上 下
81 / 319
第二章後半【いざ東方へ】

2-18.青海の真珠

しおりを挟む
 ザムリフェを出発したアプローズ号は、一路次のラグシウムを目指して走る。
 今日も朝から雨模様で、御者台には出発前に[水膜]を[付与]し終えてある。

 ザムリフェは渓谷沿いの都市だが、出発してしばらく走れば山々が途切れて広大な平野部が眼下に見下ろせるようになる。これが竜尾平野で、肥沃な穀倉地帯として知られている。
 かつての長く続いた「スラヴィア争乱」の時代は、この穀倉地帯を支配下に収めようとした大国同士の争いでもあった。
 だが、それももう昔の話。スラヴィア各都市の頑強な抵抗に遭った各国は盟約によってスラヴィア地方を不戦地帯と定め、その代わりにスラヴィアの、特に竜尾平野の各都市は穀物を中心とした農作物を積極的に各国に輸出することで平和を享受していた。


 眼下に広がる竜尾平野のさらに向こう、見はるかすその先には青く輝く海がかすかに見えている。西方世界の南方に広がる南海の中でも特に温暖で美しい海と言われる“青海”である。
 雨にけぶるその海は、雨の彼方にあってなお輝いているように見える。晴れていればさらに美しいことだろう。

「まだ遠いけど、海が見えてきたよ」

 アルベルトが車内にそう告げると、慌ただしい足音とともに蒼薔薇騎士団の女子たちが御者台に駆け出してくる。

「海!?海が見えたのね!?」
「どこな?どこが海なん!?」
「ちょっとまだ、少し遠すぎるわね…」
「うみ…見えない…」

 いやクレアが見えないのは多分前を塞がれてるからだと思います。

「ほら、あそこ。波が輝いてるでしょ」

「ん~見えるような見えないような…」
「なんや雨模様でよう分からんね」
「でも確かに、あれは海ね」
「クレアも~!見たい~!」

 アルベルトが指し示す先を見はるかしつつ、女子たちが好き勝手にはしゃぎ合う。こうなると勇者パーティというよりただのお上り女子の一団である。

「今日は雨だからね、晴れていればここからでも綺麗に見えるんだけど」

 それでなくとも御者台には[水膜]がかかっていて見通しが少し落ちている。この光景を何度か見て慣れているアルベルト以外にはよく分からなくても無理のないことだ。

「もっと近くなって綺麗に見えるようになったらまた呼ぶから、それまで待っててくれるかな」
「そうね。じゃあそうしましょ」
「なら楽しみに待たしてもらおうかね」
「雨なのが、残念よねえ」
「海、どこ?」

 口々に自分に言い聞かせつつ車内に下がっていく年長三人の横を無理やりすり抜けて、ようやくクレアが御者台に出てこれたので、アルベルトが指し示して教えてやると、彼女は目を輝かせながら補助座に座り込んでしまった。アルベルトは苦笑しつつ、座りたいなら補助座ではなく助手座にするよう言いつけて、クレアも渋々ながら従った。
 そんなふたりの様子を伺いながらスズが下り坂に入った回廊を駆ける。次の目的地、海辺の観光都市ラグシウムへ。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「海ね!」
「海やねえ」
「ここまで来れば見間違いようがないわね」
「すごい…!」

 昼前にはずいぶん進んで、誰の目にもはっきり海が視認できるようになっていた。なので改めてアルベルトが車内に声をかけ、それで全員が再び御者台に集まっている。
 なおクレアはあのままずっと助手座に座りっぱなしなので、今度は邪魔されることなく特等席を独占していた。

「あれが“青海”。まあ青海はみんな分かると思うけど、これから行くのが…」
「“青海の真珠”でしょ!」
「ヴェネーシアよりかよりも綺麗街らしいやん」
「私もラグシウムは初めてだから、楽しみね」

 一応念のため、といった説明を入れるアルベルトの声に年長三人の声が次々と被る。

「せいかいの、しんじゅ…?」

 なぜ彼女たちがこんなにも前のめりかと言えば、それはラグシウムが青海の真珠と呼ばれる風光明媚な港湾都市であるからだ。
 ラグシウムは青海沿岸の各都市、いずれも風光明媚な水辺の街としてよく知られるエトルリアのヴェネーシアやスラヴィアのスパラトム、あるいはファロス島などと比べても勝るとも劣らない景勝地として西方世界に広く知れ渡っていた。青海の竜脚半島側はなだらかな海岸線が広がる大規模なリゾート地が多いのに比べ、竜尾平野側は入り組んだ港湾や島嶼が多く、バラエティに富む景色で訪れる者を楽しませる。そしてラグシウムはその中でももっとも人気ある都市のひとつであった。

「で、そのラグシウムはまだ見えてこんとなこないの?」

 前方をきょろきょろ見渡しながらミカエラが尋ねる。

「ラグシウムは見えてこないよ。
まだ遠いし、それに…」

 苦笑しつつアルベルトは答えた。

「ラグシウムは陸側からは見えないんだ」


 ラグシウム。
 “青海の真珠”と称されるその名の由来は、青海に輝くひと粒の真珠のような、小ぢんまりと纏まった狭い市域にある。海からの強烈な陽神の照り返しで気温が上がるのを防ぐため、街の家々はどれも白い壁に白い屋根をしていて、しかも海際にまで迫り出した山稜の急な斜面にしがみつくように建物が立ち並ぶため、海から見るとまるで大きな真珠がそこにぽつんと現れたかのように錯覚するのだ。
 青い海に浮かぶ、ひと粒の真珠。それがラグシウムの美称の由来であった。

 なお“真珠”とは海凄の貝類から稀に採れる宝石のことで、虹色に輝く乳白色の美しい石だ。宝石、と便宜上呼んではいるが、実際は貝殻とほぼ同じ成分であるという。
 二枚貝なら大抵どの貝も形成するらしいが、宝石として珍重される丸く大きな粒が採れるのは主に真珠貝と呼ばれる種類である。他の貝種よりも明らかに良質で粒の大きな真珠を多く生成するので、いつしか貝の名前まで“真珠”になってしまったのだそうだ。
 そして最近では、より大きくて丸い真珠を安定的に採取するために養殖の試みも進められているという。ラグシウムの今後の主要産業になると目されているそうだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士王と大賢者の間に産まれた男だけど、姉二人と違って必要とされていないので仕えません!

石藤 真悟
ファンタジー
 自分の家族、周囲の人間に辟易し、王都から逃げ出したプライスは、個人からの依頼をこなして宿代と食費を稼ぐ毎日だった。  ある日、面倒だった為後回しにしていた依頼をしに、農園へ行くと第二王女であるダリアの姿が。  ダリアに聞かされたのは、次の王が無能で人望の無い第一王子に決まったということ。  何故、無能で人望の無い第一王子が次の王になるのか?  そこには、プライスの家族であるイーグリット王国の名家ベッツ家の恐ろしい計画が関係しているということをプライスはまだ知らないのであった。  ※悲しい・キャラや敵にイラッとするお話もあるので一部の話がカクヨムでのみの公開としています。  ご了承下さい。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

普通の勇者とハーレム勇者

リョウタ
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞】に投稿しました。 超イケメン勇者は幼馴染や妹達と一緒に異世界に召喚された、驚くべき程に頭の痛い男である。 だが、この物語の主人公は彼では無く、それに巻き込まれた普通の高校生。 国王や第一王女がイケメン勇者に期待する中、優秀である第二王女、第一王子はだんだん普通の勇者に興味を持っていく。 そんな普通の勇者の周りには、とんでもない奴らが集まって来て彼は過保護過ぎる扱いを受けてしまう… 最終的にイケメン勇者は酷い目にあいますが、基本ほのぼのした物語にしていくつもりです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【完結】魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど、実は次の約束があんだよね〜〜なので今更戻って来いとか言われても知らんがな

杜野秋人
ファンタジー
「ただでさえ“魔力なし”の役立たずのくせに、パーティの資金まで横領していたお前をリーダーとして許すことはできない!よってレイク、お前を“雷竜の咆哮”から追放する!」 探索者として“雷竜の咆哮”に所属するレイクは、“魔力なし”であることを理由に冤罪までかけられて、リーダーの戦士ソティンの宣言によりパーティを追われることになってしまった。 森羅万象の全てが構成元素としての“魔力”で成り立つ世界、ラティアース。当然そこに生まれる人類も、必ずその身に魔力を宿して生まれてくる。 だがエルフ、ドワーフや人間といった“人類”の中で、唯一人間にだけは、その身を構成する最低限の魔力しか持たず、魔術を行使する魔力的な余力のない者が一定数存在する。それを“魔力なし”と俗に称するが、探索者のレイクはそうした魔力なしのひとりだった。 魔力なしは十人にひとり程度いるもので、特に差別や迫害の対象にはならない。それでもソティンのように、高い魔力を鼻にかけ魔力なしを蔑むような連中はどこにでもいるものだ。 「ああ、そうかよ」 ニヤつくソティンの顔を見て、もうこれは何を言っても無駄だと悟ったレイク。 だったらもう、言われたとおりに出ていってやろう。 「じゃ、今まで世話になった。あとは達者で頑張れよ。じゃあな!」 そうしてレイクはソティンが何か言う前にあらかじめまとめてあった荷物を手に、とっととパーティの根城を後にしたのだった。 そしてこれをきっかけに、レイクとソティンの運命は正反対の結末を辿ることになる⸺! ◆たまにはなろう風の説明調長文タイトルを……とか思ってつけたけど、70字超えてたので削りました(笑)。 ◆テンプレのパーティ追放物。世界観は作者のいつものアリウステラ/ラティアースです。初見の人もおられるかと思って、ちょっと色々説明文多めですゴメンナサイ。 ◆執筆完了しました。全13話、約3万5千字の短め中編です。 最終話に若干の性的表現があるのでR15で。 ◆同一作者の連載中ハイファンタジー長編『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』のサイドストーリーというか、微妙に伏線を含んだ繋がりのある内容です。どちらも単体でお楽しみ頂けますが、両方読めばそれはそれでニマニマできます。多分。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうとカクヨムでも同時公開します。3サイト同時は多分初。 ◆急に読まれ出したと思ったらHOTランキング初登場27位!?ビックリですありがとうございます! ……おいNEWが付いたまま12位まで上がってるよどういう事だよ(汗)。 8/29:HOTランキング5位……だと!?(((゚д゚;))) 8/31:5〜6位から落ちてこねえ……だと!?(((゚∀゚;))) 9/3:お気に入り初の1000件超え!ありがとうございます!

最弱の職業【弱体術師】となった俺は弱いと言う理由でクラスメイトに裏切られ大多数から笑われてしまったのでこの力を使いクラスメイトを見返します!

ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
俺は高坂和希。 普通の高校生だ。 ある日ひょんなことから異世界に繋がるゲートが出来て俺はその中に巻き込まれてしまった。 そこで覚醒し得た職業がなんと【弱体術師】とかいう雑魚職だった。 それを見ていた当たり職業を引いた連中にボコボコにされた俺はダンジョンに置いていかれてしまう。 クラスメイト達も全員その当たり職業を引いた連中について行ってしまったので俺は1人で出口を探索するしかなくなった。 しかもその最中にゴブリンに襲われてしまい足を滑らせて地下の奥深くへと落ちてしまうのだった。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

処理中です...