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第二章後半【いざ東方へ】
2-27.奇観と波間に見えるもの
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「前の方に島が見えてきたね」
プールに後ろ髪を引かれているレギーナをミカエラが宥めすかしていると、アルベルトの声がする。彼の指さす方を見ると、確かに大小いくつかの島が見えてきていた。
これから遊覧船はあの島々の合間をスピードを落としつつ周遊していく。それで島と海の自然や生物たちを観察し、時には触れ合いつつ満喫するのだ。
最初の小島はこんもりと小山のようになっていて、波打ち際まで木々が生い茂っている。中には海水から直接生えている木もあるほどで、砂浜などは見えなかった。
「あの木、海から生えてない?」
「ほんまやねえ。普通は潮にやられて枯れるて思うっちゃけど」
「ふしぎ…」
『最初の小島が見えて参りました。あの島に育つ木は“マングローブ”と言いまして、西方世界ではこの島嶼部にだけ見られる、海水でも育つ特別な樹木でございます。元は東方世界の原産とのことですが、おそらく海を伝って種がここまで流れ着いたのでございましょう。今では自生して、すっかりこのような奇観を形成するに至りました』
すかさず船内放送が解説を入れてくる。おそらくこのように逐次解説を入れて、乗客たちの疑問に答えつつしっかり楽しんでもらおうという趣旨なのだろう。
「へえ。変わった木もあるものね」
「潮水でも育つやら、変わっとんねえ」
「隣の島は、普通…」
そしてすぐ横に見えている島の方は波打ち際が崖になっていて、そのすぐ上まで森が迫っていたが海中からは樹は生えていない。こちらはある意味見慣れた景色だが、この相反する景色がふたつ並んでいるというのも不思議な感覚である。
「あっちの島は波の当たりよるごたんね」
「波に削られてなければ、あちらの島にもあの木が生えていたのかしらね」
話している間にも船はふたつの小島の間を抜けて、すぐまた次の島が現れてくる。今度の島は森が後退していて浜辺が見えている。
「こっちには、浜辺があるよ…?」
「なしこっちにはあの木が生えとらんとやろか?」
「よく分かんないけど、不思議ね」
奇観に目を奪われるレギーナたちを乗せて船は進む。島同士はそれぞれかなり近接しているが、それでいてこの大きな遊覧船が周遊できる程度に水深があるというのも、考えてみれば不思議な話だ。
「結構水深のあろうごたんね」
水面を見下ろしつつミカエラが言う。つられて見下ろすと、確かに水の色が濃くて海底が見えない。ラグシウムのビーチや先ほどの浜辺のある島の周囲の海は美しいエメラルドグリーンだったので、違いが一目瞭然である。
『当船の航行ルートは厳重な調査を元に、充分な水深のあるルートを選定してございます。座礁の恐れなどもございませんので、皆様ご安心下さいませ』
またしても解説が入る。乗客の知りたいことに的確に応える、よい解説っぷりである。
「あっ、おさかな…!」
クレアが指さして、全員がそちらを見る。確かに彼女の示した水面の下で魚の群れが泳いでいるのが見えた。
「ていうかあそこ、海の色が違わない?」
「ああ、あらぁ潮の変わる境目やね。あげんして色の変わるとこは海の栄養の集まっとってくさ、それ目当てに小魚やらなんやらも集まってきたりするとよ」
『島嶼部は入り組んでおりますゆえ波も穏やかで潮目も複雑でございます。そのため海棲生物の宝庫となっておりまして、近隣の漁師たちにとってはよい漁場となっております』
またまた的確な解説。
まるでどこかでレギーナたちの会話を盗み聞きしているかのようなタイミングの良さである。
『そして時には、それらの小魚を目当てに大型の肉食魚も入り込むことがございますので、皆様海面への転落は充分ご注意下さいませ』
さらに先回り解説さえしてくる。
いやまあこれは先回りというか必要な注意喚起でもあるけど。
「あっ、あれ…!」
そしてクレアがまた指さす先には、海面から突き出た三角の背びれ。その注意喚起のとおりに、小魚を狙って狩魚が入ってきているのだ。しかも一頭だけでなく、背びれがいくつか見えている。
狩魚が潮目の境に集まっていき、その向かった先の水面がにわかに水飛沫を上げ始める。天敵に気付いた小魚たちが慌てて逃げようとしているのだ。だがすでに周りを狩魚に囲まれていて、狩魚たちはその水飛沫の中に突入して背びれや尾びれをバタつかせながら暴れている。
「すごい、なにあれ」
「あーあらぁ狩魚の“狩り”やね。あげんして群れで小魚ば追い込んで腹いっぱい喰うとげな」
「へえ、面白いわね」
クレアの疑問にミカエラが応え、それを受けてレギーナが感心したように波立つ水面を眺めている。
意外と雑学知識の豊富なミカエラである。彼女はアルベルトのことを“なんでもよく知る物知り博士”ぐらいに思っているが、彼女も案外人のことをとやかく言えないのであった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【補足】
動物名に当てている漢字はオリジナルを含みます。この世界での呼び名ということで、別に間違えてるわけではないのでご承知おき下さい。
プールに後ろ髪を引かれているレギーナをミカエラが宥めすかしていると、アルベルトの声がする。彼の指さす方を見ると、確かに大小いくつかの島が見えてきていた。
これから遊覧船はあの島々の合間をスピードを落としつつ周遊していく。それで島と海の自然や生物たちを観察し、時には触れ合いつつ満喫するのだ。
最初の小島はこんもりと小山のようになっていて、波打ち際まで木々が生い茂っている。中には海水から直接生えている木もあるほどで、砂浜などは見えなかった。
「あの木、海から生えてない?」
「ほんまやねえ。普通は潮にやられて枯れるて思うっちゃけど」
「ふしぎ…」
『最初の小島が見えて参りました。あの島に育つ木は“マングローブ”と言いまして、西方世界ではこの島嶼部にだけ見られる、海水でも育つ特別な樹木でございます。元は東方世界の原産とのことですが、おそらく海を伝って種がここまで流れ着いたのでございましょう。今では自生して、すっかりこのような奇観を形成するに至りました』
すかさず船内放送が解説を入れてくる。おそらくこのように逐次解説を入れて、乗客たちの疑問に答えつつしっかり楽しんでもらおうという趣旨なのだろう。
「へえ。変わった木もあるものね」
「潮水でも育つやら、変わっとんねえ」
「隣の島は、普通…」
そしてすぐ横に見えている島の方は波打ち際が崖になっていて、そのすぐ上まで森が迫っていたが海中からは樹は生えていない。こちらはある意味見慣れた景色だが、この相反する景色がふたつ並んでいるというのも不思議な感覚である。
「あっちの島は波の当たりよるごたんね」
「波に削られてなければ、あちらの島にもあの木が生えていたのかしらね」
話している間にも船はふたつの小島の間を抜けて、すぐまた次の島が現れてくる。今度の島は森が後退していて浜辺が見えている。
「こっちには、浜辺があるよ…?」
「なしこっちにはあの木が生えとらんとやろか?」
「よく分かんないけど、不思議ね」
奇観に目を奪われるレギーナたちを乗せて船は進む。島同士はそれぞれかなり近接しているが、それでいてこの大きな遊覧船が周遊できる程度に水深があるというのも、考えてみれば不思議な話だ。
「結構水深のあろうごたんね」
水面を見下ろしつつミカエラが言う。つられて見下ろすと、確かに水の色が濃くて海底が見えない。ラグシウムのビーチや先ほどの浜辺のある島の周囲の海は美しいエメラルドグリーンだったので、違いが一目瞭然である。
『当船の航行ルートは厳重な調査を元に、充分な水深のあるルートを選定してございます。座礁の恐れなどもございませんので、皆様ご安心下さいませ』
またしても解説が入る。乗客の知りたいことに的確に応える、よい解説っぷりである。
「あっ、おさかな…!」
クレアが指さして、全員がそちらを見る。確かに彼女の示した水面の下で魚の群れが泳いでいるのが見えた。
「ていうかあそこ、海の色が違わない?」
「ああ、あらぁ潮の変わる境目やね。あげんして色の変わるとこは海の栄養の集まっとってくさ、それ目当てに小魚やらなんやらも集まってきたりするとよ」
『島嶼部は入り組んでおりますゆえ波も穏やかで潮目も複雑でございます。そのため海棲生物の宝庫となっておりまして、近隣の漁師たちにとってはよい漁場となっております』
またまた的確な解説。
まるでどこかでレギーナたちの会話を盗み聞きしているかのようなタイミングの良さである。
『そして時には、それらの小魚を目当てに大型の肉食魚も入り込むことがございますので、皆様海面への転落は充分ご注意下さいませ』
さらに先回り解説さえしてくる。
いやまあこれは先回りというか必要な注意喚起でもあるけど。
「あっ、あれ…!」
そしてクレアがまた指さす先には、海面から突き出た三角の背びれ。その注意喚起のとおりに、小魚を狙って狩魚が入ってきているのだ。しかも一頭だけでなく、背びれがいくつか見えている。
狩魚が潮目の境に集まっていき、その向かった先の水面がにわかに水飛沫を上げ始める。天敵に気付いた小魚たちが慌てて逃げようとしているのだ。だがすでに周りを狩魚に囲まれていて、狩魚たちはその水飛沫の中に突入して背びれや尾びれをバタつかせながら暴れている。
「すごい、なにあれ」
「あーあらぁ狩魚の“狩り”やね。あげんして群れで小魚ば追い込んで腹いっぱい喰うとげな」
「へえ、面白いわね」
クレアの疑問にミカエラが応え、それを受けてレギーナが感心したように波立つ水面を眺めている。
意外と雑学知識の豊富なミカエラである。彼女はアルベルトのことを“なんでもよく知る物知り博士”ぐらいに思っているが、彼女も案外人のことをとやかく言えないのであった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【補足】
動物名に当てている漢字はオリジナルを含みます。この世界での呼び名ということで、別に間違えてるわけではないのでご承知おき下さい。
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