上 下
64 / 319
間章1【瘴脈討伐】

勇者様御一行のお仕事(2)

しおりを挟む
 ラグ市から見て真北にあるのがラグ山である。そのラグ山を大きく迂回するように川が流れていて、これをレファ川という。レファ川はラグ山よりさらに北から、ラグ山の東寄りを流れてラグ市の南東をかすめて海に向かう。海はラグの南西側にある。
 そのレファ川沿いを遡っていけばラグ山の北東側の山地帯に入ってゆく。これが竜翼山脈の一端で、山間部をしばらく登っていけば山間やまあいの渓谷に出る。
 ここが“レファ渓谷”だ。

 ラグの市街がレファ川から少し離れているのには理由がある。この川は竜尾平野でも比較的大きな河川のひとつに数えられるが、かつては治水も利水もままならぬ暴れ川で、毎年のように氾濫を繰り返したため沿岸部に定住できなかったのだ。
 だが今は竜骨回廊周辺を中心に治水がなされ、ラグ市内にも運河が引かれて人々の生活用水を提供している。この利水運河を安全に利用するためにも、渓谷の瘴脈を抑えることが必要なのだ。

「…で、この村に脚竜車ば預けとけばよかっちゃね?」

 御者台に座っているミカエラが確認する。
 彼女の操る脚竜車は蒼薔薇騎士団が普段から移動用に使っているもので、今回もパーティを乗せて来ている。今回はラグ山の北、レファ川が竜尾平野に流れ出てきたあたりにある小さな集落までやって来ていた。
 ここがレファ渓谷にもっとも近い集落で、普段から瘴脈の定期巡回のベースキャンプとして利用されている。

「ええ。村長が責任持って預かってくれるそうよ」

 集落に話を通してきたヴィオレがそれに答える。一行はここで脚竜車を預け、ここからは徒歩で竜翼山脈に分け入っていくのだ。

 今回ここまで御者を務めてきたのはミカエラだった。普段はヴィオレと分担して御者を務めていて、だから帰りはヴィオレが御者になる。
 ミカエラは村長宅の前に脚竜車を横付けしてレギーナたちを下ろし、自分はそのまま脚竜車を裏手に回していった。
 降り立ったレギーナたちはすっかり装備も整っていて、今にでも瘴脈に向かえそうに準備万端だ。

「ようこそおいで下さいました勇者様。歓迎の準備ができておりますので、ささ、中へどうぞ」

 玄関前で待ち構えていた村長が満面の笑みで出迎えて、レギーナたちを中へ案内しようとする。

「要らないわ。あらかじめ要請してあった物資だけ出して頂戴。すぐに渓谷へ向かうから」

 だがレギーナはにべもない。
 物資の拠出要請は昨日の依頼を受けて辺境伯からこの集落に出されている。昨日の今日ですぐ揃えられるのはこの集落が拠点として活用されているからで、普段から物資が集積されているのだ。

「い、今から向かわれるのですか?」
「そうよ。今なら日暮れまでには見張り小屋にたどり着けるでしょう?」

 朝の間にラグを出たため時刻はまだ昼下がり、ちょうど貴族たちがお茶をするくらいの時間帯である。まあこんな山村には貴族なんていないが。

「いや…しかし、お疲れになってはいけませんから今日のところは村へ泊まって頂いて…」
「大丈夫よ鍛えてるもの。半日遊ぶよりもさっさと現地へ乗り込んだ方がいいわ」
「そ………そうですか…」

 何とか歓待して歓心を買いたかった村長の思惑は、そんな誘いに一切乗らないレギーナ相手には何の効果も及ぼさなかった。
 渋々、といった態で村長が用意した物資を村人たちに出させると、ミカエラとヴィオレが持参した荷物袋に手早く分類して収め、車両を牽かせていた脚竜サウロフスの背中に括りつける。
 ちなみに用意させたのは食料と水、それに山中で狩りをする場合に備えた狩猟道具一式だ。

「要請した物資はちゃんとあった?」
「きっちり揃っとったばい」
「じゃ、行きましょっか」

 そうして彼女たちは、唖然とする村長以下集落の人々を後目に川沿いを渓谷に向かって歩き出した。



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー

【注記】
 この世界、無限収納やマジックバッグみたいな便利アイテムも魔術もありません。そういうのは『神理』、つまり世界の法則を侵すので成立しません。
 なので荷物は全て担ぎます。人力だと限界があるので、荷物持ちとしても脚竜は大活躍です。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

墓守の荷物持ち 遺体を回収したら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアレア・バリスタ ポーターとしてパーティーメンバーと一緒にダンジョンに潜っていた いつも通りの階層まで潜るといつもとは違う魔物とあってしまう その魔物は僕らでは勝てない魔物、逃げるために必死に走った だけど仲間に裏切られてしまった 生き残るのに必死なのはわかるけど、僕をおとりにするなんてひどい そんな僕は何とか生き残ってあることに気づくこととなりました

騎士王と大賢者の間に産まれた男だけど、姉二人と違って必要とされていないので仕えません!

石藤 真悟
ファンタジー
 自分の家族、周囲の人間に辟易し、王都から逃げ出したプライスは、個人からの依頼をこなして宿代と食費を稼ぐ毎日だった。  ある日、面倒だった為後回しにしていた依頼をしに、農園へ行くと第二王女であるダリアの姿が。  ダリアに聞かされたのは、次の王が無能で人望の無い第一王子に決まったということ。  何故、無能で人望の無い第一王子が次の王になるのか?  そこには、プライスの家族であるイーグリット王国の名家ベッツ家の恐ろしい計画が関係しているということをプライスはまだ知らないのであった。  ※悲しい・キャラや敵にイラッとするお話もあるので一部の話がカクヨムでのみの公開としています。  ご了承下さい。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

普通の勇者とハーレム勇者

リョウタ
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞】に投稿しました。 超イケメン勇者は幼馴染や妹達と一緒に異世界に召喚された、驚くべき程に頭の痛い男である。 だが、この物語の主人公は彼では無く、それに巻き込まれた普通の高校生。 国王や第一王女がイケメン勇者に期待する中、優秀である第二王女、第一王子はだんだん普通の勇者に興味を持っていく。 そんな普通の勇者の周りには、とんでもない奴らが集まって来て彼は過保護過ぎる扱いを受けてしまう… 最終的にイケメン勇者は酷い目にあいますが、基本ほのぼのした物語にしていくつもりです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【完結】魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど、実は次の約束があんだよね〜〜なので今更戻って来いとか言われても知らんがな

杜野秋人
ファンタジー
「ただでさえ“魔力なし”の役立たずのくせに、パーティの資金まで横領していたお前をリーダーとして許すことはできない!よってレイク、お前を“雷竜の咆哮”から追放する!」 探索者として“雷竜の咆哮”に所属するレイクは、“魔力なし”であることを理由に冤罪までかけられて、リーダーの戦士ソティンの宣言によりパーティを追われることになってしまった。 森羅万象の全てが構成元素としての“魔力”で成り立つ世界、ラティアース。当然そこに生まれる人類も、必ずその身に魔力を宿して生まれてくる。 だがエルフ、ドワーフや人間といった“人類”の中で、唯一人間にだけは、その身を構成する最低限の魔力しか持たず、魔術を行使する魔力的な余力のない者が一定数存在する。それを“魔力なし”と俗に称するが、探索者のレイクはそうした魔力なしのひとりだった。 魔力なしは十人にひとり程度いるもので、特に差別や迫害の対象にはならない。それでもソティンのように、高い魔力を鼻にかけ魔力なしを蔑むような連中はどこにでもいるものだ。 「ああ、そうかよ」 ニヤつくソティンの顔を見て、もうこれは何を言っても無駄だと悟ったレイク。 だったらもう、言われたとおりに出ていってやろう。 「じゃ、今まで世話になった。あとは達者で頑張れよ。じゃあな!」 そうしてレイクはソティンが何か言う前にあらかじめまとめてあった荷物を手に、とっととパーティの根城を後にしたのだった。 そしてこれをきっかけに、レイクとソティンの運命は正反対の結末を辿ることになる⸺! ◆たまにはなろう風の説明調長文タイトルを……とか思ってつけたけど、70字超えてたので削りました(笑)。 ◆テンプレのパーティ追放物。世界観は作者のいつものアリウステラ/ラティアースです。初見の人もおられるかと思って、ちょっと色々説明文多めですゴメンナサイ。 ◆執筆完了しました。全13話、約3万5千字の短め中編です。 最終話に若干の性的表現があるのでR15で。 ◆同一作者の連載中ハイファンタジー長編『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』のサイドストーリーというか、微妙に伏線を含んだ繋がりのある内容です。どちらも単体でお楽しみ頂けますが、両方読めばそれはそれでニマニマできます。多分。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうとカクヨムでも同時公開します。3サイト同時は多分初。 ◆急に読まれ出したと思ったらHOTランキング初登場27位!?ビックリですありがとうございます! ……おいNEWが付いたまま12位まで上がってるよどういう事だよ(汗)。 8/29:HOTランキング5位……だと!?(((゚д゚;))) 8/31:5〜6位から落ちてこねえ……だと!?(((゚∀゚;))) 9/3:お気に入り初の1000件超え!ありがとうございます!

最弱の職業【弱体術師】となった俺は弱いと言う理由でクラスメイトに裏切られ大多数から笑われてしまったのでこの力を使いクラスメイトを見返します!

ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
俺は高坂和希。 普通の高校生だ。 ある日ひょんなことから異世界に繋がるゲートが出来て俺はその中に巻き込まれてしまった。 そこで覚醒し得た職業がなんと【弱体術師】とかいう雑魚職だった。 それを見ていた当たり職業を引いた連中にボコボコにされた俺はダンジョンに置いていかれてしまう。 クラスメイト達も全員その当たり職業を引いた連中について行ってしまったので俺は1人で出口を探索するしかなくなった。 しかもその最中にゴブリンに襲われてしまい足を滑らせて地下の奥深くへと落ちてしまうのだった。

処理中です...