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第三章【イリュリア事変】
3-5.拾った少年は
しおりを挟む「…で?それでどうしてこの子を連れ帰って来ちゃったわけ?」
〈雄鷹の王冠〉亭の最高級客室のリビング。そのソファに座らされてオドオドする少年を、レギーナとミカエラが冷ややかに見つめていた。
「いやあ、とりあえず一番安全なのがここだと思ってね」
「いやまあ、そらそうやばってんが…」
有り体に言って、レギーナもミカエラも厄介事を持ち込まれたとしか思っていない。持ち込むにしてもせめて、身元の確認ぐらいはして欲しかったのが本音だ。
だが彼女たちとて、ここまでの付き合いでアルベルトがほぼ無条件で人助けに走るお人好しなのは分かっている。分かってはいるが実際にこうして持ち込まれると面倒でしかない。
だからこそ、彼には何とかそれを改めさせなければとも思っていた。だがこうして目の前に『保護』して連れて来られている現状で言い出せることでもない。
ただまあ、彼は少年と出会う直前までヴィオレと一緒だったと言うし、そうであれば彼女も当然気付いていたはずだ。であればこの少年を保護することは彼女も同意したという事になる。それに人助けそのものは『勇者的行為』でもある。
結局のところ遅かれ早かれ巻き込まれる運命だったと考えれば、自発的に首を突っ込んだ形の今の状況はまだしもマシかも知れない。
「まあいいわ。それで、貴方誰なの?」
「え、ええっと…」
無理からぬことだが、少年もレギーナたちも自分たちの素性を明らかにしようとしなかった。お互いがお互いの素性を隠したまま腹の探り合いをしているのだから、当然話が進まない。
「ウチらは旅の冒険者やけん、まあ君の警戒しとる利害関係とは無縁と思ってよかよ」
埒が明かないのでミカエラが補足する。とりあえず正体云々はさておいても、名前くらい名乗ってもらわなくては話にならない。
「その、僕は…イェラキと言います…」
「イェラキ君、ね。そんで?君ば追っかけとった奴らになんか心当たりのあるかいね?」
「それが…分からなくて…」
(あ~、こん子巻き込まるうタイプの被害者やん。面倒くさかあ)
声や顔にこそ出さないが、ミカエラの心象が一気に渋くなる。
「顔は見たけど、雇われ者のゴロツキな雰囲気だったね。おそらく実行犯ってだけで、捕まえてもロクな情報は持ってないと思う」
「まあそらそうやろね。誘拐の実行犯やら無関係の下っ端以外にやらせられんもん」
「問題は、黒幕が誰かよね。まあそこは今頃調べてるだろうけど」
「そうだね。俺が気付いたぐらいだし、彼女が気付かなかったはずはないよ」
「えっと…?」
勝手に話、というか推測が目の前で進んでいくことに少年、イェラキが戸惑いを見せる。
「あなたにひとつだけ忠告しておくわね」
軽くため息を吐きつつレギーナが言う。
「偽名を名乗るんなら、もっと分かりにくい名前を名乗りなさい。鷹なんて、イリュリアの王族だと名乗ったようなものよ?」
「えっ…!?ば、バレるんですか?」
「当たり前じゃない、イリシャ語でそのまんま“鷹”の意味だもの。それにイリュリアの民が鷹の子孫だってことくらい、少し歴史に明るければ誰でも知ってるわ」
「まあ知らんくても、イリュリア王家の紋章が鷹の意匠って知っとったら一発やんなあ」
「そう言えば、王室がらみでクーデターの動きがあるってことも彼女言ってたね」
「なんだ。そこまで分かってるんだったら、もう半分解決したようなものね」
偽名ひとつで次々と正確に推測されて、少年が目を丸くする。その様子だけでも、彼が世間知らずの箱入りなのが見て取れる。
つまり彼はイリュリアの王子だ。そしてクーデターを画策する側に、神輿として担がれるために身柄を拘束されようとしていたのだろう。
となるとあとの問題は、彼を担ごうとしているのが誰かということと、彼をぶつける標的がどこかという、その二点だけだろう。それは国王か、もしくは次期国王つまり王太子か。
イリュリアの王子ということになれば、公に名前が出ているのは3人。長兄の王太子と次兄そして末弟だが、目の前の少年もしくは成人したてくらいの若い王子は、公開情報と照らし合わせるなら今年成人したばかりの末弟のティグラン王子だろう。長兄のダビット王太子は今年22歳、次兄のペトロス王子は今年18歳で、どちらも年齢が合わない。
だから隠し子でもいない限りはティグラン王子で確定ということになる。
「それで、護衛はなんばしよんしゃっと?」
「え、なんば…?」
「護衛は『どうしてるんですか?』」
流石にラティン語のファガータ弁が通じなくて、ミカエラが渋々言い直す。西方世界全体で通用する現代ロマーノ語も、南海沿岸のエトルリアやスラヴィアの公用語であるラティン語の標準語も流暢に喋れるんだから喋ればいいのに、頑なに出身地の方言を貫き通すのはミカエラの誇りであるらしい。
「それが、途中ではぐれてしまって…」
「ふうん。倒された、というわけではないのね?」
「えっと…おそらくは…」
「ひめ、裏に人がいるよ…」
その時、リビングに音もなく入ってきたクレアが監視されていることを告げてきた。
「え、ひめ…?」
「何人ぐらいいそう?」
「分かるのは、ふたり…どっちも女の人…」
「おっし。ほんならウチが話ば付けてこう」
ミカエラがそう言って立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。アルベルトもついて行こうとしたが、レギーナに「足手まといだから行かなくていいわ」と釘を刺されていた。
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