も魔術師も全部役立たずよね?」
「いかにも。それゆえ、この国には霊力のない者を集めた“戦士団”が別途組織されておりまする」
国王とレギーナ、ミカエラのやり取りを最後は軍務大臣が引き取った。
つまりイリュリア側には封魔の鈴鐘を発動させても用いることができる戦力がある、ということ。そして戦士団として組織している以上、魔力の停滞下でもある程度動けるように訓練もしていることだろう。
もしもそれを知らずにイリュリアへ、このティルカンに攻め込んだ勢力があったとしても、戦士団さえ健在ならば首都の防衛は容易だろう。市民への影響は鈴鐘の至近から避難させるだけで抑えられるわけで、確かにそれは鉄壁の防御だと言えた。
だが、今回そんな国家機密の国宝を賊に奪われてしまったわけで。
「それが今回幸いじゃったのは、鈴鐘は奪われてはおらなんだ」
どこか安堵するように王が告げた。
そう。賊は警護の騎士や鈴鐘番の担当職員たちを殺して高鐘楼を占拠したものの、鈴鐘を鳴らして発動させただけで奪うことをしなかったのだ。
おそらく賊は高鐘楼と〈雄鷹の王冠〉亭の二手に別れて、まず高鐘楼を占拠、鈴鐘を鳴らして発動させた時点で宿のレギーナたちを襲撃、ティグラン王子を素早く確保したのち撤収した。その手はずだったから鐘楼襲撃グループが鐘楼の入口扉に犯行声明文を残せたわけだ。
ただ、犯人たちはよく確認せずにティグラン王子とクレアを取り違えてしまった。そのため王子は無事で王宮におり、賊は目的を達成できていないということになる。
そしてわざわざ鐘楼を占拠して鈴鐘を発動させた意味を考えれば、ティグラン王子を保護した冒険者パーティの無力化にあることは明白だ。それが蒼薔薇騎士団だと分かっていたかは定かではないが、安全かつ確実に目的を遂行するためにわざわざそこまで手を打ったのだろう。
だとすれば、本来の目的を達成するために賊が再び鐘楼を襲ってくることも充分考えられる。
「そう。じゃあ高鐘楼さえ守りきればもうアレを食らうことはないってわけね」
あの厄介な霊遺物さえ発動しないのならばいくらでもやりようはある。魔力さえ奪われなければ勇者パーティの絶対的優位は揺らがないのだ。鐘楼を再び襲うことが予測されるのであれば、今度こそ充分な戦力で守ればいいだけだ。
「鐘楼の防衛には、しばらく戦士団を重点的に当たらせるとお約束いたそう。今度は必ずや守り切ってみせまするぞ」
戦士団長が胸を叩いて自信満々に請け負う。
「ほんならあとは、奴らがどこさい潜んどるか、やな」
拳を掌で包み込みつつ、ゴキリと鳴らしてミカエラが呟く。
いやお怒りはごもっともですが抑えましょう。国王はじめ目の前の皆さんが怯えてますんで。
「ヴィオレ」
「ええ、任されたわ」
レギーナが一言言えば、彼女は心得ているとばかりに一言返して、そのまま部屋を出て行った。あとは彼女が賊の規模やアジトなどきっちり調べ上げてくるだろう。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【注記】
「鈴鐘」というのはつまり、冠婚葬祭でおなじみのベ○コのCMに出てくるような鐘のことです。日本語でなんて呼ぶか分からないので造語しました。
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