上 下
115 / 319
第三章【イリュリア事変】

3-5.拾った少年は

しおりを挟む


「…で?それでどうしてこの子を連れ帰って来ちゃったわけ?」

 〈雄鷹の王冠〉亭の最高級客室ロイヤルスイートのリビング。そのソファに座らされてオドオドする少年を、レギーナとミカエラが冷ややかに見つめていた。

「いやあ、とりあえず一番安全なのがここだと思ってね」
「いやまあ、そらそうやばってんがだけど…」

 有り体に言って、レギーナもミカエラも厄介事を持ち込まれたとしか思っていない。持ち込むにしてもせめて、身元の確認ぐらいはして欲しかったのが本音だ。
 だが彼女たちとて、ここまでの付き合いでアルベルトがほぼ無条件で人助けに走るお人好しなのは分かっている。分かってはいるが実際にこうして持ち込まれると面倒でしかない。
 だからこそ、彼には何とかそれを改めさせなければとも思っていた。だがこうして目の前に『保護』して連れて来られている現状で言い出せることでもない。

 ただまあ、彼は少年と出会う直前までヴィオレと一緒だったと言うし、そうであれば彼女も当然気付いていたはずだ。であればこの少年を保護することは彼女も同意したという事になる。それに人助けそのものは『勇者的行為』でもある。
 結局のところ遅かれ早かれ巻き込まれる運命だったと考えれば、自発的に首を突っ込んだ形の今の状況はまだしもマシかも知れない。

「まあいいわ。それで、貴方誰なの?」

「え、ええっと…」

 無理からぬことだが、少年もレギーナたちも自分たちの素性を明らかにしようとしなかった。お互いがお互いの素性を隠したまま腹の探り合いをしているのだから、当然話が進まない。

「ウチらは旅の冒険者やけん、まあ君の警戒しとる利害関係とは無縁と思ってよかよ」

 埒が明かないのでミカエラが補足する。とりあえず正体云々はさておいても、名前くらい名乗ってもらわなくては話にならない。

「その、僕は…イェラキと言います…」
「イェラキ君、ね。そんで?君追っかけとった奴らになんか心当たりのあるかいね?」
「それが…分からなくて…」

(あ~、こん子巻き込まるうれるタイプの被害者やん。面倒くさかあ)

 声や顔にこそ出さないが、ミカエラの心象が一気に渋くなる。

「顔は見たけど、雇われ者のゴロツキな雰囲気だったね。おそらく実行犯ってだけで、捕まえてもロクな情報は持ってないと思う」
「まあそらそうやろね。誘拐の実行犯やらなんて無関係の下っ端以外にやらせられんもん」
「問題は、黒幕が誰かよね。まあそこは今頃調べてるだろうけど」
「そうだね。俺が気付いたぐらいだし、彼女が気付かなかったはずはないよ」

「えっと…?」

 勝手に話、というか推測が目の前で進んでいくことに少年、イェラキが戸惑いを見せる。

「あなたにひとつだけ忠告しておくわね」

 軽くため息を吐きつつレギーナが言う。

「偽名を名乗るんなら、もっと分かりにくい名前を名乗りなさい。イェラキなんて、イリュリアの王族だと名乗ったようなものよ?」
「えっ…!?ば、バレるんですか?」
「当たり前じゃない、イリシャ語でそのまんま“鷹”の意味だもの。それにイリュリアの民が鷹の子孫だってことくらい、少し歴史に明るければ誰でも知ってるわ」
「まあ知らんくても、イリュリア王家の紋章が鷹の意匠って知っとったら一発やんなあ」
「そう言えば、王室がらみでクーデターの動きがあるってことも彼女言ってたね」
「なんだ。そこまで分かってるんだったら、もう半分解決したようなものね」

 偽名ひとつで次々と正確に推測されて、少年が目を丸くする。その様子だけでも、彼が世間知らずの箱入りなのが見て取れる。

 つまり彼はイリュリアの王子だ。そしてクーデターを画策する側に、神輿として担がれるために身柄を拘束されようとしていたのだろう。
 となるとあとの問題は、彼を担ごうとしているのが誰かということと、彼をぶつける標的がどこかという、その二点だけだろう。それは国王か、もしくは次期国王つまり王太子か。
 イリュリアの王子ということになれば、公に名前が出ているのは3人。長兄の王太子と次兄そして末弟だが、目の前の少年もしくは成人したてくらいの若い王子は、公開情報と照らし合わせるなら今年成人したばかりの末弟のティグラン王子だろう。長兄のダビット王太子は今年22歳、次兄のペトロス王子は今年18歳で、どちらも年齢が合わない。
 だから隠し子でもいない限りはティグラン王子で確定ということになる。

「それで、護衛はなんばしよんしゃっと?」
「え、なんば…?」
「護衛は『どうしてるんですか?』」

 流石にラティン語のファガータ弁が通じなくて、ミカエラが渋々言い直す。西方世界全体で通用する現代ロマーノ語も、南海沿岸のエトルリアやスラヴィアの公用語であるラティン語の標準語も流暢に喋れるんだから喋ればいいのに、頑なに出身地の方言を貫き通すのはミカエラの誇りであるらしい。

「それが、途中ではぐれてしまって…」
「ふうん。倒された、というわけではないのね?」
「えっと…おそらくは…」

「ひめ、裏に人がいるよ…」

 その時、リビングに音もなく入ってきたクレアが監視されていることを告げてきた。

「え、ひめ…?」
「何人ぐらいいそう?」
「分かるのは、ふたり…どっちも女の人…」

「おっし。ほんならウチが話ば付けてこう」

 ミカエラがそう言って立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。アルベルトもついて行こうとしたが、レギーナに「足手まといだから行かなくていいわ」と釘を刺されていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染みの2人は魔王と勇者〜2人に挟まれて寝た俺は2人の守護者となる〜

海月 結城
ファンタジー
ストーカーが幼馴染みをナイフで殺そうとした所を庇って死んだ俺は、気が付くと異世界に転生していた。だが、目の前に見えるのは生い茂った木々、そして、赤ん坊の鳴き声が3つ。 そんな俺たちが捨てられていたのが孤児院だった。子供は俺たち3人だけ。そんな俺たちが5歳になった時、2人の片目の中に変な紋章が浮かび上がった。1人は悪の化身魔王。もう1人はそれを打ち倒す勇者だった。だけど、2人はそんなことに興味ない。 しかし、世界は2人のことを放って置かない。勇者と魔王が復活した。まだ生まれたばかりと言う事でそれぞれの組織の思惑で2人を手駒にしようと2人に襲いかかる。 けれども俺は知っている。2人の力は強力だ。一度2人が喧嘩した事があったのだが、約半径3kmのクレーターが幾つも出来た事を。俺は、2人が戦わない様に2人を守護するのだ。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

騎士王と大賢者の間に産まれた男だけど、姉二人と違って必要とされていないので仕えません!

石藤 真悟
ファンタジー
 自分の家族、周囲の人間に辟易し、王都から逃げ出したプライスは、個人からの依頼をこなして宿代と食費を稼ぐ毎日だった。  ある日、面倒だった為後回しにしていた依頼をしに、農園へ行くと第二王女であるダリアの姿が。  ダリアに聞かされたのは、次の王が無能で人望の無い第一王子に決まったということ。  何故、無能で人望の無い第一王子が次の王になるのか?  そこには、プライスの家族であるイーグリット王国の名家ベッツ家の恐ろしい計画が関係しているということをプライスはまだ知らないのであった。  ※悲しい・キャラや敵にイラッとするお話もあるので一部の話がカクヨムでのみの公開としています。  ご了承下さい。

最弱の職業【弱体術師】となった俺は弱いと言う理由でクラスメイトに裏切られ大多数から笑われてしまったのでこの力を使いクラスメイトを見返します!

ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
俺は高坂和希。 普通の高校生だ。 ある日ひょんなことから異世界に繋がるゲートが出来て俺はその中に巻き込まれてしまった。 そこで覚醒し得た職業がなんと【弱体術師】とかいう雑魚職だった。 それを見ていた当たり職業を引いた連中にボコボコにされた俺はダンジョンに置いていかれてしまう。 クラスメイト達も全員その当たり職業を引いた連中について行ってしまったので俺は1人で出口を探索するしかなくなった。 しかもその最中にゴブリンに襲われてしまい足を滑らせて地下の奥深くへと落ちてしまうのだった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

カティア
ファンタジー
 疲れ切った現実から逃れるため、VRMMORPG「アナザーワールド・オンライン」に没頭する俺。自由度の高いこのゲームで憧れの料理人を選んだものの、気づけばゲーム内でも完全に負け組。戦闘職ではないこの料理人は、ゲームの中で目立つこともなく、ただ地味に日々を過ごしていた。  そんなある日、フレンドの誘いで参加したレベル上げ中に、運悪く出現したネームドモンスター「猛き猪」に遭遇。通常、戦うには3パーティ18人が必要な強敵で、俺たちのパーティはわずか6人。絶望的な状況で、肝心のアタッカーたちは早々に強制ログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク役クマサンとヒーラーのミコトさん、そして料理人の俺だけ。  逃げるよう促されるも、フレンドを見捨てられず、死を覚悟で猛き猪に包丁を振るうことに。すると、驚くべきことに料理スキルが猛き猪に通用し、しかも与えるダメージは並のアタッカーを遥かに超えていた。これを機に、負け組だった俺の新たな冒険が始まる。  猛き猪との戦いを経て、俺はクマサンとミコトさんと共にギルドを結成。さらに、ある出来事をきっかけにクマサンの正体を知り、その秘密に触れる。そして、クマサンとミコトさんと共にVチューバー活動を始めることになり、ゲーム内外で奇跡の連続が繰り広げられる。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業だった俺が、リアルでもゲームでも自らの力で奇跡を起こす――そんな物語がここに始まる。

虐待して監禁してくるクソ親がいるので、仮想現実に逃げちゃいます!

学生作家志望
ファンタジー
かつて、主人公の父親は国王だったが、謎の失踪を遂げ、現在は主人公の母親が女王となってこの国の政治を任されている 表向きは優しく美しい女王、カンナ・サンダーランド。 裏では兄を贔屓、弟の主人公を城に監禁して虐待しまくるクソ親。 子供のころから当たり前になっていた生活に、14歳にもなって飽き飽きしてきた、主人公、グラハム・サンダーランドは、いつもの通り城の掃除を任されて父親の書斎にやってくる。 そこで、録音機が勝手に鳴る、物が勝手に落ちる、などの謎の現象が起こる そんな謎の現象を無視して部屋を出て行こうとすると、突然、いかにも壊れてそうな機械が音を出しながら動き始める 瞬間、周りが青に染まり、そこを白い閃光が駆け抜けていく────── 目が覚めると...そこは俺の知っているクルパドックではなく、まさかのゲーム世界!? 現実世界で生きる意味を無くしたグラハムは仮想現実にいるという父親と、愛を求めて、仲間と共に戦う物語。 重複投稿をしています! この物語に登場する特殊な言葉 オーガニゼーション 組織、ギルドのこと 鳥の羽 魔法の杖のこと

処理中です...