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第二章後半【いざ東方へ】

2-21.アプローズ号改装計画

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 チェックインを済ませて、晩食にはまだ間がある時間帯だったので一行は散歩がてら魔道具工房を訪ねることにした。女将に話を聞けば、この街でもっとも腕のいいのは〈ロブリッジ工房〉とのことだったので、そこまでの道順を教えてもらって連れ立って宿を出る。
 雨はすっかり小降りになっており、雨具がなくとも大丈夫そうではあったが、距離が分からないので着く頃にずぶ濡れになっていても良くはない。そこでミカエラがステッキを持ってきてアルベルトに渡す。

「おいちゃんこれ持っとっててて
「これ、なんだい?」
「仕込杖なんよ。ちょっとひらいちゃり」

 言われるままにアルベルトがステッキを引き抜いてみる。ミカエラの説明に従って操作すると、何やら細い金属の骨組みが展開する。
 アルベルトに頭上に掲げさせ、それにミカエラが詠唱して[水膜]をかけると、骨組みを中心に水膜の花が頭上に開く。それは5人の頭上をすっぽり覆って、その下は全く雨がかからない。

「おお、これは便利だなあ」
「そやろ。これがある限りは雨には濡れんし、雨降っとる限りは持続時間が尽きることもないけん[固定]も要らんとって。雨が止みゃあ解除して杖に戻せばもせんし」
「でも確か、空間にも[付与]はできたよね?」
「空間に[付与]したらその場から動かんごとようになるとよね。ウチらの動きに合わせて動いてもらわないかんけん、それで骨組みさい[付与]するごとしたようにしたと」

 なるほど、考えたものである。
 というかあらかじめ骨組みの仕込杖が作ってあったということは、おそらく以前から彼女はこういう風に[水膜]を利用しているのだろう。


 そうして一行は景色を愛でつつ、道行く人から物珍しそうな視線を浴びつつ工房までたどり着き、商談を開始する。〈ロブリッジ工房〉の方では突然の勇者の来訪に大慌てとなり、ラグシウムの商工ギルドや魔道具ギルドまで呼んでの大騒ぎになった。

「それで、どういった結界器をご所望で?」
「御者台ば覆うげなような[水膜]ば張りたいとよね。移動中ずっと張らしときたいとよ」

 持ってきた図面を示しながらミカエラが説明するが、コントロールパネルの説明の段になってはたと困った顔になる。

「ああ、そうか。車両を見せた方が早いよね」
「そやったね。乗ってくりゃあ良かったばい」
「じゃあちょっと、俺が戻って取ってくるよ」

 そう言ってアルベルトはひとり宿に戻る。大一30分ほどかけて歩いて戻ると、女将に断ってコテージ脇に駐車していた脚竜車とスズを動かし、そして再び〈ロブリッジ工房〉へと取って返した。
 それから改めてミカエラとアルベルトが職人たちに説明して、そういうことなら2日もあれば作れるだろうという話になった。


「単なる雨避けが主目的ならば、[水膜]よりも[気膜]の方が宜しかろうて」
「確かに、それならば前方視界も悪化しませんし、防御効果も[水膜]と遜色ないですな」
結界器オブリーチェの本体は…ああ、こちらに納めればよろしいのですな」
「なるほど、こちらのパネルで集中的にコントロールを…いやこれはよく考えられてある」

 車内に案内された職人たちがひさしや御者台、コントロールパネルを見回して、口々に改善案を述べながらどんどんと話が決まってゆく。その外ではアルベルトが別件で餌の保管庫の増設を相談している。
 なお、ミカエラのキツいファガータ訛はその都度レギーナやアルベルトが通訳してやっていたりする。決してどこでも当たり前に通じるわけではなく、むしろ通じないことの方が多かったりするのだ。

「図面を拝見致す限りですと、重量バランスにやや問題があろうかと」
「確かに。では増設の保管庫はやはり左舷ですな」
「しかしそうなると、居室がその分狭くなりますが」
「そこは仕方ないわ。なんかいい具合に考えてちょうだい」
「畏まりました。では…」

 餌の保管庫は左舷中央、ちょうど冷蔵器と調理台の反対側に、アルベルトの寝床の下と同じサイズのものを作ることになった。しかしそうなると、外装に施された薔薇の彫刻を少し損なうことになる。そのため外装板は切り取った上で蓋として再利用することとし、魔力発生器ジェネレータも専用のものを増設することにした。
 保管庫の居室側はどうしても四角く出っ張りができてしまうが、これは内装をいじってソファにしてくれるそうだ。
 そして、それならばいっそメイン乗降口を広げて雨具置き場を設けよう、という話も出てきて、新設する保管庫と乗降口の間にロッカー式の縦長の雨具収納スペースが作られることになった。これで雨の日に出入りする際にも乗降口で雨具を着脱できて、車内をあまり濡らさずに済むようになる。
 なお、こちらの改装には4日ほど欲しいとのこと。

「すごいね、アイデアがどんどん出てくる」
「さすが、職人さんは違うばい」
「使い勝手が良くなる分には歓迎よ♪」
「我ら商工ギルドラグシウム支部の総力を挙げて、必ずやご満足頂けるものに仕上げますので、どうか安心してお任せ下さい」

 ということで、アプローズ号はしばし商工ギルドに預けられることになった。そのまま概算で見積もりを出して、レギーナが了承してミカエラがサインして、詳細は契約書が整う後日ということにして。
 だが、アルベルトがスズの手綱を引いて帰ろうとした、その時。

「そういえば、そちらの脚竜はよく調教してございますな」

 商工ギルドのラグシウム支部長が声をかけてきたのだ。
 スズはいつも通り、街に入る前に噛み付き防止用の口輪を嵌められてアルベルトに、レギーナに大人しく従っている。だから最初はその大きさと迫力に度肝を抜かれた工房や商工ギルド、魔道具ギルドの面々も今やすっかり慣れて安心していた。

「ああ、これはラグの隊商ギルドで生まれたばかりの幼竜の頃から飼われていたそうで、それで人によく懐いてるんです」
「そうですか。ティレクス種は人には馴れぬと思っておりましたが…これほど従順ならば、鞍を置いてもようございますな」

「鞍?」

 支部長は、これだけ従順ならば脚竜車を牽かせるだけでなく騎竜としても使えるだろうというのだ。

「鞍ねえ」
「要るかいね?」
「まあ、あれば何かの際には役に立つ事もあるかも知れないわね」
「スズの、背中に…乗る?」

「そうだなあ、スズの背中に人が乗っていれば、道中で放して狩りをやらせても人に見られて騒がれることがなくなる、かな?」
「「「「あー、確かに」」」」

「もしよろしければ、そちらもお作り致しましょうか」
「そうね。じゃ、お願いしようかしら」
「ほんなら費用の相談はウチが」

 支部長の提案にレギーナが了承し、ミカエラは早速値段交渉に入る。
 こうして、スズの鞍も発注されることになった。




  ー ー ー ー ー ー ー ー ー


【注記】
この世界にも「傘」はありますが、主な用途は貴婦人の日傘であって庶民の雨具ではありません。布に撥水加工を施すのは靴などで一部実用化されてはいますが、割高なので一般的にはまだあまり普及していません。
雨具と言えば油を染み込ませた織り目の細かい麻布のフード付きポンチョタイプが一般的で、それも長時間の使用に耐えうるわけではありません。



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